第一部 少年Tと少女A
夏が本格的に始まった。
休日のお昼過ぎ。俺は灼熱の外気から隔離され、冷房が程よく効いているシアトル発のカフェにある椅子でくつろいでいる。飲み物はもちろんエスプレッソ…と言いたいところだが、右手に持っているのは抹茶ティーラテの『ノンシロップ・オールミルク・エキストラパウダー』。女子力高めである。
俺の周りには、携帯をいじりながら談笑している女子二人組、PCを開きヘッドフォンで音楽を聴きながら何やら作業している意識高い系男子大学生、スーツを向かいの椅子に掛けて汗だくになったYシャツを仰ぎながらアイスコーヒーを飲んでいるサラリーマン風の男性など、色々な人がいる。人間観察は面白い。
なぜ俺がここにいるかって?本当は涼しい家に籠って受験勉強をしていたかったのだが…。呼び出されたのである。しかも女の子。正直だるい気持ちもあったが、女の子から呼び出されたのであれば行くしかない。
「ごめん、おまたせ」
窓から見える、陽炎が見えなくもない歩道をぼーっと見ていると、気づかないうちに目の前の椅子に女の子が座っていた。そう、今日はこの子から呼び出された。
「何カスタマイズしてんの、女子かよ」
左手に抹茶フラペチーノを持っているその女の子は俺のドリンクを見ながら嘲笑う。
…女子っぽくて何が悪い。
「で、何の用?」
メッセージで済ませられなかったのか、と言いたい気持ちは置いといて、とりあえず要件を聞く。
「そうそう、さっそく本題に入るんだけど…」
その女の子は急に足を組むと右ひじは膝の上に置き、右手はこぶしにして額に当て、考えるポーズをした。
「最近、君の友達に何かなかったかい。少年Tよ」
「…少年Tって俺のこと?」
「そうだ、少年Tよ」
探偵ごっこなのか何なのか、よく分からないが大体のノリはわかった。俺も足を組み、左手をこぶしにして額に当てる。
「君が言いたい友達というのは、少年Yのことだね。少女Aよ」
「…なんで頭文字とるとき苗字と名前ごっちゃになってるのよ。統一しなさいよ。やっぱバカなんだねあんた」
「うるせえわ、そっちが始めてきたノリだろ」
少女Aはやれやれと言わんばかりに右手を肩の高さまで上げると、フラペチーノを一口飲んでカップをテーブルに置いた。
「で、どうなのよ。最近おかしくない?」
「おかしいっていわれてもなぁ…」
確かに、ここ最近あいつの様子はおかしい。総体に負けて部活が終了したということもあるかもしれないが、それにしても落ち込みすぎである。そこまで勝ち残れるなんて思っていなかっただろうし、大体は予想通りのはずだ。ずっと引きずっているのは何かおかしい。
「…まあ、確かにおかしいな」
「でしょ。しかもなんか知らないけど、同時にこっちの少女Yの様子もおかしくてさ」
まだその呼び方続けるのか…というのはとりあえずスルーする。
「だって入院してただろ?過労だっけ?それで部活終了って言われたらそりゃショック引きずるだろうけ…」
「いや、あれは確実に他に何かあった」
少女Aは俺の言葉を待たずに断言する。
「…例えば?」
「例えば…少年Yから振られたとか」
「え、やっぱり少女Yって少年Yのこと好きだったの?」
「言動からして、99パー」
「まあ、納得…」
少女Aは相変わらず考える人のポーズをしながら「うーん」と唸っている。
「でもそれなら少年Yが落ち込む理由がないだろ。あいつも好きだと思うし、両想いだと思ってたんだけどな。」
「あ、やっぱりそうなの?」
「ん?なにが?」
「少女Yと少年Y、両想いだったってこと?」
「まあ、そうだろうな」
そう、もし二人に何かあるすれば告白イベントで、それが発生すればお互い付き合うだろうと思っていた。しかし両方ひどい落ち込みようなので、俺には何があったのかよくわからなかった。
「なあ、少年Tよ」
「まだ続けるの?この呼び方」
「いいから!少年Tよ!」
俺はあきらめて続けることにする。
「はぁ…何だね、少女Aよ」
「あの二人をくっつけないか?」
くっつけるって言ったって…
「どうやって?」
「それをこれから考えるのだ」
「うーん…」
急にそんなこと言われても…。まあ、二人の恋はうまくいってほしいとは思っているが…うん。
「まあ、気が乗らないのもわかる」
「へっ?」
少女Aが急に意味分からないことを言い出すので、変な声が出てしまった。
「君も、少女Yが好きなんだろ?」
「…さあ、それはどうかな」
そんな質問、答える義務なんてない。
「そういう君こそ、少年Yのことが好きなんだろ?」
あえて質問を返してみると、少女Aはフッと不敵な笑みを浮かべた。
「さあ、それはどうかな」




