Ⅰ 魔竜
ダンジョン攻略、六日目を迎えていた。攻略は思ったより難航している。最大で十八階層までたどり着いた。
階段を上がったところで、ディールが足をとめた。
「まいった。ドラゴンがいる」
「どうして驚くの? ダンジョンにドラゴンはつきものじゃないの」
レーシャはきょとんとしている。
「ここは塔だぞ」
わけのわからないことをディールが口走った。
「混乱しているの? ディール」
「混乱もするさ」
汗をぬぐうディールの横顔をレーシャは余裕ありげにみつめた。
「魔竜ガイナルディア。ふふっ、それっぽい名前ね」
「ガイナルディア――? なぜ、名前を。……おまえ、隠していたな」
「ごめんなさい。でも……」
笑っていたレーシャが緊迫した表情になった。
「ついに、出現したわ」
レーシャはためらう様子もなく、魔竜に歩みよると、その顔を覗きこんだ。
どうやらドラゴンは寝ているようだった。起こさないに越したことはないのだが。
ドラゴンの額に埋め込まれた宝石をレーシャはみつめた。
「これがセイラムクルスの結晶」
「おいっ、レーシャ!」
ディールは、剣を構えながら、裏返った声で、叫んだ。
「大丈夫よ。グーグー寝てるわ」
レーシャはドラゴンの額にあった、宝石を手でつかむと、思いっきり引っ張った。
ポロっと宝石が外れた。
「ほら、簡単。びっくりね」
レーシャは楽しそう笑いながら、手にのせた宝石をディールにみせた。
魔竜はおとなしく、鼻先をひくひくさせている。
「ほらっ、倒さなくても、アイテムゲット! なんでも見ると倒したがるのは剣士さんの悪いくせね」
物足りなさそうな顔をしているディールをみて、
「叩き起こして、挨拶くらいしていく? もう二度と会うこともないだろうから」
「静かに寝させておけ」
ディールは慌てて、手を振った。
「みごとドラゴンを倒して、わたくしの前でいいとこ見せようとか、思わないの?」
「別に思わん」
いいとこなら、もう十分にみせてるだろ、と静かにつけくわえた。
「欲しいものは得た。とっとと先へ進むぞ」
***
魔竜がいた階の二つ上階に、アーヴァテイルが封印されたフロアがあった。
光り輝く階段を見つけたのである。それと同時に、
セイラムクルスの結晶が妖しく輝きを放った。
ディールとレーシャは、迷わず踏み出した。
それはまるで転移魔法と似た感覚だった。
空間が歪んだ。視界が一瞬暗くなったかと思いきや、森の中に放り出されるような感覚があった。
フロアに雑魚モンスターは一匹もいない。静寂に包まれた空間があった。
ちょうど中央に、小さな祭壇があり、白銀の光を放つ剣が空中に浮かんでいた。
「あれが、魔剣アーヴァテイル」
レーシャの表情が明るくなった。
「待て!」
魔剣へと手を伸ばそうとしたレーシャをディールが強く引き止めた。
「魔剣のことは俺に任せてくれないか」
「どうして? いやよ。あれはわたくしのものだわ」
レーシャは妖しく目を輝かせている。この目をディールは知っている。リシテアが魔剣クィヴィニアを見るときの目と一緒だ。
「訊け、レーシャ! 魔剣は女には扱えないもの。おまえだってそれは知っているはずだ」
「いいえ。ディール。必ず、使いこなしてみせる」
魔剣の呪いなど承知の上、とレーシャの決意は変わらない。
魔剣クィヴィニアが共鳴するかのように震えている。
「さぁ、ディール。魔剣クィヴィニアで、アーヴァテイルを呼び覚まして頂戴」
ディールは己の魔剣を制御するだけで精一杯になる。胸の痛みに耐えながら、ディールはアーヴァテイルが放つ光の中に入っていくレーシャをみた。