第一部 球技大会①
受験生の一か月というものは早いものである。
泰樹は1日10時間前後、勉強に没頭していた。受験を制するためには夏休みに頑張らないといけない、と担任から嫌というほど擦り込まれていた。
『最低でも10時間勉強すること。』
受験指導の先生が何回も言っていた言葉である。さすがにそこまでしなくてもいいだろうとは思ったが、結局不安になって1日10時間勉強をやめることなく続けた。
そして夏休み明け初日。球技大会の初日でもある。久しぶりの運動なので入念にストレッチをしている泰樹の視界に、由佳の姿を見つけた。
夏休み中の冠模試(大学名が名前の頭に付いたオープン模試のことである)やマーク模試で登校した際、何度か見かけたものの一切言葉は交わさなかった。泰樹自身、由佳とはなるべく接触しないように心がけていた。
そんな由佳は、夏休み前とは異なり、中央支部大会で見たときと同じように髪を後ろで縛り、ポニーテールみたいな髪型にしていた。不覚にも、泰樹はかわいいなと思ってしまった。
泰樹が出る種目はバレーボール、あとは裏方としてサッカーの審判を行う。バレーボールをするのは久々だったが、とにかく無理はせずに安全第一でいこう、受験もあるのに手を怪我してしまったらおしまいだ、泰樹はそう心掛けるようにした。一方で、由佳はバスケットボールに出るらしい。なぜその情報を知っていたかって?実行委員だから、偶然名簿で見つけてしまったのだ。偶然。まあ、クラスメイトだから知っていて当たり前なのだが。
バレーボールの一回戦は開会式後すぐに行われる。泰樹の隣では同じくバレーボールに出場する戸田が同じくストレッチをしていた。
「あーあ。由佳ちゃん見に来てくれるかなぁ」
戸田はアキレス腱を伸ばしながら由佳の方を見ている。泰樹はあえて気づかないふりをした。
「…おまえに聞いてるんだってばよ!」
何故か某キャラクターが言いそうな口調でツッコんできた戸田が肘で小突いてくる。そんなこと言われても知るかよ…。
「しらねーよ。直接『来てください』って言えばいいじゃん」
一生懸命平然を装って泰樹が返すと、戸田が何か悪いことを思いついた顔をしてこちらを向いた。
「じゃあさ、一緒に行こうぜ」
「はあ?なんでだよ」
「亜里沙、由佳ちゃんの隣いるじゃん。おまえは亜里沙に言えばいいだろ?」
「嫌だって、別にあいつに来てほしいなんて思ってないし」
間違いない。戸田は俺に由佳と話させたがっている。
何故かはわからないが、戸田はここ最近の『異変』に気づいているらしかった。
「わかったわかった。じゃあ一回戦スパッと勝って、女子の試合一緒に見に行こうぜ」
「…めんどいからパス」
「おまえなぁ、俺だって苦しいんだぞ」
「はぁ?何でお前が苦しむんだよ」
「何でもない何でもない、今のなし」
戸田がセーフと言わんばかりに両手を左右に伸ばす。何なんだ一体…。
「まあまあ、それくらい行こうぜ。クラスメイト応援するなんて常識だろ?」
女子バスケは午後から始まる上に、もっともな正論を言われてしまって何も言えない。とりあず、見に行くだけならば由佳と話すような展開はできないと思い、「ああ、わかったよ」と返事をした。
「あー、そういえばさ、」
戸田が股関節のストレッチをしながら何かを思い出したらしい。再度、泰樹の方を向く。
「球技委員、どうだった?」
「まあ、楽だったよ。今年から3年の仕事量減ったし」
「違う、そっちじゃなくて、」
戸田が股関節のストレッチから手首足首のストレッチへ切り替えながら「やれやれ」と言わんばかりの顔をする。
「由佳ちゃんと、どうだった?」
「…ん?どういうこと?」
泰樹は一瞬ドキッとしたが、直ぐに平常心に戻すことができた。今日の戸田、何かおかしい。
「いや、何かあったかなーと思って」
「何かって…特段何もなかったけど。何で?」
「ふーん。まあ、いいや」
戸田は意味深な返事をすると、「こっちにもボールくれ!」と言いながらチームメイトとのアップの輪に入っていった。




