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サアディアの剣とイルヒドの杖3 ~ラヴィスニアの王女  作者: 山辺沙紀
第一章 黄昏の邂逅
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Ⅲ 魔法使いリシテア

 酒場は盛況を見せていた。すでに泥酔している者、これから酔う者、様々だったが、傭兵と少年という奇妙な取り合わせのふたりに視線をそそぐものはほとんどいなかった。

 それがアリアラーガの良い点でもあった。ディールと少年も喧騒を気にすることもなく、ふたりで話し込んでいた。

「すでにご存知とは思いますが、アズラニアの塔は、塔全体が魔法を無力化する結界で囲まれています。魔法が有効になるフロアもまれに出現するようですが、全体の一割で、しかも不規則に発生するので、アテにはできません。ですから、わたしの魔法はほとんど使い物にならないでしょう」

「それで俺に依頼してきた、というわけか」

「はい」

 リシテアは三杯目のジュースを飲み干すと、声を低く落とした。

「足手まといになるぶん、報酬ははずみます」と言われ、ディールは反応に困った。

 いよいよ金の話か。少年のほうから切り出されて、喜ぶべきなのか、むっとする場面なのか悩んだ。

 ディールは無精ひげが目立つ顎をなでた。

 金額交渉の前に、やはり依頼内容だ。

「ダンジョン攻略か」

 さて、いくらくらいもらうのが妥当であろうか。

 ディールは、首をもたげた。この場合の相場がわからない。

 この少年を守りながら、ダンジョンを攻略し、発現率の低い魔剣を手に入れる。単純な仕事でもなかった。一人で行ってとってきたほうが、よほど手っ取り早そうだ。

 だがトラップが多いというダンジョンをディールだけで攻略するのは、それもまた無謀な話であった。

 知能戦といった類はあまり得意ではない。ましてや、ダンジョンの『なぞなぞ』など、ちまちま解いている性分でもない。

 ここアリアラーガの街との付き合いは長いが、立ち寄るのはもっぱら遺跡リュ・デラで、もう一つのダンジョン『アズラニアの塔』はディールは未踏の地であった。

 魔法を封じられても困ることはないディールだが、長年の相棒、魔剣クィヴィニアがただの鉄の塊になってしまうのに抵抗があった。むろん平凡な鉄の剣で戦ってもディールならば、十分ダンジョンを攻略できる強さがある。しかし、魔剣所持者にとって、アズラニアの塔は、心臓に杭を打たれるようなもの。一歩進むだけで、体力が削られる。

 それもまた心臓を触媒として魔剣と契約した者の、宿命といえよう。

 それに、魔法が使えないということは、つまり転移魔法が使えない。脱出に手間取るし、魔法アイテムも無効化される。

 魔法使いでなくとも、足が遠のく理由はいくらでもあった。

 それでも人気のダンジョンというのだから、世の中には物好きが多いことよ。

 それに、昔の話にはなるが、サイザール城の地下で、立体系のダンジョンはもううんざりというほど味わいつくした。

 消える階段や動く壁、抜ける床、落ちる天井、歌わないと開かない扉などで、相当苦労した覚えがある。ところが、数年前にアリアラーガに出没していた何人かのダンジョンマニアと話す機会があったが、サイザールなど序の口、ダンジョンの類に入らぬよと鼻で笑われたことを思い出し、よけに腹が立つ。

 

 そのサイザールよりも難易度が高いダンジョンなど、まっぴらごめんであった。また歌わされたらどうする。

 結論からいうと、ディールはダンジョンが苦手なのである。謎解き付きとなると、さらに抵抗感が上乗せされ、もはや拒絶に近い。

 リュ・デラのように平地で、ただひたすら魔物を切り伏せるような場所ならば、喜んで行くのだが。

 あまり意識してこなかったことであるが、今になって振り返ると、ラキエルの迷宮やアズラニアの塔に関わる依頼はことごとく断ってきた。

 ディールのなかで、ようやく得た「お仕事」に対する意欲がみるみるうちに低下した。

 まだ依頼を請けたわけじゃない。ディールは重要なことを思い出していた。

 今のディールには、王都アルセドにはせ参じるという「予定」があった。魔剣ならもう持っている。さすがにこんな代物、二つもいらない。なにより、国が滅びようとしているときにダンジョンを攻略している場合か。選択に迷うところでもないはずだ。

 王都かダンジョンか。戦争か宝探しか。ディールは迷った。

 王都へ行かずイリュリースに戻れば、傭兵としての評価はいちだんとまた大きく下がるに違いない。

だが、ダンジョン攻略をすれば、地に落ちかけた評価は少し回復するかもしれない。

 さて、どちらを選ぶべきであるのか、これほど悩む選択を迫られたのは久しぶりであった。

 子供の依頼という点が、ディールの判断力を弱らせた。

 戦争そっちのけで子供のお守りをしていたと、陰口を叩かれそうだが、それをいったらダンジョンに現を抜かしているこの街の大半の人間が同罪であるさ、とディールは楽観的に考えた。

 高めの金額を要求して、もし少年が合意したら、アズラニアの塔へ行こうとディールは密かに決めた。

 まるでコイントスのように、運命を金に託す。ディールは指を三本立てて、

「金貨三十枚」といった。

 自分のことはほとんど自分で決めてきたディールが初めて、運命の選択を他人にゆだねた。ディールの指を見るや否や、少年は声を張り上げた。  

「あなたほどの剣士が、そんな額でいいのですか? それともわたしをバカにしているのですか」

 少年は口を尖らせた。しかし、相場より高めの額を提示したはずなのだが?

 失敗した、と思った。どんな魔物を相手にしてもひるまないディールが、狼狽えた。

 そもそも交渉事には向いていないのだ。

「金貨三百枚です」

「さ、三百枚!?」

 ディールは飛び上がり、逆にいぶかしんだ。この少年、まさか、ディール相手に報酬を踏み倒す気じゃあるまいか。

 報酬は全額前払いである。ディールは釘を刺した。

 少年が、金貨がぎっしり詰まった袋を差し出してきた。

「とりあえず、三百枚。前金です」少年は、成功した暁には、この額の倍を支払うと約束した。

「なんで、こんな大金、持っている」

 ディールは目を剥いた。数枚確認したが、偽金ではなさそうだ。

「重くてかなわん。こんなにもらっても処理に困る」ディールは突き返した。

「返されても困ります」と少年も譲らない。

「これはわたしの命の値段でもあり、魔剣の価値の尺度となりえる額でもあります。値段がつけられることでもありませんが、安いくらいです」

 少年は、契約書をテーブルに広げ、署名すると、ディールにもサインするように促した。

 手書きではあるが、契約書まで作成し、ディールに好条件を提示してきた。

 商談のごとき、やり取りの後、ふたりの契約は成立した。

「リシテア――か」

 ディールはこのときはじめて少年の名を知った。  


***


 水しか飲まなくなったディールはいよいよ酒場から追い出されてしまった。店主が気を利かせたことをディールは勘付けない。

 リシテアももう少し静かな場所で話したいということになり、この先のことを考えて、宿へ向かうこととなった。

 まずは、この街を拠点にして攻略していくことになるのは間違いない。

「街と塔を何回か往復することになるでしょう。塔を脱出する魔法、転移魔法は使えません」

 ディールは泊まっていた宿を引き払い、リシテアと同じ宿に居を遷した。ディールにはほとんど手荷物と呼べるものがなかったが、リシテアの借りている部屋は、すでに本の山ができていた。

「あと半月はこのままで大丈夫です」

 宿代はディールの分も含めて、全額支払い済みだという。

 ベッドの上に、散らばったメモ書きを拾いながら、リシテアは、もう一つのベッドにディールを促した。

 ディールは魔剣クィヴィニアを壁に立てかけて、椅子に腰かけた。金貨三百枚の処理に困ったが、ベッドの下の床板を少しはがして、その下に隠した。

 もしダンジョンで力尽きたら、この金貨はこの宿屋が解体するまで眠り続けるか、何人目かのラッキーな冒険者に発見されることだろう。

 清掃が行き届いている宿屋だったら主が拾うこともあるかもしれない。


 この依頼は、護衛ではなく、あくまで魔剣の奪取が目的だ、とリシテアは念をおしてから、ダンジョンの説明をはじめた。

 アズラニアの塔は、魔法が封じられる。これが最大の特徴だった。東にあるラキエルの迷宮に比べれば、アズラニアの塔は、フロアが狭いダンジョンだが、トラップの数は群を抜いて多いという。

 徘徊する魔物の数は少ないが、強敵ぞろいであること。低階層に出没する魔物のレベルはラキエルの迷宮の三階層に出てくる魔物とほぼ同レベル。

 魔法での攻撃ができないので、魔物に関しては、ほとんどディールの剣が頼りになってしまうこと。

「上層になればなるほど魔物は手強くなります。それ以上に注意しなければならないのが、トラップです。仕掛けられたトラップの難易度は不規則であり、単純な子供だましのレベルから、即死レベルの難易度まで、その総数は五十を超えるといわれています」

 魔物の強さと仕掛けの数から、ラキエルの迷宮に次ぐ難易度の高いダンジョンとして知られている。

「せめて何階建てかくらいはわからないのか」

「うーん、目標はたぶん二十五階くらいでしょうか」曖昧な言い方をリシテアはした。

 ディールが苦い顔をしたのを見逃さなかったリシテアは云い加えた。

「たぶんダンジョンとしては中規模くらいです。それに我々は最上階を目指すわけではないですし」

「どういうことだ?」

「今回の目的は、ダンジョンの全攻略ではなくて、アーヴァテイルの奪取。これさえ果たせば、さっさと撤収です」

 まさかと、ディールは首をひねった。

「アーヴァテイルほどの魔剣が最上階にないのか」

「はい。入りなおすたびに宝箱はリセットされますから、断言は控えますが、二十一階くらいで発現するはず」

 ディールは腕を組んで低く唸った。

「底知れぬな、ダンジョンは……」


 完全攻略でないのは、救いだが、目安というものがわからないのは不安が残った。しかも「かじりかけ」のような攻略の仕方は、やはりすっきりしない。

 それにしても、リシテアはアズラニアの塔のことを実によく調べていた。

 事前にこれだけの情報が集められるとは大したものだ。その信ぴょう性を疑うのは、今は野暮なことよ、だ。

 ダンジョンに関して書かれたメモが束となり、すでに分厚い冊子になっていた。

 契約書を見た時も思ったことだが、実に美しい文字を書く子だ。子供の字とは思えない。洗練された大人の女が書くような字だ。教養もあり、特に魔法に関する知識量は舌を巻くほどであった。

 リシテアはページをめくった。 

「一度ダンジョンを出ても構造は変わりませんが、ダウンフロアシャッフルがあります」

「ダウンフロアシャッフル?」

「たとえば六階から七階へあがり、七階から六階へ戻ろうとするとき、六階のフロアの構造が変わっていることがあるのです。つまり――」

 リシテアは一呼吸おいてから、話を続けた。

「前に進むことより、脱出すことのほうが困難になっているのです」

「なるほど、引き際を見極めるのがむずかしいというわけか」

 ディールは肩をすくめた。

「どの階にいるかわからなくなるのを防止するためにも、記録は大切です」

 リシテアは、冊子をポンッと叩いた。

「今説明できるのはこれくらいですかね」

 リシテアはばらけた冊子をまとめなおして、

「塔に入ってから説明したいことがあります」

 まだあるのか。ディールは少しだけげんなりした。

「今じゃだめなのか」

「今説明しても、あなたは納得しないでしょう」

 どういう意味だ? いやにもったいぶった言い方をする、ディールは不審に思ったが、あえて追及しない。

 すでに長々と話し込んでいた。

 一度にまとめて説明されても、なかなか頭には入ってこないものである。一気に情報を吸い込んだ脳みそが限界に近かった。これ以上は説明されてもたぶん頭に入らない。

 最後にリシテアは付け加えた。この依頼には時間制限があると。

「一週間、できれば五日くらいで攻略したいのです」

 リシテアの顔は真剣だった。何週間もかけてゆっくり攻略するイメージがあっただけに、せめて半月くらいはかけたいところだが、どうやらそれは許されそうにない。

 口をつぐんだディールに対し、リシテアは明るい声でいう。

「急ぐ旅ではありますが、無理はしないで、限界を感じたら街へ戻りましょう。疲れたら半日くらい休みましょう。死んでしまったら元も子もないのですから」

 すっかり夜も更けていた。


 かくしてディールは王都行きを保留にして、ダンジョンへと向かうこととなった。

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