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第一部 悲哀


何やってるんだろう自分。

病室の窓から晴れ渡る青空を見ながら、由佳は絶望に浸っていた。


大会前日。練習の後、いつものように自主練をして家に帰る途中、泰樹と会った。最近余裕がなかったせいで、久しぶりに一緒に帰れるのは嬉しかった。久しぶりだからより一層気合い入れて、いつものように笑顔で振舞おうとしていたのに。泰樹が「休みなよ」と心配してくれたのがなぜか急に腹が立ってしまって。疲れを隠すために被っている『仮面』が取れてしまった時、これまでにない疲労感が押し寄せてきて、立てなくなって。意識を失ったらしい。

気がついたらこの病室である。日付も変わっていた。看護師さんによると、私は道端で倒れ、近くにいた男の子―たぶん泰樹のことだろう―が救急車を呼んでくれたらしい。


医者から言われたのは過労だった。オーバートレーニング症候群の疑いもあるらしい。もしオーバートレーニング症候群であれば、競技に復帰するにはかなりの時間を要する。今それになってしまったら、ほぼ陸上人生終わりと告げられたようなものだ。と言っても、今日、県大会に出場するはずだったのに、今病室にいる時点でもう終わっている。私の、高校時代の陸上生活はあっけなく終わりを告げた。


病院を抜け出して県大会に参加することも考えた。だが、体が自由をきかない。相当疲労がたまっていたのだろう。そりゃあ朝練して通常の練習をこなし、終了後に残って自主練をしていてさらに休みなくしていたとなると尚更だ。


もう、悲しいとかいう気持ちを通り越して虚しかった。優勝するために、亜里沙や後輩に勝つために、そして泰樹に勝った姿を見せるために頑張ってきた。でも、それももう無駄になった。どうしてこうなってしまったのか。


陸上は大好きだった。大会独特の緊張感の中、走り抜けるあの感覚が何とも言えない快感だった。最後の最後まで、走る機会があればあるまで、ずっと続けていたいと思うほど好きだった。


だけどどうだろう。この一か月は正直、ただ単に辛かった。眠れない日もあった。休むと周りに抜かれてしまうのでないかという恐怖が自分の中にあった。どうしてしまったのだろうか、自分。よくわからない。何が自分を駆り立てていたのか。分かるようで、分からない。もう、陸上を続けたいという気持ちは、無い。


「おい、大丈夫か」


声のする方を見ると、ジャージ姿の泰樹がベッド横に立っていた。父親は仕事、母親は妹の送迎で病室にいなかった。おそらく彼は試合帰りにお見舞いに来てくれたのだろう。


「昨日、急に倒れるもんだからさ。本当に心配したんだぞ」


そんなこと言われたって…私だって倒れたくて倒れたわけじゃない。


「俺らはなんとか一回戦勝ったから、明日はベスト8。なんとか勝ちたいなー」


彼は私がいるベットの近くにある丸椅子に腰かけると、窓の方を見ながら独り言のようにつぶやいた。


彼を見ていると、なぜか悲しい感情が急にこみ上げてきた。自分のため、というよりも君のために、県大会に向けて頑張ってきた。一生懸命頑張ったのに、何も得られず、逆に大事な陸上を失ってしまった。


もう亜里沙と一緒に切磋琢磨することも、あの爽快感を感じることも、もうないのだ。何もかも失ってしまった気分。


なんで私だけ。頑張ったのに。勉強もせずに、頑張ったのに。テストだって、成績が悪すぎて親と喧嘩した。それでも頑張って耐えたのに。なんで、どうしてこうなってしまったのだろう。


気が付くと、涙が止まらなかった。もう我慢できなかった。泰樹はびっくりして「ど、どうした?」と声をかけてくる。


その優しさが、ずっと欲しかったのに、今は一番いらなかった。もうだめだ。感情が抑えきれない。


「…きみのせいだよ」


「…えっ?」


泰樹は困惑した顔で私を見ている。

私、どうかしている。その彼の表情が、なぜか今はとても憎らしかった。






「君がいなければ、こんなことにならなかった」






由佳は溢れる涙を抑えることができず、声をあげて泣いた。


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