第一部 高校総体②
「まあ、なんとか勝ったな」
戸田がレガースを取りながら泰樹に話しかけた。
高校最後の総体が始まった。1回戦ということもあって相手はそれほど強くもなく、普通に戦えばまず負けるような相手ではなかったが、トーナメントの一発勝負ということもあり自陣に引いた相手に点を取ることは相当苦労した。
結果だけで見ると3-0で圧勝に見えるかもしれないが、得点したのは後半のラスト10分間だった。一点目は泰樹のフリーキックが直接入ったもので、それを皮切りにチームメイトの本番独特の『硬さ』がとれ、立て続けに追加点を取ることができた。泰樹はとりあえずキャプテンの役目は果たせたのではないかと思い、ほっと胸をなでおろした。
そんな流れの苦しい試合ということもあって、スタンドに誰が来ているかなど泰樹には周りを気にする余裕なんてなかった上に由佳と亜里沙が見に来るということなどすっかり忘れていた。
「そういえば亜里沙と由佳ちゃん、お前が言った通りスタンドに来てたぞ」
そういえば見に来たのだろうか…と泰樹が思っていた矢先、心の声を読んだかにように戸田が言った。
あんな試合展開の中よくチェックしてたなぁと泰樹は感心した。
「スタンド気にする余裕あったら点取ってくれよ」
「いやいや気にするも何もめっちゃ目立ってたぞあの二人。何気に亜里沙もかわいいからなー。あー、こういうところでかっこいい所見せれなくて残念…」
戸田がしょんぼりと肩を落とす。戸田のこういう分かりやすくて裏表がないところがずっと友達としていられるいいところでもあると泰樹は思った。
「まあまあ、次見せればいいじゃん」
「いいよなー活躍したお前はそんなこと言えるから」
「別に俺はそんなところ見せようなんて思ってないからな」
「なんだよ、正直じゃねえなぁ」
戸田がニヤニヤしながら泰樹に近づき、急に肩を組んできた。
「なんだよ暑苦しい」
「泰樹、由佳ちゃんのこと好きだろ」
「…んなわけないだろって」
「本当かぁ?俺はいろいろ知ってるんだぞ…?」
戸田がニヤニヤしながら泰樹に言った。こいつ、何が言いたいんだ…。
「…とりあえず、次の試合16時からだし陸上見に行くんだろ?亜里沙と由佳の出走が確か14時あたりだったはずだから急ぐぞ」
何とか話題を変えようと泰樹が急かすと「ほーいキャプテーン」とのんきに戸田が返事をし、話してばかりで全く終わっていなかった身支度を終わらせると2人は道路一本挟んで向かい側にある陸上競技場へと向かった。
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「うおーっ!やったー!」
由佳は両手を上げて喜んだ。
断られても泰樹のサッカーの試合は見に行きたいと思っていたので来てみたが、予想以上に観客が多かった。ほとんどが選手の父兄だが、中には見たことのない制服姿の学生もちらほら見えた。
「やっときめたよあいつ…」
亜里沙は「はぁー」とわかりやすくため息をついた。
由佳は昨日の帰り道に約束した通り亜里沙と一緒に泰樹の試合を見に来ており、スタンドの端っこにある席に並んで腰を下ろしていた。
「いやー、やっぱりかっこいいなぁ」
由佳が無意識にぼそっとをつぶやくと、亜里沙が逃すものかとすかさず聞き返してきた。
「え、あいつが?」
「いや、えっと、その…」
しまった、ついうっかり…。由佳がどう返事しようか迷っていると、亜里沙がじーっと由佳の顔を見て、再び試合の方に視線を戻した。
「そうなんだよねー。あいつ、もっと地味じゃなきゃモテるのになー。サッカー部キャプテンであんなかっこいいゴール決めるし、素材はあるのにもったいない」
亜里沙がボールをキープしている泰樹を見ながらつぶやいた。
「…亜里沙は泰樹のことかっこいいと思うの?」
「そりゃもちろん。あいつがかっこいいってことは誰よりも知ってるつもりだけど」
由佳が恐る恐る聞くと、亜里沙はニコニコしながらハッキリと答えた。どうしてこうもやもやするんだろう。こころのどこかで沸く『もやもや』を由佳は取り切れないでいた。
「まあ、この調子だと勝つでしょ。私たちもそろそろアップしないといけないから戻ろう」
亜里沙がそう言って立ち上がり、出口に向かおうとする。
私、今これは言わないと後悔する気がする。なぜかわからないけど。
「あのさ、亜里沙」
「ん?どうした?」
由佳は座って試合の方を見たまま亜里沙に話しかけた。出口へ向かいかけていた亜里沙は由佳の方を振り向く。
「今日、絶対負けないから」
「…私も負けるつもり、ないけどね。何を尚更っ」
亜里沙は不敵な笑みを浮かべると、「じゃあ先、戻ってるね」といい先に戻ってしまった。
由佳は何も考えられない頭で試合を少しだけ眺めたあと、亜里沙を追うように陸上競技場の方へ戻った。