第一部 クラスのあの子
「初めまして。夏目由佳といいます。宮城県から引っ越してきました。よろしくお願いします。」
泰樹は開いた口がふさがらなかった。
朝、学校にギリギリについて席に着くと朝のHRが始まろうとしていた。いつもはこんなに早くHRが始まるわけないのに、今日だけは担任の須田が5分前には教室にいた(らしい)り、クラスメイトはざわついているし、普通の空気でないことは何となく察した。
「おお、泰樹遅かったじゃん。どうしたの?」
泰樹の席の前の戸田が声をかけてきた。彼は泰樹と同じサッカー部に所属していて、入学以来かなり仲がいい。
「寝坊だわ。久々に寝坊したー」
「ほー、珍しい。お前が寝坊だなんて」
朝の出来事を言うのは面倒だったので「寝坊」でごまかすと、スマホをいじりながら興味なさそうに戸田が「ふーん」と相槌をうった。絶対俺の話聞いてないなこいつ。
「で、今日なんかあんの?」
この異常な空気感を戸田に聞くと、戸田は興味なさそうにスマホをいじりながら
「転校生来るらしいぜ。女の子。」
と返してきた。なんかここまでこっちの言うことには興味無しな態度を見せられると、少し驚かしてやりたくなる。
「実はさ、今日寝坊じゃなくて、女の子と少しごたごたがあったんだ」
「はぁ?嘘つくのもいい加減にしろよ」
戸田はけだるそうにスマホから目を離してこっちを見た。戸田が俺の話を聞き始めた。あともう一押し。
「ほんとだって。芸能人みたいな子でさ、めっちゃ可愛かったんだぜ?」
「おまえ、夢だろそれ」
「んなわけ。顔小さくてな、スレンダーでな…」
「今どきの高校生スレンダーなんか使わねって」
戸田が若干興味ありで泰樹と話していると、須田が廊下から一人の女の子を連れてきた。
「今日から一緒に勉強する仲間が増えますー。ほれ、自己紹介」
「スレンダーつかうだろ。わかってねえなぁ。」
「じゃあうちのクラスでいうと誰みたいな感じ?」
「んー、そうだなぁ」
「初めまして。夏目由佳といいます」
「そうそう、あいつみたいなやつ…って」
言葉が出てこない。泰樹が今朝出会った芸能人張りにかわいい女の子、『夏目由佳』は泰樹のクラスの転校生だった。
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「夏目ちゃん、かわいいよなぁ~」
戸田がうっとりしながら夏目をみている。
夏目は転校初日にもかかわらず直ぐにクラスの女子と溶け込み、うまくいっているようだった。それどころか彼女は芸能人張りの容姿に加えて、前の学校では陸上部で東北大会出場、成績優秀となにも申し分ないスペックであり、早速女子のイケイケなグループを率いていた。
ものすごい転校生が来たということでほかのクラスからも様子を見に来ている生徒がたくさんいた。当の夏目はそんな視線など一切気にすることなくクラスの女子たちとはしゃいでいた。
「まあな。それよりも今日の練習メニュー一緒に考えてくれ」
サッカー部で(一応)キャプテンをしている泰樹は毎日練習がある日はメニューを考えなければならなかった。
サッカー部と聞けば大半の人が『カッコいい』『爽やか』などが思い浮かぶと思うが、実際にはそんなものは『イケメンに限る』という言葉がぴったり当てはまり、さらに県大会には出れてもベスト8止まりという中途半端な成績しか残せない泰樹たちにはそんな言葉とは無縁の生活を送っていた。
だから、女子マネージャーなんているわけがなく、進学校だからか顧問が「成績上位10%でないとマネージャーはダメ」なんて言ってくれるもんだから、女子とはほぼ無縁の生活を送っていた。
「おまえなぁ、少しは目の保養したらどうだ?どうせ放課後は男だらけなんだぜ?」
「別に気にならないけどな」
「普通気になるだろー!女にもてないからってそんなしょげるなって。亜里沙がいるから安泰ってか?」
「…ちょっと黙ってメニューの一つくらい考えてくれてもいいんだぞ?」
亜里沙というのは泰樹の家の裏に住んでいる幼馴染である。小学校から高校まで、すべてクラスが同じというのは腐れ縁なのだろうか。地味に生活している泰樹にとってはクラスで唯一話せる女子である。
戸田の言うとおり、この高校生活丸2年とちょっとが過ぎてしまったが彼女はいたことがなかった。県でもトップクラスの進学校であるうちで勉強の傍らサッカーをするとなると、恋愛なんてしている暇がなかった(というのは言い訳であるということは重々承知している)。
無論、夏目のような上位カーストに位置する女子に色目遣いを使ったところで何も起こるわけがなく、自分もそれが分かっていたので夏目のことなど全く気にしていなかった――といいたいところだが、今回は今朝の件のこともあり少し事情が違った。
(お守り、返さないとなあ)
戸田が横で「かわいいなぁ」とうっとりしている中、泰樹は昼休み中に今日の練習メニューを完成させた。