第一部 高校総体③
「いよいよ次だな」
戸田が隣で目をキラキラさせている。
泰樹と戸田は陸上競技場のスタンドに来ていた。規定はよくわからないが、亜里沙と由佳は速すぎるからなのか、それとも上位大会常連だからなのか、予選は免除されて決勝から走るらしい。
二人とも100mの短距離で、レーンは隣同士だった。泰樹はよく分かっていなったが、由佳と亜里沙は高校陸上界では結構有名な選手らしい。2人を見ようとギャラリーはスタンド席すべてが埋まるほど大勢いた。スタートぎりぎりに到着した泰樹と戸田は座ることをあきらめ、出口付近の手すりにもたれながら二人を見守っていた。
「まあ、あの二人だから県大会進出は余裕だろうな。上位三人までいけるし」
泰樹はケータイで過去の二人のタイムを調べながら戸田に言った。
昨年秋の東北大会においてもこの二人のタイムは断トツで速く、知り得る記録を見る限りでは少なくともこの地区大会で敵うものはいないだろうと泰樹は思った。
「はやく走っている由佳ちゃん拝みたいなー」
戸田が頬杖を突きながらにやにやしている。全く、俺に好きだろとか言っておいてお前が由佳のこと好きなんじゃないか。…やれやれ。
しかし、周囲から聞こえてくる「由佳ちゃん、かわいいよね」「2年前から追いかけてるわ」「由佳ちゃんと付き合いたい」など様々な会話を聞く限り。『由佳崇拝』は戸田だけではなくギャラリーのほとんどがそうであるらしかった。泰樹はなぜかその会話を聞いてもやもやしていることに気づき、彼氏でもないのにもやもやするなんて勘違いにもほどがあると自分に言い聞かせた。
「お、見てみろって。由佳ちゃんだけじゃなく、亜里沙もかわいいな」
戸田がスタート地点を指さしたので泰樹もそちらの方を向くと、どきっとした。
由佳も亜里沙も髪が邪魔にならないように後ろで結んでおり、顔がはっきりみえるようになっていたが、由佳はいつも以上に整っている顔が際立ち、さらにかわいく見えた。亜里沙に関しては小さいころから見ている顔だからなのか、泰樹は何とも思わなかった。
(あの顔でスポーツ万能ならそりゃ人気出るわなぁ)
泰樹は髪を結んでいる由佳を見て、やっぱりかわいいなと思うと同時に由佳が雲の上の存在になってしまったような感覚に陥った。どうあがいても俺には届かない。そんな感じだった。
「なあ、泰樹はどっち勝つと思う?」
「えっ…」
突然、戸田が変なことを聞いてきた。いや、変ではないのだが…うーん…。
「だーかーら、お前は由佳ちゃんと亜里沙どっちが勝つと思ってるかって聞いてんの!」
「…うーん…まあ、どっちも勝ってほしいかな…」
泰樹は一生懸命考えたが突然聞かれて頭が真っ白になっていたため、とりあえず適当に答えた。が、答えになっていない答えを返された戸田は肘でつついて泰樹を急かす。
「どっち!?ほら!」
「うーん……どっちかというと亜里沙かな。幼馴染だし」
本当は由佳に勝ってほしいのかもしれない。だけど、正直に言いたくなくて、本能が勝手に亜里沙と言ってしまった。
「…泰樹さぁ、」
戸田が由佳と亜里沙に向けていた視線を泰樹に向け、じっと見てきた。
亜里沙と由佳がスタート位置に着く。
「今、嘘ついただろ」
バンッ。
乾いた破裂音とともに由佳と亜里沙はスタートを切った。