表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
8/9

Ⅰ 王都陥落

 柔らかいレーシャの唇の感触が忘れらない。ディールは共に行くレーシャの横顔をじっとみつめた。

 ふたりは無言のまま、王都へと馬を走らせた。


 王城アルセドが確認できる距離にくると、レーシャの顔がみるみる青ざめた。

 ところどころから煙があがり、ちりちりと炎がはぜている。

 

 城下町に入ったレーシャの顔は血の気を失っていた。

 街は、異常に静かだった。悲鳴すら聞こえない。

 帝国軍はもう引き上げてしまったようだ。

「約束したのに……」

 レーシャが声を震わせる。ディールは何もいわない。

 民家やありとあらゆる建造物が破壊され、兵や民の屍がそこかしこに転がっていた。

 女や幼子も例外はなかった。

 レーシャは城を見上げた。

「おのれ! オルドス」


 王城は陥落した後であった。ダルティーマの軍勢は撤収していた。

 残されたのはラヴィスニアの民と兵の屍ばかり。

 その惨状はすさまじく、見るに堪えないものであった。

 瓦礫の山と化した王城内をレーシャはひたひたと歩いた。


***


 玉座の間には父や弟の姿はなく、見慣れぬ男が一人、 

「待ちわびたぞ。レーシャ」

 朽ちた玉座に腰をかけていた男が、哄笑する。

 レーシャは怒りで全身を震わせて、進み出た。

「わたくしがアーヴァテイルを手に入れるまで、待つと約束したではありませんか」

「俺は気が短い男ではない。おまえたちが遅すぎた」

 ある程度は待った、と詫びる気もない様子で、オルドスは冷たく言い放った。

「わたくしは約束通りアーヴァテイルを持ち帰りました。なのに、なのに……」

 アーヴァテイルを握りしめたレーシャは、唇を噛んだ。

 下腹が痛む。憎しみの波動が、アーヴァテイルと共鳴しているのだ。

 レーシャは低くうめくように喘いだ。

「弟達も手にかけたというのですか」

「おまえ以外の人間を生かしておく必要などあるまい」

 オルドスは冷たく笑うだけだった。

「信じられぬというならば、亡骸をみるか」

「やめろ外道」

 ディールが吼えたが、オルドスは見向きもしない。

「リシテアを返して!」

 レーシャが剣をふりかざしながら、叫んだ。

「アーヴァテイルを手に入れ、俺にふさわしい女になったか」

「うぬぼれるな」

 レーシャは美しい顔をゆがませた。

「俺のヘカテゲインがおまえを欲している。少し吸わせてみるか、穢れなき乙女の生き血を」


「させるか」

 レーシャの後ろに控えていたディールが飛び出した。できるだけ彼女の想いを尊重して、耐えていたのだが、もはや限界だった。

「邪魔をするな。異国の剣士よ」

 ディールが繰り出した渾身の一撃をオルドスはあっさりと切り返した。

「それがクィヴィニアか」

 オルドスの関心がはじめてレーシャから離れ、ディールをみた。

「だが俺のヘカテゲインの敵ではない」

 弾き飛ばされるディール。

 続けてレーシャが、剣をふりあげた。

「死ね! オルドス!」 

「女の身の上で、ついに魔剣を操るか。その心意気やよし。だが弱い」

 オルドスは軽く身をかわすと、アーヴァテイルを構えたレーシャの腕をつかんだ。

「は、放せ」

「レーシャ!」

 瓦礫の破片で足を切ったディールはすぐに動けずにいた。


 オルドスの魔剣ヘカテゲインがレーシャの二の腕を切り裂いた。

 レーシャが小さく悲鳴をあげた。

 血が流れ出る腕をオルドスは非情にも天高く掴み上げた。

「痛いか」

 オルドスは目を細めて、愛おしそうに、苦痛に耐えるレーシャを見つめた。

「……」

 みるみるその傷が修復していく。かすり傷ひとつ残さず、滑らかな白い肌があらわになる。

「アーヴァテイルの力か」

 皇帝は、冷笑を浮かべた。

「女神の剣のなかで最強の治癒能力を誇るアーヴァテイル。使いこなせれば、無敵となろう」

 オルドスは小さく唸った。

「惜しいな。レーシャ。おまえはすでに魔剣と同化しているにも関わらず、その力を十分に発揮できていないようだ」 

 オルドスはレーシャを放り投げた。床にたたきつけられるまえに、かろうじてディールが受け止める。

「かかってこい。もう少し、遊んでやる」

  

***


 その後、闘いは長く続かなかった。ディールとレーシャが肩で息をし膝をつく一方で、皇帝は汗一つ流さず余裕の笑みを浮かべている。

「我がアーヴァテイルとディールのクィヴィニアをもってしても倒せぬとは、オルドス、なんという男」

 レーシャは崩れ落ちた。

「わたくしの負けです」

「ラヴィスニアは滅んだ。おまえはどうする」

 皇帝は、レーシャに考える間を与えない。

「さて、どうするか」

 オルドスは意地悪く笑みを浮かべた。

「この勢いでバロムアを血祭りにあげるのも悪くないか」

 血の気のないレーシャの顔がさらにこわばった。

 バロムアの宝刀バニアスシュリンガーでも皇帝のヘカテゲインには、太刀打ちできないであろうことをレーシャは察知した。 

「やめて! やめてください。」

「愛する男のために身を捧げるか」

 オルドスは嘲笑する。

「偽った心で俺のそばにいることは許さぬぞ。レーシャ」

 レーシャは手で顔を覆った。

「アーヴァテイル。わたくしから心を奪いなさい。あの方への想いをすべて、放棄します」


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ