第二部 文化祭準備③
(これで最後か…)
泰樹は残っている力を振り絞って、積み上げられた最後の段ボールを脇に降ろした。
泰樹は戸田と同じく『お化け役』だったが、文化祭当日は急遽必要になった受付係をすることになっていた。そのため、泰樹はお化けが使う小道具ではなく、教室を暗くするための暗幕作りをしていた。
その暗幕の材料となる黒い布がなくなったので1階の階段下にある倉庫に来たのだが…黒い布が倉庫の奥底にあるらしく、取り出すために積み上げられていた段ボールをどかすはめになった。
最後の一個をどかしたとき、お目当ての黒い布の切れ端が見えて泰樹はため息をついた。全く…誰だよこんなところに片づけたの…。
「とうっ!」
お目当ての布を箱から取り出そうとしたとき、急に背中に物がずしんと落ちてきた…というよりも誰かが背中に飛びついてきて、中腰の体勢を崩してしまい膝をついてしまった。膝がジンジンする。誰だ乗っかってきたやつ。まあ、さっき聞こえた声から大体誰かは見当ついているのだが。
「お前、近すぎ。離れろ」
「えー、いーじゃーん普段しないんだしぃー」
泰樹は上に乗っかっている人―亜里沙―に話しかけた。亜里沙は泰樹の背中でブーブー文句を言っている。
「いくら幼馴染でもこのスキンシップはダメだ」
「まあまあ、誰も見てないんだし、今くらいいいじゃん」
亜里沙が全く離れようとしない。まあ、これ以上言ってもこいつは絶対離れないだろうし、誰もいないからこのままでいいかと思い、泰樹は仕方なく亜里沙を背中に乗せながら布を取り出した。
「で、お前は何しに来たんだ?」
泰樹は箱の中を整理しながら亜里沙に聞いた。この倉庫は滅多に用ができるところではなく、今は泰樹以外に用のある人はいないはずだ。ましてや会計係の亜里沙が来るところではない。
「いやー、お話しようかと思いまして」
「お話って何だよ」
亜里沙が急に耳元に顔を近づけてきた。右耳のすぐ近くで亜里沙の息づかいが聞こえる。
「…最近、変わったね。活発になった」
「まあ、そうだな。由佳のおかげかな」
亜里沙の言う通り、泰樹は球技大会以降、よく人と接するようになっていた。いろいろと気づかせてくれた由佳のおかげかもしれない。本当に、感謝してもしきれない。まあ、それ以外の感情もあるのだが。
「…吹っ切れたの?」
亜里沙の言葉に、泰樹は思わず作業していた手を止めてしまった。
「お前には関係ないだろ」
泰樹は箱の中身の整理を再開する。
「だって中学の時、草野さんから…」
「もう、いいから。その話はやめてくれ。」
泰樹は再度作業の手を止め、亜里沙にきつい口調で言い放った。この間、思い出してしまった苦い思い出。もう、忘れさせてくれ。
「…そうだね。ごめんね」
亜里沙はゆっくりと泰樹から離れると、「じゃ、先戻ってるね」と言って駆け足で教室に戻ってしまった。
「はぁ…」
泰樹はため息をつく。背中には亜里沙の温もりがまだ残っている。
いつの間にか握りこぶしを作っていた右手の掌を見ると、爪跡と嫌な汗が残っていた。