第二部 渡り廊下
文化祭2日目。
泰樹は一人、渡り廊下のベンチに座っていた。立ち入り禁止になっているここならだれにも会わないし、一人になることができる。
今日は、本当は由佳と一緒に回る予定だった。が、昨日のあの一件のせいで、その予定も自然消滅してしまった。一応由佳には今日の件で連絡はしたのだが、いつまでたっても返事は来なかった。
まあ、由佳に合わせる顔がなかったから、ちょうどよかったのかもしれない。由佳の友達に、あんなひどいことを言ってしまったのだから。
考えることが多すぎてすべて投げ出してしまいたい。はぁ。
泰樹は深くため息をつくと、ゆっくりと昨日の出来事を思い出し始めた。
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「なにそれ、仕返しのつもり?」
早智子が泰樹を睨む。その瞳の奥には、泣いている早智子がいるような気がした。
それに対して由佳は、状況がよく分からないと言わんばかりに困った顔をしている。
「俺だって、言いたいこと一杯あったのに…それだけ言い残してさ…」
「私だって言いたくて言ったわけじゃない!」
早智子が泰樹の言葉を遮る。泰樹は驚いて続きを言えなくなってしまった。
「…私、やすぽんがこの高校にいるの知ってた」
泰樹は黙って早智子の話を聞く。
「これまでのこと、謝りたくて。」
これまでのこと?何言ってるんだ…
「やすぽん、あのとき、あんなひどいこと言ってごめん」
早智子が頭を下げる。今更謝られても何も変わらないし、そもそも早智子が悪いことをしたなんて思っていない…いや、実は心の中では思っていたのかもしれない。だから、さっきの怒りに結びついてしまったのかもしれない。もう、よくわからない。
「もう、いいんだ。頭上げてくれ」
泰樹は必死に冷静さを保ちながら早智子に話しかける。
すると、早智子が頭を上げた。その顔は、どこか悲しそうな顔をしていた。
「あのさ、」
「うん」
泰樹が相槌をうつと、早智子は大きく深呼吸をした。
そして、意を決したと言わんばかりに、泰樹を見つめてきた。
「やり直さない?私たち」
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「やっぱりここにいた」
声がした方を振り向くと、亜里沙が廊下の入り口に立っていた。亜里沙がこちらに向かって歩いてくる。
「なんだよ…驚かすなって」
「驚かしてないって。そもそもあんたなんでここにいるの。戸田から言われたでしょ?学校祭楽しめって」
なんでお前がそれを知ってるんだ。と泰樹は思ったが、言ったところで何にもならないと思って口には出さなかった。
「今は一人にしてくれ…」
「嫌だ」
亜里沙が泰樹の隣に座る。泰樹は「はぁ…」とため息をつくと亜里沙の方を向き、両手を上げて降参のポーズをとった。
「で、何か用?」
やっぱりここにいたと言うくらいだから自分を探していたはずだ。何かあったのだろうか。
「私さ、昨日草野さん見たんだけど」
もう…なんでお前はそんなにタイミングが悪いんだ…
「会った?」
「…ああ、会った」
「何か言われた?」
亜里沙が容赦なしにぐいぐい聞いてくる。
この追及は逃れられないと思い、泰樹は一呼吸置いた後、話すことを決意した。
「…復縁しないかって」
「え!?」
亜里沙がありえないと言わんばかりに驚く。
「…なんて返した…?」
亜里沙が消え入りそうな声で聞いてくる。
「もちろん、無理って言ったよ」
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「ごめん、無理だわ」
泰樹はなるべく感情を表に出さず、無機質に答えた。もう、君とは無理なんだ。
「そう…わかった。ありがとう。じゃあね」
早智子は早口でそう言うと、急に走りだしてどこかへ行ってしまった。
ちらりと見えた横顔には、涙がついていたような気がした。
でも、泣かれたところで、復縁に揺らぐことはない。
「早智子!待って!」
早智子のあとを由佳が追いかけていく。
泰樹はただ、走っていく由佳の背中を見ることしかできなかった。
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「そっか…まあ、今更って感じだしね」
亜里沙は声のトーンを落としてそう言うと、泰樹の頭をポンポンと撫でた。
「よく頑張りました!」
「俺は子供かっ」
泰樹は撫でている亜里沙の手を払った。まあ、でも亜里沙と話したおかげで少し元気が出たような気がする。
「ありがとな」
「ん?私?何かした?」
「いや、心配してくれてと思って」
「へへ~どいたま~」
亜里沙がえっへんと言わんばかりに胸を張る。
その姿が、どこか愛おしく感じてしまった。幼馴染だからか、亜里沙のことをかわいいと思ったことは皆無だったが、今初めてかわいいと思ってしまったかもしれない。
「…あのさ」
亜里沙が一呼吸おいて泰樹に話しかける。
「ん?どした?」
突然、亜里沙が泰樹の腕にしがみついてきた。泰樹は思わず「うおっ!」と声を出してしまう。
「びっくりさせるなよ…」
「あのさ」
泰樹の言葉を無視して亜里沙が話を続ける。亜里沙の声からは、何か強い決意を感じた。
「私、草野さんの代わりになれないかな?」




