第一部 異変①
泰樹はこれまでに3人の転校生と同じクラスになったことがある。
一人目は中学二年生の時、木村君という男子だった。木村君は正直言って第一印象は地味系オタク男子という感じだったが、いざ話してみると大阪から来たということもあってか話がとても面白く、一躍クラスの人気者になった。
まだ周りとの交流が活発だった泰樹は木村君と仲良くなり、当時も入っていたサッカー部の練習がない日はよく遊んだりしていた。そんな木村君はスポーツこそあまりできる方ではなかったものの、頭はとても良く、高校は東京の私立の超名門校に進学した。
東京に行ってしまってからは中学生の時にケータイを持っていなかったということもあり、木村君とは連絡を取っていない。
二人目は中学三年生の時、早智子さんという女の子が泰樹のクラスに来た。彼女は木村君と逆で、第一印象は明るくはきはきしていて、勉強はあまりできない方だったが、スポーツが万能でバスケ部に所属し、県選抜のキャプテンになるほどの実力者だった。彼女も木村君と同じく他県の高校に進学した。
この二人、最後に他県へ出た状況は似ているものの、それには大きな違いがあった。木村君はみんなから名残惜しまれながら東京へ行った。しかし、早智子さんは最後の方は学校に来ていなかった。何が引き金だったのか、確かではないがあることで仲間外れにされていた。聞く話によると、早智子さんの転校前までエースだったバスケ部の一人が早智子さんを憎み、早智子さんがシュートミスをすると陰口を言うなどしてグループから弾いていたらしい。まあ、すべて噂に過ぎないが。
そして三人目が夏目由佳だった。明るくハキハキしていてスポーツ万能。どうしても、由佳と早智子さんが被ってしまう泰樹にとっては、由佳のことを心配してしまう部分があった。自分ではどうすることもできないが、陰ながら、由佳にはクラスを楽しんでもらいたいと思っていた。みんなと笑っていて欲しいと心から思った。由佳の苦しい顔など、見たくなかった。
たぶん、これまでに由佳に対して思ってきた気持ちもこの『心配』からきているのだろう。そう言い聞かせている自分がいた。本当の気持ちは隠さないといけない。過去の自分から、そう言われているように。
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「あー、中間考査だりぃぃぃぃ」
戸田が前の席で机に伏せながら嘆いている。
中央支部総体が終わって一夜が明けた。泰樹と戸田のいるサッカー部は、最終的に3位で終わり、上位4チームが出場可能な県総体に何とかコマを進めた。
一息つきたいところだが、中間考査は総体終了から一週間後にあるということが変えられない事実として存在していた。泰樹たちも総体後に部活はテスト休みになり、学校が終わるとボールを蹴らずに家に直帰する。
「まあ、頑張ろうお互い…」
最近勉強を疎かにしていた泰樹にとっては気合いを入れる1週間でもあった。ここで頑張らないと大学受験にも響いてしまう。
「亜里沙!優勝おめでとう~!」
ふと亜里沙の方を見ると、亜里沙の机にクラスの女子が群がっていた。
亜里沙の優勝はクラス中に広まっていた。もちろん、由佳の3位も。
「ありがとう!まあでもここからが本番だから…」
「私たち、亜里沙が優勝するって思ってたんだよねー!」
亜里沙の謙遜を無視して取り巻きがワーワー騒いでいる。当の亜里沙は苦笑いしていた。今、亜里沙の周りにいる取り巻きは、最近由佳のところによくいた集団だった。
早速手のひら返しかい…と思ったが、もしかすると由佳と亜里沙がかなりのライバル関係であるとは思っていないのかもしれない。実際に、泰樹は亜里沙と仲が良く、昨秋の大会のタイムを調べていたからこそこれほどまでないライバル関係であるということはわかっていたが、もしかすると、少なくともあの取り巻きは陸上における由佳と亜里沙の関係をよく分かっていないのかもしれない。
由佳が転校してきてまだ一か月程。そうであっても無理はない
由佳の方を見ると、由佳はまるで死人のような顔をしており、ぼーっと前の方を見ていた。明らかに疲れがたまっている顔だった。転校してから初めの方は男女関係なくギャラリーが大勢いたが、さすがに一か月も経つと転校生効果も落ち着いてきており、亜里沙の優勝の影響もあるのかもしれないが今は周りにいつもいたギャラリーが誰もいない状態だった。




