第一部 高校総体④
(なんとか明日につないだな…)
泰樹たちサッカー部は16時から行われた2回戦を2-1で競り勝ち、明日の準々決勝へ駒を進めた。この試合は泰樹自身は特に見せ場もなく、逆にラストプレーでコーナーキックを戸田がヘディングで合わせて決勝点を決めるという、戸田のこれ以上ない見せ場のおかげでなんとか勝った(戸田は「こういう時に限って観客が親たちしかいないんだよなぁ」と嘆いていたが)。さほど強くない相手ではあったものの試合内容は最悪だったため、PK戦に持ち込まれずに勝ち切れたのは運がよかった。
戸田は親の迎えがあるらしく、試合後のミーティングが終わった後すぐに帰ってしまった。試合会場から家が泰樹と同方向のチームメイトは戸田しかいない。しょうがないから一人で帰るかと思い、泰樹は疲れて重い足を引きずりながら自転車置き場へと向かった。
自転車置き場に到着すると、自分の自転車が止めている付近に人影があった。試合開始が16時だったため、時刻はすでに18時を過ぎていた。あたりは真っ暗で、電灯がない自転車置き場では暗闇となっているため、遠くからだとその人影が誰かわからなかった。こんな遅い時間にいるなんて、先ほどの試合に関与していたサッカー関係者以外考えられない。
しかし、徐々に近づくにつれてその影が女の子であることに気づいた。しかも、その女の子は自分の自転車の荷台に乗っている。誰かを待っているらしい。誰を待っているのか、そしてそれが誰なのか。その人影に近づくにつれてだんだんとはっきりしてきた。
「やーやー、準々決勝進出おめでとさん」
泰樹に気づくと、陸上部のジャージを着て、後ろで結んでいた髪を下ろし、自分の自転車の荷台に乗っている子がニンマリ笑顔で拍手した。
「そっちこそ、優勝おめでとさん」
「まあ、私の実力なら当然だよねー」
その女の子は、泰樹の自転車の上で偉そうに胸を張った。
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ゴールした後、茫然とした。
県大会に進めることが決まったなんてどうでもいい。自分の実力が劣っていたなんて到底思えない。表面上では不安になっていたが、心の中には絶対にに勝つ自信があった。なんで負けたのだろうか。気持ちが整理できなかった。
スタートする直前、隣のレーンにいた友達から「負けないから」と言われた。それが影響して動揺してしまったなんて言い訳でしかない。私が負けるわけない。そう思っていた。なのにどうして…。
決勝後、すぐ行われる表彰式に亜里沙と由佳は出席した。何も考えられない頭の中、表彰台へ上り、賞状を受け取る。私が立った表彰台は、上位三人が立つ台の中で一番低い台だった。表彰式後も気持ちの整理ができず、一位を取った、昔からの仲良しな親友には「おめでとう」という言葉をかけるのが精いっぱいで、あとは何も話すことができなかった。
そうだ、せめて泰樹と一緒に帰ろう。自転車の荷台に乗っかって、いろいろとくだらないことを話して、この沈んだ気分を晴らしたい。そう思い、スタンドの陰でこっそりと泰樹の2試合目を観戦した後、泰樹が恐らく止めているであろう自転車置き場へ向かった。自転車の荷台に乗って待っていれば泰樹も驚くだろう。準々決勝おめでとうと祝ってあげようじゃないか。そう思った。
自転車置き場は暗闇に包まれており、泰樹の自転車がどこにあるか探しづらかったが、時間が時間なだけあって止まっている台数は少なかった。すぐに見つかるだろうと思い端のほうから泰樹の自転車を探しているとき、探す先の方で人影があることに気づいた。
暗闇で顔はよくわからないが、その人影は自分が着ているものと同じジャージを着ている。ものすごく嫌な予感がした。この人影は今私が一番会いたくない相手かもしれない。もしかして…。
私とその人影はまあまあ離れていたが、その人影が泰樹の自転車の荷台に乗っていることを確認した時点で、顔がわかるまで近づかなくても誰か分かってしまった。
一位を取った親友が、泰樹の自転車の荷台の上で暇そうにケータイをいじっていた。
まるで、泰樹と一緒に帰るために待っているかのように。