第一部 幸せな時間①
「え、由佳のこと好きなの?」
翌日、朝のHR前、泰樹の右斜め前の席にいる亜里沙に由佳の連絡先を聞いたところ、怪しいものを見るような目をしながら言われた。
「そんなんじゃないけどさ、由佳に亜里沙から連絡先を聞けって…」
「てかさ、いつからそんな仲良くなったの?なんで名前で呼んでるの?しかも呼び捨て?え?」
亜里沙がニヤニヤしながら質問攻めをしてくる。面倒なことになった…。
「昨日たまたま帰り道が同じだったんだ。で、仲良くなって連絡先交換しようとしたらあっちの携帯の充電が切れてて…」
『たまたま』というのは嘘だが、咄嗟に出てしまった。まあ、間違ったことを言ってるわけではない。
「それってさ、交換したくないからじゃないの?よくあるやつじゃん」
そんなわけなかろう。だって由佳から連絡先を聞いてきたのだから。と、言いたいところだったが、それを言うとまた何かめんどくさいことを言われそうだったので我慢した。つい、ため息が出る。
「いま、こいつめんどくさいなって思ったでしょ。」
「…さすが幼馴染、よくわかってらっしゃる。」
たぶん亜里沙の前ではどんな表情や態度をしても読み取られてしまう。付き合ってはいないが、親同士の仲が良く、家が裏にあるということもあった分、自然と一緒にいる時間もそれに応じて長かった。小さい頃はよく遊んでいたものである。
「自分で聞きなよ。今日なら充電あるでしょ。今聞きに行きなよ。」
「いやそれはキャラじゃないし…」
「由佳だって今や人気者だし、他のクラスのイケメン男子から連絡先聞かれても教えてないくらい堅いのに。その子が連絡先を交換するってことは相当なことだよ?自覚ある?そんな生半可な気持ちだったら絶対教えなーい」
なんだよ勿体ぶるなと言いたかったが、亜里沙が言うことにも一理あった。由佳は編入してから2日目ということもあるのか、男女含めかなりのギャラリーがいる。元気活発な子だからか、女子とは積極的に連絡先を交換しているらしい。が、男子から聞かれても交換していないということだった(実際、サッカー部の同期数名が聞きに行ったが「ごめんねー!」と一言だけで一蹴されてしまったらしい)。
そんなガードが堅い由佳の連絡先を、クラスでは陰キャ…静かキャラの自分が連絡先を交換するとなると、自分について良くない噂を立てられかねない。
だから、連絡先を交換するとしても直接の交換はどうしても避けたかった。由佳から交換しようと言ってくれている分、交換自体は大丈夫であると思うし、内心自分も鼻が高かった。だが、亜里沙経由で聞いてくれということは一応気遣ってくれているのかもしれない。
そんなことを思いながら泰樹とは反対側の、廊下側の席に座っている由佳のほうをふと見ると、数人の女子グループと話をしていた。
そのとき、由佳がたまたまこっちを見た。目が合った瞬間、由佳は笑顔でこっちを見て手を振ってきた。周りの女子取り巻きは「由佳、どうしたの?」と首をひねってこちらを見ている。泰樹は何かとてつもなく嫌な予感がして、手を振り返さず亜里沙のほうに姿勢を戻した。
「亜里沙、なんか嫌な予感する」
「ん?嫌な予感?」
「だから…えーと…その…」
「ちょっと、手ぐらい振り返してよっ!」
急に肩をバシバシたたかれてびっくりした反動で「うおっ!」と大声を出してしまった。クラス中の視線がこちらに向く。まずい。なにかはわからないがこの状況はかなりまずい。
「お、おはよう…」
「なんでそんなにビビってるの?昨日の帰り道話してて全然そんな感じしなかったのに」
由佳の声のトーンが下がる。「なんであいつ?」「そんなに仲良かったっけ」というひそひそ話が聞こえてくる。周りからの視線が痛い。この状況から逃げ出したい。
「ビビってないって。脅かすからだろ?」
「由佳さ、泰樹と連絡先交換しようって言った?」
急に亜里沙が、泰樹が隠そうとしていた『とんでもない爆弾』を会話に投げ込んできた。周りの空気が一変する。もう爆発しようがしまいが、自分にはどうすることもできない。
「言った言った!まあでも最終的には亜里沙に聞いてって言ったんだけどね!」
泰樹はこの超展開に頭がついていかない。周りの空気など気にする余裕もなくなっていた。
「でも考えたら今交換できるね!携帯持ってる?今日は充電あるよ!」