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サアディアの剣とイルヒドの杖3 ~ラヴィスニアの王女  作者: 山辺沙紀
第二章 ダンジョン攻略 ~ラヴィスニア篇
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Ⅰ アズラニアの塔

「二日酔いとかしてないですか?」リシテアが不安げな顔でみあげてくる。

「……水で薄めたからな」

 いい加減な返答であるが、本当に酒は残っていないと、ディールには根拠のない自信があった。


 翌朝、アリアラーガの街を出発した二人の足取りは思った以上に軽かった。これから数日はダンジョン漬けの日々になる。今から重い足取りでは困るのだが、リシテアの不安は杞憂だったようである。

 ディールはじぶんでも恐ろしいくらい心が晴れやかだった。

 二日酔いの状態で、苦手なダンジョンに挑むのである、ふつう、腰が引けちゃうところである。

 しかしディールの調子の良さは「気のせい」でも、「開き直り」でもなかった。

 こうやって誰かとパーティを組んで旅するのは久しぶりだった。たとえ相手が子供でも、仲間には違いない。正確には金で雇われた関係ではあるが、なるべく対等な関係でいようと言い出したのはリシテアのほうだった。

 このまとわりつくような濃霧さえなければ、塔の全貌を眺めることも可能だったはずだが、このあたりの濃霧は有名で、時間帯に限らず、常に重たい空気が漂っている。


 アリアラーガの街からアズラニアの塔までは子供の足でも一時間くらいで着く距離だった。ダンジョン攻略のために栄えた街の割には微妙な距離である。

もう少し近ければいいのだが、リュ・デラ攻略の冒険者もいるので、街はちょうど中間に作られた。 

 ゆえにというわけではないが、ダンジョンにつくまでリシテアとの交流を深める時間ができた。昨晩は互いにすぐ寝てしまったので、ダンジョンの話しかしていない。

 なにげなく、リシテアに年齢をきいてみた。女以外にはずけずけ聞いていい質問だと心得ている。

 十一歳と答えられ、ディールはうなずく。ほぼ見たままの年齢だった。

 あのわざとらしい魔法使いの姿はやめて、地味な色のローブをまとっている。魔法使いの老婆が着ていそうなローブの色が逆に味があって、本物感がある。思わずディールは、苦笑いする。

 リシテアは、なるほど見た目は年相応であったが、話し方やしぐさはかなり大人びてみえた。

 嫌味に感じない優雅な立ち振る舞いは、一朝一夕で身につくものではないし、少し背伸びしただけで、できることとも思えなかった。

 気になるのはその出自であるが、どこまで詮索していいものか、ディールは悩んでいた。

 金貨三百枚など、たとえ貴族でも容易に動かせる額ではない。まずたかが傭兵にそこまで払わない。だが、深く追求しないのが、ディールの甘いところだった。それでいつも、結構痛い目を見てきたのだが、これは性分らしい。ちっともこりていない。

 リシテアは王都からずっと一人で旅してきたという。それをきいて、道中、よく無事であったと、しみじみと思う。

 まず、幼いし、それなりに美しい顔立ちをしている。魔物ではなく、まず人間が見逃すはずがない。

 特に戦時下のこの、治安が低下した時期に、である。 

 その聡明さは疑う必要はないだろう。知力だけで、生き延びられるものなのかどうかわからないが、この子はきっと知力だけでここまでたどり着いた。

 その知識量は、昨晩のうちに証明されている。たったひとりであれだけ詳細に、よくアズラニアの塔を調べ上げたものである。これは賞嘆に値する。

 どういう育ち方をしたら、十一歳でこの領域に至れるのか、ディールは腕を組んで、じぶんが子供の頃はどうだったかと、思い返す。

 リシテアを観察しながら、ディールは、眉を動かした。

 ずっと気にはなっていたのだが、リシテアは、見慣れない銀の剣を背負っている。昨日はたしか魔法使いだからといって、古めかしい木の杖を持っていたはずだが。

 ディールはどう突っ込もうか考えをめぐらせた。やがて、

「おまえの背丈ではその剣は大きすぎるだろう」

 それほど大振りの剣ではないが、十一歳の子供には見るからに大きく、不釣り合いだ。とてもまともに扱える代物ではない。

「俺がもってやろう」と手を差し出すと、予想以上にリシテアは反発した。

「丸腰になるのは嫌だ。この剣は盾にもなるし、それなりに意味がある」

 リシテアは頑なに拒否し続けた。 

 ディールは外套の内側から小ぶりの短剣を取り出すと、リシテアに渡した。

 まるで身の丈にあう装備をしろと言っているようで嫌味だったか――と、渡した瞬間、かなり後悔したが、リシテアは嫌な顔一つしないで、受け取った。

「綺麗な短剣」

 リシテアはうっとりと短剣を眺めている。

 それが余計にディールの後悔を誘った。それは親の形見でな、と言いかけて言葉を飲み込んだ。軽いつもりで渡したものが重くなってしまうのもよくない。

「俺が盾になってやる」とか「守ってやるから」と気の利いた台詞の一つでも言えたらよかったのだが。

 結局、銀の剣に関しては、あやふやなままになってしまった。


 そうこうしているうちにアズラニアの塔へとたどり着いた。

 見上げると塔の頂上は雲を突き抜けていて、みえない。

 重たそうな鉄の扉は鍵こそかかっていなかったが、塔の堅牢さをうかがわせる重厚な造りだった。

 一人で開けるには骨が折れる扉だ。それだけに、このダンジョンは少人数で攻略するものではないと、いわれているようだった。

 しかし、リシテアはディールの他に仲間を募ることはしなかった。

 魔剣がらみのことであるし、後に魔剣を前にして、欲が出てくる人間も少なからずいるだろう。抗争に発展するリスクを避けるためにも、攻略が可能ならば、できるだけ人数は少ない方がいいと踏んだようだ。過去に報酬やわけまえで、もめ事になるだけでなく、命まで奪いあう人間を何人も見てきただけに、リシテアの懸念はわからないでもなかった。

 その分、ディールに負担はかかるわけだが、そんなことを苦にするような男ではない。

 別に金貨の独り占めを目論んだわけではない。たしかに少年と二人きりというのも、気が引けるが、それ以上に集団行動のほうが苦手である。

 しかし、リシテアはどうして魔剣を欲しているのか。戦時下の王都から逃げ延びてきたことといい、気にならないといえば、嘘になる。だが、どんな事情があるのかと、深く勘繰る必要はないとディールは判断した。

 なんせ、あれだけの冒険者がうろついているアリアラーガの街である。

 この時期に魔剣を欲したとて、その物欲を責めたりはできなかった。

 念のため、なぜ俺を選んだと訊いたら、

「裏切らないと思ったから」

 小声でリシテアはつぶやいた。聞き直すと、

「ディールはすでに魔剣所持者だから」とリシテアは澄んだ瞳を輝かせた。

 魔剣の所有者。それだけでこの大陸では羨望の対象になる。実際、並の人間では使いこなせる代物ではないと断言できた。

 それにいいことばかりでもない。魔剣装備には重い代償が伴うのだ。

 一人が装備できる魔剣は一つに限られる。心臓に一つ、というわけだ。もちろん所持するだけならば、複数持つことも可能だ。

 だが、魔剣の重さを知った人間は、それが限りなく不可能であることを知っている。

 リシテアはまだ、魔剣の重さを知らないだろうが、信頼できる人間の基準をとりあえず魔剣所持者に絞ったのは、今回に限っては、正解だったのかもしれない。 

 それなりに信頼されているならば、それでよい。深く追求すれば、せっかくできはじめた信頼関係が逆に壊れかねない。

「ついにダンジョンか――」

 アズラニアの塔の扉をあけると、冷気を含んだ湿気た空気が中から吹き付けてきた。

 隣にいるリシテアの存在を確認すると、ディールは一歩前に踏み出した。そのとき、 

「ディール、お願い、手をつないで」

 急に子供っぽく駄々をこねられてディールは戸惑った。

「甘えるな」と突き放すのが男らしいかとも思ったが、こういう単純なお願いごとというものを、最近されたことがなかったので、嫌な気はしなかった。

「絶対に離さないでね」 

 ディールは、小さなリシテアの手を握って、奥へ進む。

 

 妙な光に包まれるのが、自覚できた。思わず目を細めるほどのまばゆさであった。

(何かがおかしい――)

 その変貌はリシテアに起きていた。すぐにディールにはわかった。

 なにかまがまがしいものに化けるのか。その化けの皮が剥がれる瞬間をディールは目撃することとなった。

 

 握っていた少年の手がすこし大きくなって、さきほどより冷えた手の感触が心地よかった。

 輪郭も変わっている。ディールの腰ほどの高さだったリシテアの背丈がディールの肩ほどの高さに伸びた。

 リシテアの姿は消え、にっこりと笑うひとりの少女が、そこにはいた。

 年の頃は、おそらく十七、八であろう。美しい娘だった。どことなくリシテアの面影があると感じたのが、最初の印象だった。

 ディールは、思わず目をそらそうとした。

 それでも、男の本能というものを否定できない。

 存分にそそられる女だった。

「どういうことだリシテア」

 ディールは額に脂汗を浮かせて、ようやく言葉を吐き出した。

「……」

 少女は答えない。ディールは困惑を隠せないまま、頭を掻いた。

「――レーシャ姫」

「はい」

 少女はたおやかな笑みをくずさない。ディールは軽いめまいを覚えた。

 この娘の美貌に目がくらんだのか、それとも、消えたリシテアの身をあんじているとでもいえばいいのか。

 ラヴィスニアの末の王子の名がリシテアだった。

 ディールは歯ぎしりをした。

(どうせバレる事実を隠しやがって。それとも、この瞬間まで察することができなかった、俺がバカだったのか?)

 突然現れたこの少女の正体は、もはや、追及するまでもなかった。

(これがラヴィスニアの王女レーシャか)

 噂にたがわぬ美女。いや美少女か。

 ディールは一瞬で心を奪われた。

 それまでディールは身を亡ぼすほどの恋や、一目ぼれというものをしたことがなかった。

 そもそも女というものに夢中になったことがなかったが、だからといって不自由したこともない。

 それなりに遊んできたものだ。

 だからたとえ相手がある程度の美女だったとしても、免疫はあるつもりだった。

 だが、レーシャはある程度の美女ではなかった。極上の、たぐいまれなる美貌の持ち主だった。

 ディールは手汗を気にするほどに狼狽した。

 澄んだ瞳がディールをじっと見据える。リシテアと同じ輝きに言葉を失う。

 レーシャはディールの手を離してくれない。

 このまま手の甲などに口づけでもできたらいいのだろうが、ディールはそんなガラじゃない。

(たった一瞬で、俺ともあろうものが、こんな少女に心を奪われることなどあるはずがない。あってはならぬことだ!)

 ディールは焦る。そういえば、相手は魔法使いだ。魔性の類だ。

 まさか魅惑の魔法でもかけられたかと思ったが、魔法の効果が打ち消されるダンジョンの中だ。だからこそ、この少女が眼前にいるのだ。

 そういうことだろう。ようやくディールは混乱していた頭を徐々に整理することができた。それでもまだ動揺を隠せない。

「いったん出るぞ」

 ディールは少女の肩をつかむと、一度ダンジョンを出ることを提案した。少女はおとなしく従った。


 塔を出ると少女はリシテアの姿に戻った。

「……」

 ディールは頭を掻きむしった。もう一度、塔に入ると、隣にはレーシャがいる。

(よもや幻惑か。この俺を謀ろうというのか)

 ディールは、こうなったら、もう絶対に手は離さないぞ、と強くリシテアの手を握った。

 ひょっとして、自分も子供になったり、女になったりしているのか? と確認してみたりもした。

 悪ふざけが過ぎたか、三回出入りを繰り返すとさすがにレーシャが怒ってきた。

「遊ばないでください」

「いや、すまん」

 ディールは咳払いをした。

「冗談でやってることではなさそうだな? レーシャ姫」

 深刻な表情で訊ねると、凛とした声が返ってきた。

「さすがはディール。もちろん、おふざけでやっていることではありません」

 それにしてもいい女だな、とディールは自分の心の声に素直に従った。

 ラヴィスニアの王女の美貌は噂に聞いていたが、尾ひれ背びれつくのが噂というもの。あまり気にしたことがなったが、噂というのはいかがわしいが、役に立つ、という結論に達した。  

 レーシャを値踏みするような卑しい目線になっていることに気づき、ディールは頭を振った。

 こんなこと慣れっこなのか、レーシャは気にしていないようだった。

 女の品定めなど、これまであまりした経験がなかった。

 もし自分がいい男ならば、いい女のほうから近づいてくる、……という若い頃に誰かから聞いた言葉をいつの間にか信じ、色々考えなおすのも面倒なので、それに従ってきた。つまり自分から女をあさった経験がないのだ。寄ってくる女がいて、好みなら抱いた。それだけだった。

「ディール?」

 レーシャが怪訝そうな顔をしている。そういえば、外見のことばかりにとらわれて、ずっと彼女を値踏みしているようなものだ。すでにバレバレであろうが、これ以上続けるのは、さすがに失礼だろう。

 ディールは慌てて思考を戻した。

 レーシャへの耐性がまだできていないので、ディールはダンジョンの外に出て、リシテアと話した。

「それは、……呪いなのか」と尋ねると、自分でやったことだとリシテアは語った。

 

 ラヴィスニアの王都の陥落は近い。命を惜しんで、少年に化け、亡命を計ったとしても不思議ではない。だが、それならば、本物のリシテアも一緒にいるはずだ。

「逃げてきたわけではありません。できるかぎり早くアーヴァテイルを入手し、王都へ戻らなければなりません」

 ディールが抱いた疑念を解きほぐすようにリシテアは言葉を続けた。

「ダルティーマと密約したのです。魔剣アーヴァテイル手に入れる代わりに、このラヴィスニアから撤退することを」

 リシテアは目を瞑り、長いまつげを震わせた。 

 弟リシテア王子の姿を借り、王都を脱出したのには、生き延びるという理由とは違う、ひとつの覚悟が秘められていた。


 ディールとリシテアは再び、ダンジョンの扉をくぐった。魔法がかき消される。レーシャの変身は塔の中では通用しないということか。

 先に進むことを決意した二人はダンジョンの扉を閉めた。

「父も皇帝もわたくしを見逃しません。でもリシテアならば脱出が可能だった。それだけのことです」

 ディールは眉をひそめた。レーシャを溺愛しているラヴィスニア王が、なかなか娘を手放さないという噂は本当だったのか。

 十七歳となれば、嫁いでいてもおかしくない年齢だ。

「わたくしの代わりにダンジョンに挑み、魔剣を献上できる猛者も騎士もラヴィスニアの宮廷内には存在しなかったのです」

「それで自分で取りに来たわけか」

 ディールは天を仰ぐ。

 非力な王女に何ができる。

 それでも彼女はここ、アズラニアの塔までやってきた。

「おまえのような小娘が魔剣を手に入れるのは無理だ」

 残酷なようだが、ディールは厳しい口調で言い放った。

(俺の力だけで、授けてやれるものでもない。それに、このままダンジョンも王都も放棄して、逃げろ!)

 と言いたかった。しかし、どうしてもそれを口に出すことはできなかった。

 そんなディールにレーシャは云う。 

「あなたは信じないかもしれませんが、わたくし結構強いんですのよ。剣でならば負けません」

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