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第一部 夏目由佳

「今日はこれで終わります。お疲れさまでした。」

「っしたー!」


 泰樹が部活の練習を締めたころにはすでに7時を回っていた。いくら3年生始まったばかりとは言え、勉強しなければやはり不安になるし、何よりもお腹がすいていたため早く家に帰りたかった。練習後すぐに部室で身支度を済ませ帰ろうとしたとき、泰樹はあることに気づいた。


(あれ?)


 いつも制服の右ポケットに入れている家の鍵がなくなっている。今朝の自転車の一件の時に落としてしまったのだろうか。バックの中など可能性のある所をあたってみたが、いくら探しても出てこない。


(あの転んだあたりを探すしかないな…)


 空腹で頭の回転が悪くなりボーッとする中、重い足取りで泰樹は帰路についた。

 

 校門を出て少し自転車をこぐと大きな橋があり、この橋を渡ってちょっと行ったところの歩道で今朝の出来事が起こった。泰樹は事故現場への場所へ向かうと、そこに人影が見えた。どうやら先客?がいるらしい。

 その先客はスマートフォンの明かりを照らしながら何やら探している。暗くてよく見えないが、どうやら女の子のようだ。あれ?あの顔、どこかで見たことあるような…。


------------------------------------------------------------------


『痛いっ!』


 転校初日の朝だというのに、派手にこけてしまった。たまにある、歩道にせり出している木の根っこに自転車が乗り上げてしまったのだ。


『大丈夫ですか?』


と、声をかけられたと思うのだが、あまりの恥ずかしさにまともな返事もできないまま去ってしまった。ただ、制服のカラーについていた紋章や数字などから、今から自分が行く高校の生徒なのだろうというのだけはわかった。


 打った右ひじがズキズキする中、なんとか新しく通う高校にたどり着くことができた。親の都合とはいえ高校3年生の5月からという、なんとも中途半端な時期に転校してきてしまった。

 一応自分の学力に見合い、前の高校でもしていた陸上がのびのびできる環境が整っている場所を探し、この高校を選んだ。場所は全く参考に入れていなかったが、自転車通学できる距離だったのは嬉しい誤算だった。初日から転ぶという悲しい誤算もあったが…。

 

 学校につき、先月編入試験を受けた部屋の隣にある職員室に向かうと、学務主任らしき男の先生から、私がこれから編入するクラス担任の須田先生を紹介された。軽く言葉は交わしたが、正直右ひじが痛くて話した内容はあまり覚えていない。

 そして須田に「これから朝のHRだから、一緒にいくぞ」と連れていかれ、HRで自己紹介をしているとき、見つけてしまった。今朝の人。消したい記憶ほど鮮明に残っているものだ。

 私は終わったと思った。なんでよりによって同じクラスなの。第一印象って大事なのに。あの恥ずかしい出来事をみんなに言いふらされて、転校初日から私は笑いものかな…――と思っていたのだが、あの人は今朝の出来事をまわりに何も話していないらしく、HRが終わった後もクラスメイトからあの一件について一切触れられることはなかった。


 新しいクラスのみんなはとても仲良くしてくれて、すぐに友達ができた。あちらから積極的に話しかけてきてくれるのですごく嬉しかったし、気持ちも楽だった。ただ、自分のペースを大切にしたい私にとってグループで群れるのはあまり好きではなかったのに、気づかないうちに女子集団の中心にいて、私がトイレであったり移動教室であったり、どこか行こうとすると取り巻きがつくという、少しだけ心狭い環境になってしまった。でも、それが嬉しかったりもする自分がいた。

 

 前にいた学校と比べて授業スピードが格段に速く、ついていくのが大変だったがなんとか初日の授業をこなし、放課後は見に行こうと決めていた陸上部の練習へと向かった。


「おー!由佳じゃん!」

「おー!亜里沙―!久しぶり!」


 陸上部の練習へ行くと、ライバル関係であり、かつ大の仲良しである亜里沙がいた。

 実はこの学校に決めたのは亜里沙がいたからというのもある。亜里沙とは住んでいる県は別々だったが、東北大会や遠征などでよく会っており、昨年秋の東北大会でも決勝戦で亜里沙と戦い、結果は私が優勝、亜里沙が準優勝という結果だった。お互い短距離ランナーとして切磋琢磨しあっている仲である。


「亜里沙の名前、私のクラスの名簿にあったけどなんで今日いなかったの?」

「あー、今日の午前中まで合宿で岩手行ってたんだよね…てか同じクラス!?まじで!?やった!」


 亜里沙が私の肩をつかみながら飛び跳ねている。同じクラスなのは私も嬉しかったし、こんなに幸せな環境があると思うとこれからの新生活もやっていけそうな気がした。


「てか、由佳ってどこに引っ越したの?」

「えーとね、淀橋?を渡って…」


 記憶のある限りの目印を伝えながら説明すると、亜里沙が「うぉー!」と言いながらより飛び跳ねる激しさを増した。


「え!?それうちのすぐ近くのマンションじゃん!通り道だよ!今日一緒に帰ろ!」

「ほんとに!?うん!帰ろ!」


 こんな偶然あるのだろうか。これからの生活、絶対楽しくなる。転校初日にもかかわらず由佳は幸せの海に浸っているような感覚になっていた。


 部活は見学のみの予定だったが、亜里沙から「体なまっちゃうよ?」と言われ、亜里沙と一緒に軽いトレーニングメニューをこなした。陸上部の雰囲気もとてもよく、十分やっていけそうな気がした。

 部活が終わり、部室で着替えをしているとき、バックから何かが落ちる音がした。


 (ん?これ、鍵?…ああ…あのときか…)


 拾ってみると、鈴のキーホルダーがついた鍵だった。嬉しいことがたくさんあって今朝の出来事などすっかり忘れてしまっていた。

 おそらくあの時に一緒に拾ってしまったのだろう。あの人に返さなければ。今日は私から話しかけなくても転校生効果なのか、ほぼ全員のクラスメイトが私に話しかけてきてくれた。が、何人かとは話していなかった。そのうちの一人が朝声をかけてもらった例のあの人である。

 名前はよくわからないが、一個前の座席の子からは「ヤスキ」と呼ばれていた。おそらくヤスキ君と言うのだろう。返すものもあるし、お礼も兼ねて明日私から挨拶してみよう。

 それよりも、鍵を見つけたことで重大なことにも気が付いた。


(お守りが…ない)


 宮城に住む祖母から、引っ越し前にもらった名前入りのお守りがなくなっていた。どこを探してもない。おそらく転んだ時に落としたのだろう。教科書類は全部あるし、あるとするとあの転んだ場所か…。


「ごめん亜里沙、ちょっと先生の所に用事あるの忘れてたから先帰ってて。ごめん!」


 朝転んで落としたもの探さないといけないと素直に言えばよかったが、なぜか恥ずかしくなり、ちょっとした嘘をついてしまった。が、隣で着替えていた亜里沙は何も疑うことなく「わかった!じゃあまた明日ね!」と言って身支度を済ませた後、亜里沙は先に自転車で帰っていった。

 由佳は身支度を早めに済ませると、残って部室でグダグダしている後輩部員に「お疲れさまでした!」と声をかけ、朝転んだ現場へ向かった。



(あー、これじゃあ暗くてよくわかんないなぁ)


現場には着いたものの、時間は7時を過ぎており、車のライトは一時的に歩道を照らしてくれるが、肉眼では探すのは難しいほど周囲は暗くなっていた。スマホのライトをつけて探すしかない。ライトをつけて植え込みを探そうとしたとき、後ろから声をかけられた。


「あの、すいません」


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