第一部 そして壊れる
純粋に心配だった。
テストが終わって一か月がたち、県大会まであと一週間となっていた。泰樹たちサッカー部は県大会も中央支部と同じ会場で行われる。先日、東北大会へは県上位2チームしか進めないためおそらく最後となるであろうメンバー発表があり、泰樹はいつもの背番号7をもらっていた。
この一か月、ハイタッチして以来、由佳と一緒に帰ることはおろかクラスでもほとんど話していなかった。クラスではほとんどを寝て過ごしており、最初の方では滅多に見かけなかった授業中での居眠りを何回もし、その都度先生から注意されていた。放課後になるとすぐに練習に行ってしまい、泰樹が話しかけるタイミングなど皆無だった。
たい焼きデートなど、一緒に楽しく帰ったりしていた最初の一か月とは大違いで、なぜか由佳が遠くに行ってしまったような気がして、何故かとても寂しかった。まあ、由佳が転校してくる前の『いつもの生活』に戻ったといえば戻ったのだが。しかし、最近見る由佳の顔は疲れ果てていて、顔色も悪く、何か思いつめいているようだった。そんな由佳が、心配で仕方がなかった。
「それがねー、私もよくわからないんだよね…。」
亜里沙に何かあったのか聞いてみたが、本当に分からないらしく、亜里沙自身も困っているとのこと。亜里沙が話しかけても何事もなかったように笑顔に戻って話すらしい。そんなに笑顔で返されると、『それ以上聞くな』と言われているようで、なかなか深く聞けないよな…と、泰樹は思った。
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(危ない危ないギリギリセーフ…)
泰樹は校門が閉まる直前に何とか外に出ることができた。
今日は大会前日ということで早く部活は終わったのだが、最後かもしれない(というかほぼ最後)ということで3年生全員で部室内の備品整理をしていた。その備品整理にかなり手間取り、21時半過ぎまでかかってしまった。さらに、泰樹はキャプテンということもあり部室を閉めたのち職員室横のボックスまで部室の鍵を返却しなければならなかった。そのため、校門が閉まる22時ギリギリまで学校の敷地内に残っていた。
校門を出て、自転車に乗って帰ろうとしたとき、見覚えのある背中が50mほど先に見えた。ほっそりとした体形、後ろから見てもわかる小さい顔。何ともだるそうに自転車を押している。
(あれ、由佳…?)
泰樹は自転車から降りると、早歩きで自転車を押した。
「こんな遅くまでお疲れ」
泰樹は由佳に追いつくと、これまでと同じように声をかけた。
すると由佳は泰樹の方を見るなり驚いた顔をして、一瞬疲れた顔をして…そしていつもの笑顔になっていた。
「うん、ありがとう。泰樹もおつかれーい!」
由佳が左手で自転車を押しながら右手でグーを出してくる。泰樹はそれに応えるべく、同じくグーを出した。
「どう?調子は?」
「んーまあまあかな。泰樹は?」
「まあ、優勝はできないだろうね」
「またまたー。最初からあきらめたらだめだよ!優勝目指さないとー!」
由佳が最初の一か月のときのように返事をしてくれる。この空間を、なによりも心待ちにしていた。ものすごく楽しい。
だけど、いつもと違う。違和感があった。
「…由佳」
「んー?なにー?」
「顔色悪いぞ。大丈夫か?」
由佳はいつもの笑顔だった。が、明らかに顔色が悪かった。疲れているのか、顔が白かった。
「そ、そんなことないよー!」
由佳はいつもの笑顔で返してくるが、絶対、無理している。だてにキャプテンをやっているわけではない。いつも部員に気を配っている(というよりも部員の顔色をうかがっている)せいか、人の異変はすぐにわかる。なにかおかしい。なんとなく、そう感じた。
「由佳、しっかり休んでるか?休みも練習の一部だぞ」
泰樹は蒼白な由佳の顔から、あまり休まずに練習しているのではないかと思い、アドバイスした。
泰樹は、由佳がてっきりいつもの笑顔で返してくると思っていた。しかし、由佳が見せた顔は、最近クラスで見る顔。とても疲れている顔をして泰樹を見た。えっ、由佳…?
「…休めるわけないじゃん。バカじゃな…」
と言いかけて由佳は泰樹に寄りかかってきた。
由佳の全体重が泰樹に寄りかかってくる…違う、寄りかかってきているんじゃない!由佳は泰樹の方へ倒れてきていた。
慌てて自分の自転車を放り投げると、泰樹は由佳をギリギリで受け止めた。
「おい、大丈夫か、由佳!おい!」




