第一部 総体の帰り道
「あのなぁ、自転車押す身にもなってみろって…」
「優勝したんだからいいじゃーん!」
泰樹はガックリとうなだれた。いくら言っても荷台から降りようとしなかったため、その子を荷台に乗せたまま、自転車を押しながら帰った。
「いやー、それにしても番狂わせだったな。まさか由佳が三位だなんて」
100m走決勝。泰樹は昨秋の東北大会を制している由佳が優勝すると思っていたが、まさかの三位だった。優勝は亜里沙、そして二位がなんと一年生だった。しかも泰樹たちと同じ学校の子である。一年生ということもあって昨年度分の結果は当然無く、主に昨年秋の情報しか調べていない泰樹にとっては予想だにしない結果だった。
「まあ、薫も中学から有名だったし、2位でもおかしくないよ」
亜里沙が荷台で左右に揺れながら言った。なるほど、中学校の陸上界を知らない泰樹にとってこの順位を予想できるわけがない。
話によると、二つ下の薫という子は泰樹と亜里沙と同じ小学校、中学校らしい。自分は薫のことを全く知らなかったが、陸上ではかなりの有名人らしかった。
「亜里沙もぎりぎりだったもんな」
泰樹は右手で自転車を支えながら左手でケータイを操作し、今日の決勝の記録を見た。
亜里沙と薫は0.01秒の差とかなり僅差だった。逆に由佳と薫ではおよそ0.1秒の差がついており、由佳が勝つと思っていた泰樹にとっては意外なタイム差だった。
「まあ、そのために最近結構自主練してたからねー」
亜里沙がどや顔をしながら荷台でふんぞり返っている。由佳が前に言っていた亜里沙の自主練というのは、由佳だけじゃなく薫にも勝つためだったのか。泰樹は素直に感心した。
「おまえ、すげえわ。見直した」
「じゃあジュース一本おごって」
「なんでだよ…」
「優勝したんだからいいじゃん!」
「はいはい、わかったわかった…」
亜里沙が駄々をこね始めた。こうなってしまったら手の付けようがない。泰樹は早々に降参した。
「俺は由佳が優勝すると思ってたんだけどなぁ…」
ふと泰樹がつぶやくと、後ろで駄々をこねていた亜里沙が突然黙った。
「どうした?」
「…そんなに由佳のこと気になる?」
亜里沙はじっと泰樹を見ている。
「…まぁ、友達だから?かな?」
「ふーん」
亜里沙は意味深な顔をした。何を言いたいんだ一体…。
「本当に?」
「だって東北大会優勝してたじゃん」
「いやそこじゃなくて、」
亜里沙が両足を地面につき、泰樹が押していた自転車を無理やり止めた。
「本当に、『友達だから』だけ?」
「えっ…うん…まぁ、うん…」
「じゃあさ、由佳のこと、好きじゃないの?」
泰樹が言い淀んでいると、亜里沙が核心をついてくるかのようなことを言ってきた。いや、別に核心なわけではないのだが…いや、核心なのか?
「んー…おまえには言いたくない」
「なんでよ」
「なんだっていいだろ」
「ふん、どうせ生半可な気持ちしか持ってないくせに」
「何だよ生半可な気持ちって」
「…もういい。いい加減はっきりさせなよね。似た者同士なんだから」
そう言うと亜里沙が両腕を組みながらぷいっと横の方を見た。
俺、何かまずいことでも言ったか?どうしたものかと泰樹が困っていると、亜里沙が急に近くにあった自動販売機を指さした。
「奢り、一本追加で」