第一部 異変②
昨日はいろいろとショックが重なって寝れなかった。
自分の実力を過信していたのかもしれない。勝てると思っていた。私だって努力してきた。
なのに、半年前の東北大会で勝った親友に優勝を取られてしまった。しかも二つ下の後輩にまで抜かされて3位。ゴール直後は何も考えられなかった。負けを受け入れられなかった。
しかし、帰りにあの人が親友と二人で帰るところを見たとき、抑えていた涙が止まらなくなった。私は負けたんだ。勝負に負けた。現実を突きつけられた瞬間だった。泣きすぎて顔面崩壊状態で家に帰ると、お母さんが「次の県総体で勝てばいいじゃないの。まだ終わったわけじゃないんだから」と心配してくれた。お母さんのやさしさはすごく温かかった。だけど、私が求めていた温かさとはまた違ったものだった。
あまり寝てないせいで疲れが残っており、目の下にくまができている顔で学校へ来ると亜里沙の周りを女子が取り囲んでいた。いつも私に話しかけてくれている女子たちも亜里沙のところにいたが、由佳を見つけるなり「由佳―!」と近寄ってきた。みんなー、負けちゃったよー。そう言おうとしたとき、
「由佳3位だったんだね…。そういうときもあるって!元気出してっ!」
由佳が話しかける前に、いつも話しかけてくれる女子グループのリーダーである佳代に励まされた。今はそれが痛いほどに心に響いた。私だって、すぐ受け入れられるなら苦労しない。
「うん、ありがとう…」
由佳がそう返すと、佳代たちは「元気だしなね!県総体は、絶対勝てるから!」と言うと亜里沙の元へ戻っていった。しかし、佳代たちが亜里沙のところへ戻ると「亜里沙が優勝するって思ってたんだよねー!」という会話が聞こえてきた。嫌味で言ったわけではないと思うのだが、手のひら返しを受けた気分になった。まあ、まだ一か月ということもあるし、恐らく私と亜里沙の関係をよくわかっていなのだろう。
転校生というのは、周りと完全に馴染むのが正直難しいと思う。少なくとも私はそうだ。
最初は珍しさからか大勢にもてはやされることが多い。みんなでワイワイできることは良いのだが、心の底から信頼できる友達はほとんどできない。ふとしたことで仲間外れになる場合もある。転勤族の子供で複数回転校している由佳は、このような状況を前に経験したことがあった。
だから、群れるよりも小数人、極端に言ってしまえば一人でいる方が気が楽だし、正直今は一人にしてほしかったのでちょうどよかった。あまり寝ていないので頭がぼーっとする。早く帰りたい。
「大丈夫?」
突然、聞きなれていて、今一番欲しかったようで欲しくなかった声が隣から聞こえた。
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「大丈夫?」
泰樹は由佳の隣の席の住人が来ていないことを確認すると、隣に座って由佳に声をかけた。由佳は体をビクッとさせる。驚かせてしまっただろうか。
「なに、そっちから話しかけてくるなんて超珍しい」
「いや、まあ、その…」
「まあ、ありがとう。ちょっと昨日の疲れが残っててさ」
由佳は疲れている顔を無理やり笑顔に変え泰樹の方を向いた。目の下のくまなどを見ると、由佳が無理をしていることは一目瞭然だった。
「大丈夫そうじゃないけどな」
「平気だってばー。心配してくれてありがと」
由佳が「いぇい!」とハイタッチを求めてきた。空元気なのか、上げた由佳の手には力が感じられなかった。
「ならいいんだけど…何かあったら言ってな」
由佳が「おう!」と元気よく返事したので、泰樹は由佳が差し出した手にタッチした。




