第一部 球技大会②
バレーボール一回戦は1年F組と試合だった。泰樹たち3年F組はなぜかスポーツ万能な奴らばかりが集められた理系クラスで、圧倒的優勝候補だった。どの学年でも、F組にはそういう傾向があるらしい。
泰樹の役割はアタッカー、戸田はセッターだった。クイックの種類ごとに戸田がトスを使い分け、それに応じて泰樹がアタックしたり、囮になったり。このコンビで2セット合計で20点は取っていた。もちろん、ストレート勝ちだった。
勝負事で本気になっているときは周りの声援など聞こえない。その言葉通り、クラスメイトで誰が応援しに来てくれているか、誰が来ていないかなど全く分からなかった。それくらい、試合に集中していたし、とても楽しかった。悩み事や不安なことなど、その時は忘れることができた。
-------------------------------------------------------------------
試合後、戸田が「ちょっとコンビニ行ってくるわー」と学校を出て行ったので泰樹は一人になった。
真夏の体育館は蒸し風呂状態。一試合しただけでもかなり汗だくになる。
泰樹は外で涼もうと体育館裏に行こうとしたとき、ちょうど新校舎と旧校舎の間の裏庭に人影があるのが見えた。球技大会中はセキュリティのため、校舎には昼休憩以外入れない。お昼は近いといえど今は11時を過ぎたところなので、校舎の方には用事はないはずだ。
普段はこういうのを見ても「誰かいるな」程度で気にしないのだが、今回は何故か、泰樹の中で好奇心が勝ってしまった。
あまり足音を立てないようにして近づくと、人影がある程度認識できるようになった。さらに近づいてその人影をはっきりと確認したとき、泰樹は言葉を失った。
その人影は男女二人組。男の方は見たことのある顔で、同じ学年の文系クラスのやつだった。高身長イケメンで、泰樹とは正反対に活発で、かなり女子からモテる部類の人間である。
正直、男の方はどうでもよかった。
女の子の方は、可愛くて、これもまたとてもよく見たことのある顔だった。
(由佳…)
何を話しているかまでは分からなかったが、確かに二人組の片割れは由佳だった。
美男美女で校舎裏で密会か。確かにお似合いカップルではあるし、あの二人が実はひっそりと付き合っているとなっていても納得も出来る。しかし、泰樹はそれを見ていられなくなって、その事実を受け入れたくなくて、急いで来た道を戻り、体育館裏へと向かった。
はあ…なにか見てはいけないものを見てしまったような気がする。体育館裏で泰樹はうなだれながら涼んでいると、戸田から『今どこいる?』とメッセージがきた。
一人になりたいような気もしたが、戸田と話して気を紛らわしたい。そう思い、正直に『体育館裏で涼んでるわ』と返事をした。
-------------------------------------------------------------------
(あーいい天気だなぁ)
泰樹は快晴な青空を見ながらぼーっとしていると、後ろに人の気配を感じた。やっとコンビニから帰ってきたか。そう思って振り返らずにいると、
「あの、佐藤先輩、ですよね?」
と可愛らしい声が後ろから聞こえた。明らかに戸田ではないことは分かったが、聞き覚えのない声だった。
後ろを振り向いてみると、自分より背が10センチほど低く、若干丸顔で、かわいらしい顔の女の子が立っていた。見たことのない顔…いや、どこかで見たことあるような…
「どちらさま?」
「あ、あの…私、1Fの庄司薫と言いますっ!」
ああ、どうりで見たことある顔だった。この子―庄司薫―は今年の県大会で優勝した子である。確か中央支部でも二位だった子で顔はその時にしか見たことがなく、泰樹はうろ覚えではあったもののなんとなく覚えていた。何の用だろうか。
「何か俺に用?」
「え、えっと…先輩は由佳さんと付き合っているんですか?」
「えっ?」
多少どもりながら聞いてきた薫の質問に動揺した。いきなり何なんだ。何故そんなことを聞くのだろうか。
「先輩と由佳さん、学校で仲良しと聞いたもので…」
「そんなこと、誰から聞いたの?」
仲良しというほど学校では話していなかった上に、最近ではたまに取っていた連絡もしていない。誰がそんなこと言ったのか。
「あ、亜里沙先輩に聞いたんですけど、あの二人は仲良しだから…いずれ付き合うんじゃないかって言っていて」
「なるほどね…」
あいつ、なんで全く関係ない子に俺と由佳の話をするんだ?あの一件のこととか、何も知らないくせに。何考えてるんだか。
泰樹は「はぁ」とため息を漏らした。
「まあ、とりあえず君の質問に答えると、付き合ってないよ。付き合うこともないと思う」
言葉にするととても重く感じられた。でも、嘘はついていない。おそらく、真実。
「そうなんですね…」
薫がホッとした顔をする。この子は一体何をしたいんだ。
「いや、あの…どうしてそんなこと聞くの?」
泰樹が聞くと、薫はかわいらしい顔をにっこりさせた。
「少し、隣でお話してもいいですか?」