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第一部 球技委員①


「えー、明日から一応夏休みに入るわけなんだが…」


丸椅子に座っている担任の須田が教壇で頬杖をつきながら連絡事項を淡々と話している。


結局あの由佳との一件の後、泰樹たちサッカー部は県大会ベスト8で敗退し、泰樹の高校サッカー人生は幕を下ろした。チームメイトは皆泣いていたが、自分だけはどうしても昨日の一件を引きずってしまい、感情が交錯しすぎて自分が今どういう気持ちなのか、よくわからなくなって涙は一切出なかった。


陸上の方は、由佳がまさかの入院ということもあり亜里沙は相当ショックを受けていたらしい。その影響か、由佳がいない中、当然優勝候補だった亜里沙はまさかの3位で、優勝は中央支部で由佳を抜いて2位だった薫という一年生の子だった。一年生が優勝ということもあって、学校内はその話題で持ちきりとなっていた。東北大会には出れるもののインターハイの切符を逃した亜里沙は、受験に集中するため東北大会の切符を辞退し引退した。


県大会が終わって一週間後、由佳が退院して学校に復帰した。顔色はずいぶんよくなり、元気に学校に登校してきた。クラスメイトは「心配したよー!」と言わんばかりに由佳を取り囲み、由佳も心配してくれていたことが嬉しかったのか、いつも以上にまわりに笑顔を振りまいていた。


由佳が復帰して一週間がたち、とうとう明日から夏休みに入る。泰樹は今でも、あの病室での会話以来由佳と一度も話していなかった。うちの学校では夏期講習というものがなく、すべて放任なので各々で勉強する。そうなると由佳と顔を合わせるのは一か月後になる。あの一件があったためお互い会話がないのは当然であると思っているものの、とても悲しい気持ちになった。

気持ちは完全に振り切ったつもりだったのに。


「なーなー」


須田が諸連絡を話しているとき、前の席の戸田が前を向きながら椅子を後ろに倒し、声をかけてきた。


「ん、なに?」


「泰樹さ、由佳ちゃんと何かあっただろ」


一瞬あの会話のことかとドキッとしたが、おそらく戸田が言っているのは俺が救急車を呼んだことだろう。泰樹が救急車を呼んだのはクラスにある程度知れ渡っていた。ただ、泰樹が偶然通りかかったら由佳が倒れていて救急車を呼んだ、という具合に本当のようで嘘のような内容が出回っていた。まあ、あの会話の件も漏れていないことだし、それで十分なのだが。


「何かって、俺が救急車呼んだこと?」


泰樹は窓の外を見ながら答えた。すると戸田は「まったく…」と言い上半身をひねってこちらを向いてきた。


「ちげーよ。おまえと由佳ちゃん、最近全然話してないじゃん。前まで仲良く話してたのに。」


「……」


返事に言葉が詰まった。なんて返せばいいかわからない。


「何かあったんだろ?な?」


「…別になんもねえって。俺が人と関わらないようにしてること知ってるだろ。そんなもんだよ」


「そんなお前が前に由佳ちゃんのこと心配して声かけてただろ?おまえが自分から声かけるなんて珍しいから、もしかしたら由佳ちゃんのこと本当に好きなのかなぁって思ってたんよね。で、何かあったの?」


珍しく戸田の勘が鋭くなっている。泰樹がどう返事しようか迷っているとき、須田がこちらを指さした。


「おいおまえら、話聞いてたか?」


「聞いてませんでしたー先生」


戸田が正直に言うと、周りから笑いが起こった。


「全く…。じゃあ、戸田か泰樹が男子の球技委員やれ。いいな?」


「えっ、なんでですか先生!」


戸田が須田に抗議する。

球技委員というのは、夏休み明けすぐにある全学年全クラス球対抗で行われる球技技大会の実行委員みたいなもので、開会式、閉会式を取り仕切ったり、対戦表を作成したりする。準備の関係で週に一回は学校に来なければならず、受験期真っ盛りの三年生にとっては一番鬱陶しい役職である。誰ともかかわらないようにしようという思いを一層強くしていた泰樹にとっては尚更避けたいと思っていた仕事だった。


「お前らが話を聞いてなかったからだ」


「だって泰樹が話しかけてきたから」


「なっ…!?」


戸田が濡れ衣を着せてくる。お前から話しかけてきただろ…。


「お前も話してただろうが。まあ、俺はどっちがやってもでもいいんだが…」


須田が『どっちでもいいから早く決めて仕事を終えたい』というようなオーラを発してきている。いやいや、俺はやりたくないぞ…。


「本当は戸田が話しかけてきたんで戸田が適…」


「泰樹、キャプテンだったんで適任だと思います先生!」


戸田に押し付けようとしたが、すかさず戸田が被せてきた。俺の言い分をはっきり聞いていない須田は「じゃあ、男子は泰樹で決まりだな」と戸田の案を採用してしまった。とんだ飛び火だ。クラスの空気も「まあ確かにね」みたいな空気になっている。くそっ、戸田め…。

まあ、三年生の仕事は少ないと聞くし、なってしまったからには頑張ろう。そう思った数秒後、全く予想していなかった言葉が須田から発せられた。


「じゃあ泰樹と由佳、球技委員よろしくな」


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