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第1話:転生者殺し(5)

 

 ◇◇◇◇◇◇◇◇



 元野盗というだけあって、アモンとロブの逃走は素早いものであったが、エマ及び『転生者殺し』の三人は、異能の身体能力で、二人がマローの宿にたどり着く頃には、その背後まで追いついていた。


 宿の前では、マローが外に出て待っていた―――当然、その表情は落ち着かず、ソワソワと不安をのぞかせている。


 そこにアモンとロブが到着した。だが声は発さない。そして呆然と立ちつくすマローに向かって、肩で息をするアモンが偽証文を開げると、そこでようやく、


「マローさん、やりました」


 と、事の成就を、疲れ果てた笑顔で告げたのだった。


 証文には血判が押されている―――という事は、アモンとロブが襲撃を成功させた事を意味している―――もうミッターが要求する土地の地上げを邪魔する者はいない。これでマローは貴族になれる。


「あ……あ……ありがとう……」


 声を震わせ涙を流しながら、二人の肩を抱いて感謝するマロー―――消えかけた希望が、その手に戻ってきた歓喜で、もはや人の命を奪ったという罪業には、心が追いつかない様子である。


 物陰からそれを見つめる日向たち―――皆それぞれの感情を胸にしまい、ただ成り行きを眺めているしかなかった。


 そして、声を殺しながら歓喜の輪をつくるマローたちのもとに―――突然、ガラーラが現れた。


「が、ガラーラ様……なぜ……!?」


「いやなに……証文は手に入ったか?」


 マローの驚きの声を受け流すと、ガラーラはアモンが手にしている偽証文を渡せと、その手を差し出した。


「フン……それで、全員始末したんだろうな?」


 証文を受け取り血判を確認すると、アモンとロブをにらみつけながら、ガラーラは襲撃の成果を確認した―――その頬骨の張った細身の顔は憎々しく、ガラーラを嫌っているルーは、遠目にそれを見ながら、ベーと舌を出した。


「孫娘を一人……見つけられませんでした……」


 ロブがその隻眼の目を曇らせながら、苦しげに報告する。


「探し出しますか……?」


 緊張した声で、ロブがさらに言葉を重ねたが、


「フン……小娘一人残ったとて、どうとでもできる―――ご苦労だったな」


 というガラーラの答えとともに、その剣が放たれ―――ロブの首が宙に飛んだ。


「――――――!」


 あまりの事態に声さえ出せないマローだったが、


「てめえ!」


 と、すかさずアモンは胸から短剣を取り出して、ガラーラに斬りかかる。


 しかし、ガラーラはその斬撃をヒラリとかわすと、その動作の反動を活かして、振り返りざまの一撃を浴びせると、続けて大上段からアモンを袈裟斬りにした―――ガラーラという男、相当の使い手であった。


「あ……ああ……」


 地に伏しながら、まだ息のあるアモンは、呆然と立ちつくすマローに向かって手を伸ばした―――だが、それがマローに届く前に、「フン」というガラーラの鼻息とともに、その剣がアモンの背中を貫いた。


「―――!」


 声にならぬアモンの断末魔は、何を言いたかったのであろう―――それを告げる事さえ許されず、主へと伸ばされた手は、バタッと音を立てて地に落ちた。


 それによってアモンの、そしてロブの死をようやく自覚したマローは、


「が、ガラーラ様!―――なぜ!?なぜなのです!?」


 と、目の前に起こった惨劇について、顔面蒼白になりながら、震える声で抗議した。


「ああん?―――証拠を消したまでだ」


 血塗られた剣を振り、鞘に収めながらガラーラは平然とそう言った。


「最初から……こうするおつもりだったのですか……?」


 展開がのみこめてきたマローは愕然とした―――追い詰められた自分を救わせるために、アモンとロブをけしかけ、事が成れば始末する―――すべては筋書き通りだったのであろう。


 生来の誠実さから、良心の呵責に苛まれそうになったマローであったが、


「これでお前は貴族だ―――モニカはお前のものだぞ」


 というガラーラの下卑た囁きが、すべてを引き戻した。


「ミッター様は、お前の事を高く買ってらっしゃる……心配するな、我らについてこい。ここも手の者が、後始末をする……お前は宿に戻り、明日はモニカの所に行ってこい。追って、叙爵の日取りを伝える。クックックッ」


 続けて放たれたガラーラの言葉に、マローの心は何かが吹っ切れた―――貴族となり、モニカと結ばれ、その家を継ぐ―――その夢の成就のために払った犠牲を、もはやマローは振り返らなかった。


 陶酔した様な足取りで、宿に入っていったマローを見送ると、潜んでいたガラーラの手下が進み出て、アモンとロブの骸を運んでいき、血に染まった現場を何事もなかったかの様に偽装した―――今頃、パユの屋敷でも同じ事が行われているのであろう。


 ガラーラの一団がその場を去ると、一部始終を無言のまま見届けた日向たちは、そのまま何も言葉を発する事なく、ただ夜の空気に身を沈ませていた。


 各々の感情はあれど、それは表には出さない―――出したところで仕方がないからだ。


 だが、一同の胸に等しく去来したものがあった。それは標的である、神が定めたこの異世界の『ウイルス』―――転生者ミッターの暗殺実行が近付いたという事だ。


「マローさんに気付かれない様に……戻りましょう」


 沈黙を破ったエマの言葉が、どこか悲しげだった事が、日向にはたまらなく虚しく感じられ、その足取りに一層の重さが加わる思いを禁じえなかった。


 そして、アモンとロブが手に入れた土地売却の偽証文を手に、ガラーラは主人であるミッターの居館に帰還した。


 屋敷は厳重な警備網が敷かれ、ミッターもそこから出ようとはせず、このままではまさに打つ手なしという見事な防衛態勢であった。


 その中をガラーラが悠然と進み、ミッターの居室に入ると襲撃の成功を報告した。


「そうか、うまくいったか……」


 王にクーデターを企む、摂政アルバインの片腕である、転生者ミッター―――彼は小太りの体を揺らしながら、ガラーラの報告に満足そうに頷いた。


「これであの土地に出城が築け、アルバイン様もお喜びになる。モニカという女の家に―――婿養子の話を持ちかけて正解だったな」


「はい。マローの奴、慌てて事を急いでくれました―――ミッター様の策が、見事にはまりましたな」


 ミッターの言葉に、ガラーラも追従を送る―――モニカに、にわかに婚姻話が持ち上がり、マローが追い詰められたのも、すべてはミッターの企みであったのだ。


「クックックッ……ガーッハッハッハッ!」


 偽証文を手にした、ミッターの勝ち誇った高笑いが、夜の闇にこだました。



 ◇◇◇◇◇◇◇◇



 数日後―――


 エマ率いる『転生者殺し』たちは、教会のジェンダのもとにいた。


「マローからも、すでに聞いていると思いますが、叙爵式は遂に明日です―――ミッターを仕留める千載一遇の好機です!」


 その細い目をギラリと輝かせて、ジェンダはそう言った。


「はい、聞き及んでいます―――叙爵式に出席するミッターを討ち取るための……何か良い手立てはありますか?」


 エマもそれに鋭い目で応じながら、ミッター暗殺のための策を、情報屋であるジェンダに問い返した。


 出城の用地を手に入れた功績で、マロー念願の貴族叙爵が決まり、その式典は明日へと迫っていた―――推挙したミッターも当然、出席を余儀なくされる―――ここまで姿を隠し続けていた標的を、ようやく捕捉できるチャンスが到来したのであった。


「叙爵式は王宮で行われます。爵位は王が授けるため、当然その周辺の警護は厳重を極めています―――王宮でミッターを殺るのは、まず無理でしょう……だが、策があります―――」


 そう言ってニヤリと笑ったジェンダの端正な顔が、日向にはやけに下品なものに感じられた―――それは、この後のジェンダの発言と相まって、余計に日向の気分を害すのだった。


「ミッターは好色です……式典と祝賀の宴は宵の口には終わりますが……その帰路にどうやら奴は、馴染みの娼館に向かう様です―――」


 娼館―――そこならば確かに警護も薄くなる。日向の内なる嫌悪感など置いておいて、エマはそれに目を輝かせた。


「これまで、暗殺を恐れてこもっていたミッターですが……ついにその色欲を抑えきれなくなったのでしょう―――式典に出席しなければならないというのも、自分に対する言い訳としては好都合だったのでしょうね」


 人間の心の緩み、そして弱さを見透かしたジェンダの言葉が、各々の胸に突き刺さる―――それによって、ミッターは自分たちに殺されようとしているのだから。


「裏は取ってあります―――娼婦も教会には来ますからね」


 そして、その情報源を明らかにする事で、ジェンダはその発言を締めくくった―――情報屋として、まさに完璧な仕事ぶりであった。


「ありがとうございます。では、決行は明日の宵に―――」


 エマがそう言った瞬間―――日向、マリア、ルー、それぞれの目が暗殺者のものとなった。


「ご武運を―――」


 それにジェンダが深々と頭を下げた時、


「あーっ、マリアお姉ちゃんだー!」


 と、弾ける様な幼女の声が聞こえてきた―――それは、マリアと日向によって命を救われた、パユの姿だった。


 マリアにすがりつき、はしゃぎまわるパユ。それに向かってジェンダが、


「マリアさんが、足しげく毎日来て、神への奉仕を説いてくださったおかげで、パユもすっかり神の子となりました。とてもいい子です」


 そう言って、パユの頭をなでながら、その敬虔さを褒め称えた。


 惨劇の夜に『神の意思』でこの教会へ送られたパユ。それから毎日マリアは教会を訪ね、事態にとまどうパユに向かって―――これは神が与えたもうた『導き』であると、よく神に仕えればきっとまた家族に会えると―――慈愛に満ちた言葉で、パユの心を癒していったのであった。


 そのおかげで、パユは明るさを取り戻し、教会の一員として、第二の人生を歩みだした。そして誇らしげにマリアに向かって、


「今日はねー、『こんいんとどけ』っていうのを、渡してあげたんだよー」


 と、自身の仕事の成果を報告するのであった。


「皆さんが、ここに来る前―――マローが来たんですよ」


 ジェンダの言葉に、一同の心がざわついた。


「そう……偉かったわねー」


 だがマリアは平静を装いながら、笑顔でただパユの仕事ぶりを褒めてやった。


「マローとモニカ、結婚できるんだね。良かったねー」


「そうですね。ここに婚姻届を提出すれば、それで二人は晴れて夫婦となります」


 ルーの何を考えているのか、考えていないのかも分からない、無責任な祝福に対して、ジェンダもまた、おそらく気持ちのこもっていない返答をした。


 日向はそんなルーが不愉快だったが、それにも増してジェンダへの不快感がピークに達したのか、


「あなたが婚姻を司っているなんてね……」


 と、平静ながらトゲのある言い回しで、せめてもの嫌味をぶつけてやった。


「それが教会の仕事でもありますので」


 にこやかに、そう言い返すジェンダ―――その白々しさに、ひとにらみくれると、日向はプイと顔をそむけ、一同に先立って教会を出ていった。


 その日向の目に、森の中に連なりそびえ立つ、凱旋門の様な小さなゲート群が映る―――それは王宮に続いており、日向は左手から『蜘蛛の糸』を放つと、巧みにその一つの上に跳ね上がり、彼方にそびえる王宮には目もくれず、何かを求める様な顔で、ただ空を見つめるのだった。


 そしてエマ一行が、マローの宿に戻ると―――


 マローとモニカが、ともにサインを終えた婚姻届を眺めながら、華やいだ表情で談笑していた。


「明日には、私は晴れて貴族に叙爵される。明後日には一緒にこれを教会に出しに行こう」


「はい……」


 己が殺めた者の孫娘から手渡された婚姻届―――そんな事は知る由もないマローはもう感無量といった様子で、それを複雑な思いで見つめる日向たちの存在にも気付かない様子であった。


 モニカと結ばれる―――その『たった一つの願い』を叶えようとしているマローは、そのために積まれた幾多の犠牲など、もうなかった事の様に浮かれまくっていた。


 それに向かって、まずはマリアが感情を押し殺し、


「お二人とも、おめでとうございます」


 と、道義はひとまず置いて、愛し合う二人が結ばれようとしている事実にのみ祝福を送った。


「あっ、これは皆さん……ありがとうございます」


 ようやく一同の存在に気付いたマローが、満面の笑みで返礼の言葉を口にする。


「二人とも良かったねー、おめでとうなんだよー!」


 ルーも、マローとモニカの肩を抱く様に近付きながら、むさ苦しいほどの明るさで、幸せの絶頂にいる二人をはやし立てた。


 続いて、エマも祝福を述べる中―――日向だけは、黙ってそこを通り過ぎて、部屋に戻るべく階段に向かっていった。


「ああ、日向さん。お腹がすいていませんか?間もなく夕食の準備ができますので―――」


 それにマローは明るい声で、日向の大食を気遣う言葉をかけたが、


「美味しくない食事は……いらないわ」


 と、当の日向はそれに顔も向けずに、歩みを止めなかった。


「日向―――!」


 その無礼な態度を、さすがにエマがたしなめたが、


「すみません……アモンとロブが、遠くへ使いに出ているせいで―――日向さんのお気に召すお食事が、ご用意できず申し訳ありません」


 マローはぬけぬけと、アモンとロブの不在を偽りながら、淡々とそう語るのだった。


 それを受けて、日向の足が止まった。そして思う―――


 自分にも『たった一つの願い』がある―――だが、人はその願いのために、ここまでも厚顔無恥になれるものなのだろうか。果たして自分も、その願いの前では同じ様になってしまうのだろうか、と。


 そこにモニカの屋敷の時を告げる鐘が、まるでマローとモニカの未来を祝福する様に、いつもに増して大きな音で響き渡った―――その鐘の音はそれぞれの胸に、喜び、痛み、様々な感情を呼び起こす。


 もうマローも日向から視線を外し、再びモニカと談笑を続けている―――階段を上る日向は、厳しい目をしながら、二人が手にする婚姻届をじっと見つめるのだった。



 ◇◇◇◇◇◇◇◇



 その夜―――宿の部屋で、エマが翌日に迫った暗殺決行について、その段取りの説明を始めた。


「明日は叙爵式です―――その帰路を狙って、標的を仕留めます」


 ジェンダの作戦を確認すると、続いて神からの言葉を『転生者殺し』である日向、マリア、ルーの三人に告げる。


「標的は……この世界の『ウイルス』となった、転生者ミッター、それとその配下の現世人ガラーラ―――」


 悪辣な手段で、この世界に災いをもたらすミッターと、その手先として非道を重ねるガラーラ。予想通りの顔ぶれに、三人はそれを黙って聞いていたが、


「そして……転生者マロー」


 その言葉に、日向とルーは目を光らせたが、マリアだけは激しく動揺を見せ、


「ま、待ってください!なぜ、マローさんを!?」


 と、エマに食ってかからんばかりに、身を乗り出した。


「神のお言葉です―――転生者マローは、ミッターと同じくこの世界の『ウイルス』に……転生者としての失敗作となったと―――すみやかに征伐すべしと」


 エマはその表情こそ冷静なものであったが、けっしてマリアの抗議に譲ることなく、厳粛に神からの命令を伝えるのだった。


「そんな……」


「しょうがないよマリア……マローは、やっちゃったもんね」


 憔悴するマリアに向かって、ルーはマローの罪状を思い、ヘラヘラと笑いながら、その征伐はやむなしと主張する―――夕刻にマローとモニカを手放しで祝福していた態度から一変した、その軽薄な物言いに日向は激しく嫌悪感を抱いたが、


「マローは―――私が殺るわ……」


 と、努めて冷静に、いつもの無表情で、新たに加わった標的への暗殺実行を買って出た。


「じゃあ、ルーはガラーラを殺るー!ミッターは、マリアだねー」


 続いてルーが、自身が嫌っているガラーラの暗殺を志願して、そのまま消去法でマリアの担当を勝手に割り振ってしまった。


「待って、待ってください!」


 まだ状況が受け入れられず、激しく抵抗するマリアであったが、


「マリア……マローも、私も、こいつも、あなたも―――『たった一つの願い』のために、人は鬼になれるのよ」


 そう言って、日向は抗弁を制すると、一息おいてから言葉を重ねる。


「前にも言ったでしょ……私たちが殺す『ウイルス』も地獄行き……それを殺す私たちも、きっと地獄行き……とどのつまりは、みんなまとめて地獄行きだって―――それが……あなたが信じる神の意思なのよ」


 決然とそう言い切った日向の静かなる気迫に、もうマリアは言葉を失い、エマの―――神の決定を受け入れるしかなかった。


「では、明日……ミッター、ガラーラ、マローを征伐します」


 そして、エマの短い言葉ですべては決まり―――重なり合う悲劇に、悲劇でもってその終止符を打つしかない現実が、幕を開けようとしていた。




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