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第一部 残った事実 ―夏目由佳―


寝てしまっていたらしい。


目を覚ました由佳は、枕横にあるデジタル時計を見た。午後十時と表示されている。泰樹は帰ったらしい。そろそろ母親が様子を見に来る時間だ。


あの後、泣いて崩壊している顔を見せることができず、布団に潜り込んでしまった。そのうちに泣き疲れて、いつのまにか寝てしまっていたらしい。

感情的になってしまったとはいえ、どうしてあんなことを言ってしまったのだろう。冷静に考えられる今、泰樹にあの言葉は本心ではないと伝えたかった。


「あら、どうしたのそんな顔して」


片手にフルーツバスケットを持った母親が病室に入ってきた。鏡を見ていないのでわからないが、恐らく泣きすぎたせいで目が腫れているのだろう。


「んー、多分疲れかな。まだ完全には取れてないし」


「ふーん。まあそれならいいんだけどねえ」


あまり上手くない嘘をついてしまったと思ったが、母親は深く追及してこなかった。まあ、そちらの方がありがたいのだが。


母親はフルーツバスケットからリンゴを一つとると、病室に備え付けられている洗面台でリンゴを剥きはじめた。由佳がいる病室は二人部屋なのだが、今は病床が余っているらしく由佳一人だけで使用している。一人になりたい今、この一人部屋の状態が何よりもありがたかった。


「そういえば由佳、泰樹君お見舞いにきた?」


「えっ…」


母の口から泰樹の名前が出てくるというあまりの不意打ちに、由佳はまともに返事をすることができなかった。


「泰樹君、昨日救急車に付き添いしてくれて、私が絵麻の迎えに行ってから病院に駆け付けるまでずっと横で寄り添っていてくれていたの。だからたぶん今日お見舞いに来るんじゃないかなぁと思って。まあ、あんたたちの関係がどんなもんなのかはよくわからないけど」


君が私のために寄り添ってくれた…。


ねえ、なんで君はそんなにやさしいの。モテないなんて嘘でしょ。君って本当にやさしいよね。あと鈍感。亜里沙はたぶん、君のことが好きなんだと思う。だから中央支部のときも亜里沙、私より先に駐輪場に来て、君の自転車の荷台に乗ってたんだよ。君も亜里沙のことが好きなのかな。私だって負けないように頑張ったんだよ。県大会では私に振り向いてもらいたかった。私が優勝して、振り向いてもらいたかった。さっきは感情的になっちゃってごめんね。あれ、嘘だから。ごめんね。


ああ、たぶん君のことが好きなんだ。いや、絶対。私は君のことが好き。やさしくて、私のことを心から受け入れてくれる君が好き。きっかけは何だったんだろう。おそらく、登校日初日。初めて、一緒に帰ったあの日。うまく言葉で表せないけど、君に吸い込まれてしまった。帰り道、偶然装ってたけど、いつも校門で待ってたんだよ。君はやさしい。やさしい君が好き。


今、この気持ちを泰樹にとても伝えたかった。でも、時間は戻らない。あんなにひどいことを言ってしまった今、もう二度と伝えられないのだろうか。そう思うとまた涙があふれてきて、母親に見られないよう急いで布団にもぐりこんだ。


母親がいじわるな口調で「ねえ、泰樹君とはどんな関係なの?」と話しかけてきたが、全く頭の中に入ってこなかった。






『夏目由佳は佐藤泰樹のことが好き。でも、夏目由佳は佐藤泰樹に気持ちを伝えるどころか傷つけてしまった。』







その事実だけが、由佳の中に残ってしまった。


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