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第1話:転生者殺し(3)

 

 ◇◇◇◇◇◇◇◇



「ミッター……この世界での標的―――『ウイルス』のうちの一人ですね」


 天使、そして三人の暗殺者が森を進む中、マリアがポツリと呟いた。


「そう、この国の王にクーデターを起こそうとしている転生者たち―――その頭目である摂政アルバインの腹心の一人、ミッターが次の標的よ」


 淡々と答えるエマ―――その天使の言葉は、転移者である『転生者殺し』たちにとって絶対の命令であった。


「ミッターとマローが繋がってる事……エマは知っていたのね―――だから、あそこに宿を定めた……納得がいったわ」


 すべての情報を公開している訳ではない、エマの姿勢を非難する様に、無感動ながら鋭い口調で日向がそう言った。


「昨日、仕留めたボランの拠点に近かったのが一番の理由よ……マローさんの事は確証はなかったけれど、教会のジェンダさんが、そう教えてくれたのよ」


 エマの答えは、弁解をする訳でもなく、事実をありのままに伝えるだけのものだった―――天使と人間、指揮者と実行者―――暗殺という、その仕事に対しての引くべき一線というものを、それは暗に示唆していた。


「そう……」


 心配そうなマリアの視線をよそに、日向がまた無感動にそう答えると、一行は森の中程にある荘厳な教会へとたどり着いた。


「失礼します―――」


 そう言いながら、エマが一同の先頭に立ち、教会の中に入っていく。


「おやエマ殿、それに今日は皆さんお揃いですか。これはこれは」


 出迎えたのは、この世界の修道服をまとった、背の高い美しい顔の男。


「ジェンダさん、ありがとうございます。おかげでボランの討伐は、うまくいきました」


 それに向かってエマは、辺りに人がいない事を確認した上で、ジェンダ―――先程、日向に向かって名を出した男に、深々と頭を下げた。


「いえいえ、天使殿にその様な―――どうか頭を上げてください」


 ジェンダはそれに、恐縮した態度で応じる―――エマを天使と呼んだ事は、彼が異世界の関係者である事を意味していた。


「王宮は、シェラルドに続いて、ボランが討たれた事で―――特に摂政アルバインの周辺が大騒ぎになっています。クーデターに欠かせない農業、そして商業政策の片腕の転生者たちが、あなた方に次々と討たれたのですから、無理もないでしょう―――次は工業政策の片腕、ミッターを討つ……そのための情報ですね?」


 エマの来訪の意図を見抜いたジェンダは、これまでの経緯と、これからの展望を勝手にベラベラと語り始めた。


「そうです―――ジェンダさんのお話通り、今朝、マローさんの宿にミッターの配下が来ました」


「やはり、そうきましたか……」


 エマの言葉に満足したジェンダは、一同の後ろで不満気な表情で控える日向を見つけると、ニヤリと笑いながら、


「日向さん、ご不満の様ですね……マローの事は、皆さんにはまだ話さない方が良いと、エマ殿に言ったのは私ですよ―――余計な事は考えずに、まずはボランの討伐だけに専念していただくために……ね」


 と、今度は日向の心を見透かして、そう言うのだった。


「情報屋は何でもお見通しなのね―――さすが転生者、とでも言っておこうかしら」


 相変わらずの無感動さながら、わざわざジェンダを『転生者』と呼ぶあたり、日向の言葉には十分なトゲがあった。


「これは手厳しい……私が、前世がスパイという転生者でなかったとしても、それくらいは分かります―――年は重ねていますからね」


 日向の言葉にも不機嫌になる事なく、ジェンダはその細い目をさらに細くして、温和にそう答えた。それに対して、日向はジェンダを見つめ返すだけで、もう何も答えない。


 気に食わない―――日向は、このジェンダという男が、どこか気に食わないのだ。


 神から暗殺の命を受け、この異世界に転移してきてから、エマたち一行に、ジェンダは様々な情報をもたらしてくれた。その恩恵は計り知れないが―――それでも日向は、ジェンダという男に、どこか言い表せない嫌悪を感じるのであった。


「ミッターは出城を築く……と、聞きましたが?」


 日向の感情は置き去りにして、エマは話を前に進めた。


「その通りです。転生者ミッターは、摂政アルバインの工業においての要ですが、その実、軍事拠点である築城が主な仕事です―――これまでミッターは、悪辣な手段を用いて、城を築く用地を人々から巻き上げてきたのですが……今、彼は手詰まりの案件にぶつかっているのです」


 ジェンダはその涼しげな容姿さながらに、次の標的であるミッターの背景を、まるで役者の様に雄弁に語り始めた。


「平民の土地を巻き上げるのは、権力者である彼には容易な事ですが―――今度の出城の用地は、とある古くからの貴族の土地なのです」


「うん!マローも、それとガラーラって怖そうな奴も、そう言ってたよ!」


 説明の途中で、ルーが無遠慮に口を差し挟む―――それに対してもジェンダは、その細い目をルーに向けながら、うんうんと優しげに頷くと、


「いかにミッターといえども、貴族の土地を強制的に搾取する事はできません―――なので、土地の売買に長けた商人であるマローに、彼の望む貴族の地位を報酬に、地上げを命じたという訳です。ガラーラは、その使いです」


 と、事の核心について一気に説明した。


「その接点が、マローが拠点としている、あの持ち宿という訳ね―――ずいぶんと深入りしたとこまで知ってるのね?」


 日向が自身の感情そのままに、ジェンダに対して、探る様に厳しい質問を投げかける。


「教会というものは、この世界においては何よりの情報源です。そのおかげで王の周辺とも繋がりがあります―――私にあなた方を助けよと、お命じになられた……神のお導きですね」


 ジェンダは指摘にも誠実に答えると、その細い目を閉じて、神という存在を口にした。


 神―――その言葉に、日向は顔をしかめ、マリアはそっと手を組んで祈りを捧げ、ルーは「ルー、あのガラーラって奴、嫌いー!」と別の話題を口にし―――各々、自分たちをこの暗殺の世界へと導いた根源に対しての感情を、その体で表現した。


「しかしシェラルドとボランが討たれた事で、アルバインの周辺は警戒を深めています。次の標的のミッターも、もう余程の事がない限り外には出てこないでしょう―――だからこそ、マローの様な筋も必要になってくるのですよ」


 そう言うと、ジェンダは先程の敬虔な微笑みから、打って変わった不敵な笑みを浮かべた。


「マローさんを……どの様に?」


「マローが貴族になるには、ミッターの推挙が必要です。そしてその叙爵式には、推挙した者も必ず出席しなくてはなりません」


「―――!」


 エマの問いに対する、ジェンダの回答に一同は衝撃を受けた。


「なのでマローには、なんとしても地上げに成功してもらわなくてはなりませんね―――ミッターをおびき出すためにも」


 平然と言葉を重ねるジェンダ―――教会という利を活かした、その情報力もさる事ながら、この男なかなかの策士でもある。


「少し様子を見る、という事ですね?」


 エマは、ジェンダの策に乗り気な様子である。


「そうです―――ちなみに、マローも転生者ですよ」


 もののついでの様にジェンダはそう言うと、


「マローが土地の投機に長けているのは、前世がそれを生業とする人間だったのでしょう。固有スキルは備えていませんが、私の様に『前世の知識』を武器にしています……神の意思による『転生者』、天使との契約でその眷族となった『転移者』―――ともに神の領域に入った者たちは、引かれ合う様です」


 と、自分たちを取り巻く因果について、遠い目をしながら語るのだった―――それに対して、返す言葉が見つからないエマたちに、


「婚姻を司るのも教会です。モニカとの婚姻をあせるマローの筋からも、必ずミッターの情報が入ります。しばしお待ちください」


 ジェンダはそう言って、自身の発言を締めくくった。


 そしてエマが「分かりました」と頷いて、その場を発つべく一同を促そうとすると、


「エマさん、祈りの時間をいただいてよろしいでしょうか?」


 祭壇を背にしたマリアが、エマに伺いを立てた。


「そうだったわね―――ええ、構わないわ」


 微笑みながら、それにエマが応じる。


 そしてマリアは祭壇に向き直ると、両膝をつき頭を下げて、神への祈りを捧げた―――その姿は、天使であるエマから見ても、本物の聖女かと見紛う程の神々しさを放っていた。


「ありがとうございました」


 祈りを終えたマリアが、肘まで伸びた白い手袋に覆われた両手を胸に当てて、ジェンダに礼を述べた。


「以前から気になっていたのですが……マリアさんは、『現世』でも教会の関係者なのですか?」


 マリアの敬虔な態度に感心した様な、ジェンダからの質問に、


「はい。そちらのルーともども、神に仕えております。さあルー、あなたもお祈り―――」


 と、自身の説明をしながら、同胞のルーに同じく祈りを勧めるマリアだったが、


「お祈りはマリアが、ルーの分もやっといてー。ルー、もー飽きちゃったー」


 ルーはそう言うと、こらえ性のない子供の様に、外に飛び出していった。


「も、申し訳ありません」


「いえいえ、子供なら仕方のない事です」


 マリアの謝罪にジェンダは、おおらかに応じたが、


「子供ぉ?―――あいつは十七歳よ」


 と、日向はボソリと嫌味の言葉を、聞えよがしに吐き捨てるのだった。


「では、あなたも祈りを捧げていかれては、いかがですか―――日向さん?」


 そんな日向にも、笑顔で祈りを勧めてきたジェンダに、


「私も祈らない―――でも、あいつとは同い年だけど、私は子供だからじゃないわ!―――私は仏教だから!………分からないわよね」


 力強く持論を展開する日向だったが、異世界の転生者に向かって無駄な事を語ったと悟ると、


「ところで、この教会の近くで空が見える場所はどこ?」


 少しバツの悪そうな顔でムッとしながら、そう問いかけた。



 ◇◇◇◇◇◇◇◇



「ここなのね……」


 ジェンダに教えられた、森の木々の切れ間から、空を見上げる日向。


「ここでマローさんは……雫さんを見たのですね」


「ジェンダさんも言った通り、転生者そして転移者は、同じ神の領域の者として引かれ合う―――転生者であるマローさんが、雫の魂を見たとしても不思議ではないわ」


 ともに空を見上げながら、マリアとエマも言葉を重ねる。


「待っていて……雫―――必ずあなたを取り戻してみせるから」


 万感の思いを込めて、日向が呟いた。


「雫……強かったなー」


 勝手に外に飛び出していったルーも、いつの間にか一同の輪の中に加わっていて、雫という名の女についての記憶を口にした―――日向だけでなく、皆、雫という魂だけになってしまった人間を知っているらしい。


「日向……気持ちは分かるけど―――」


「分かってるわ、まずは標的を―――ミッターを仕留める。それが、あなたとの契約―――『たった一つの願い』との代償……それを見失いはしないわ」


 雫という存在に執着する日向への、エマの懸念に対して、当の日向はキッパリとそう言い切った。


 そのためエマが言葉を失った時、遠くでまた鐘の音が聞こえた―――モニカの屋敷の時計台の鐘である。


 この中世の欧州に似た異世界は、はたから見れば平和そのものであった―――しかし転生者たちが結託したクーデター計画、窮地に立たされた思い人を救わんとするマローの願い、そして雫という存在を求める日向の思いと、その裏には様々な思惑が交錯していた。


 人が懸命に生きる限り―――悲劇がつきまとうのは、どの世界でも同じなのである。


 神々の実験たる『異世界転生』―――それを日向は、心密かに呪うのであった。




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