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サアディアの剣とイルヒドの杖3 ~ラヴィスニアの王女  作者: 山辺沙紀
第一章 黄昏の邂逅
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Ⅰ 傭兵ディール

 ディールは計算高い男でも金に汚い男でもなかったが、性格は多少ひねくれているところがあったかもしれない。そうでなければ、陥落間近の王都に向かうなど、とうてい理解できることではなかった。


 後にディールがこの日のことを振り返る機会があるならば、滅亡間近のラヴィスニアなど見捨てて、まっすぐにダルティーマに向かうべきだったと公言できる。人並みに命を惜しんで、手堅く北を目指せばよかったのだ。この時ディールは二十三歳。死に急ぐにはまだ若い。格好つけて、負ける側について、華々しく命を散らせてもよいなどという考えを抱いたことは愚かの極みであった。


 ダルティーマとの国境にほど近いダァユの砦が陥落した時点で、ラヴィスニアの敗北は決まった。

 そう、近いうちにラヴィスニアは滅亡するのだ。予言などではない。農耕でひっそりと暮らす小国が、帝国に敵うはずもなく、これは戦争などではなく、一方的な侵略であった。

 ディールがどちらにつこうとも、たとえ傍観を決め込んだとしても、もはやダルティーマの勝利は揺るがない。

 ラヴィスニアに加勢すれば、歴史に名を残すこともなく、ただ消えていく命の一つになるに過ぎない。

 要するにラヴィスニア側につくということは、自殺行為だった。

 ディールが王都アルセドを目指す大義は何一つない。ラヴィスニアに対し、何か恩義があるわけでもなく、しかも、戦として完全に出遅れた。今さら、廃墟と化したダァユの砦に遅ればせながら、参上。というわけにはいかぬのだ。

 王都では虐殺も起ころう。ダルティーマは、勝利に溺れ、血の盃をあおることになるであろう。

いまさら子供じみたきれいごとをいうつもりはないが、狂乱に満ちた兵士どもに紛れ、掠奪に加担する気にもなれなかった。


***


 ラヴィスニアの王都アルセドの西にアリアラーガという街がある。ディールはとりあえずアリアラーガを目指すことにした。

 アリアラーガの街の近くには遺跡リュ・デラとアズラニアの塔というダンジョンがある。


 イリュリースの国境を越え、ラヴィスニアに入ったディールは、頬にはりついてくる冷気を手で払った。やはり、温暖なリンディスやイリュリースとは空気が違う。しかし、どこかなつかしさを覚える空気だった。

 ラヴィスニアの南側の街道沿いに位置する遺跡リュ・デラを横目にディールは馬を走らせた。

 リュ・デラ遺跡は、腕試しにちょうどいい魔物が生息しており、小銭稼ぎになる。遠目ではあるが、今日も冒険者の姿をちらほらみてとれた。

 路銀の足しというよりは肩慣らしとしてディールも昔は、よくここいらで時間をつぶしたものだった。

 アリアラーガは、ここから目と鼻の先だ。

 ほぼ同じ距離にして、ここからさらに東南には、アズラニアの塔がそびえたっている。

 アリアラーガの街はリュ・デラとアズラニアのちょうど中間に位置するのだ。


 アリアラーガに到着したディールは、なじみの宿の裏手に馬をつないだ。

 ここで一泊して、今後の身の振り方をもう一度、練り直すつもりだった。

 戦時下であるというのに、アリアラーガの街は遺跡での経験値稼ぎやダンジョン攻略を目的とした冒険者であふれかえっていた。

(北の国境や街道沿いは屍が行列を作っているであろうに、いい気なものだな)

 ディールは失笑した。これまでまじめに、ラヴィスニアの行く末を案じていたことが馬鹿らしく思えた。

 このまま自分も素知らぬ顔をして、リュ・デラ辺りで適度に身体をほぐしたら、イリュリースに戻るのも手かもしれぬな、とディールは思った。

 仮にそうするにしても、さしたる目的もないので、とりあえずディールは街で一番活気のある酒場に入った。

 イリュリースの飯はまずいという迷信からようやく逃れて、久しぶりのラヴィスニア料理だった。

 香草で焼いた鶏の丸焼きと豆のスープと塩のパンだ。なつかしいだけでなく美味だったので、香草ポテトと白身魚のフライ(香草風)も追加した。この店のメニューにはやたら香草が目立つ。

 何かに憑りつかれたかのようにがっついて飯を平らげた後、ようやく酒を楽しみ始めたところで、ディールはこれから先のことを考えた。


***


 ディールは傭兵だ。物心ついた頃にはもう傭兵をやっていた、と人には語るようにしている。いまはイリュリースを拠点にしている。ディールのことを、用心棒だの賞金稼ぎだというやつらもいたが、少なくとも賞金稼ぎではなかった。その日暮らしでじゅうぶんという考えのディールに大金は必要なかった。

特定の個人を狙い撃ちにするというのも性分に合わなかった。

 見栄を張っているわけではない。本当に金には執着しない男であった。そのわりには年中、金のことで頭を悩ましている不思議な男でもあった。なぜかといえば、余った金の使い道ほど処理に困るものがなかったからだ。養う家族もなく、帰る家もない。気楽な身の上だ。かといって派手に豪遊する性格でもない。

 余った金は、今はギルドに預けている。ディールほど戦歴がある傭兵が、すっからかんでは、信頼してもらえない、とギルドマスターの口車に乗せられたのがきっかけだった。

 いずれにせよ、この頃は生活に困って節操なく仕事を請けるようなことは、ほとんどなかった。

 昔からディールは依頼を金額の大小では請けなかった。だが、あまりに報酬を欲しがらないのも、よくないということはこれまでの経験で学習している。

 四年ほど前だっただろうか、

 通りすがりの行商人とギルドマスターに、傭兵を続けたいならば、いますぐギルドに入って、報酬はなるべくたくさんもらうように。と忠告された。

 魔剣を所持した凄腕の傭兵が破格の安値で仕事を請け負っては、相場が崩れて他の傭兵が困ることになるという。同業者に狙われたのはこれが理由だったのか。

 じぶんひとり食う分くらいは、傭兵でなくとも稼げた。だが、生き甲斐がないのもつまらないし、傭兵人生の最後が「傲慢になって、仕事を干された」では、いくらなんでも聞こえが悪い。

 魔剣に人生を狂わされた不憫な奴などといわれるのもクィヴィニアに申し訳が立たない。

 

 魔剣クィヴィニアを手に入れてから、傭兵ディールの名は、瞬く間に大陸中に広まった。いや、大陸中は少し大げさか。だが、少なくともイリュリース、カルナード、リンディス、ラヴィスニアでは顔が知られていると自負している。

 知名度ゆえの有名税か、ディールの首に懸賞金がかけられたこともあった。大金狙いの賞金稼ぎにも散々追い回されたが、魔剣に目がくらんだ貴族や商人からも狙われることが多かった。

 毒を盛られたこともあったが、獅子をも瞬殺するという猛毒も魔剣クィヴィニアの加護があるディールには通じなかった。ただ苦しんだ分、仕返しはしてやった。

 数年間、刺客をことごとく返り討ちにし続けていたら、いつの間にか懸賞金は取り下げられ、この頃は表立って狙われることも少なくなった。

 諦めたというよりは、「高かろう、怖かろう」の標語で、ディールの命を狙うのは奴らにとって割の合わない仕事だと知れ渡ったようである。

 他の任務中、同業者に狙われたことがきっかけで、後顧の憂いをはらうために、今は、単独で行動することが多い。ディールはいつも一人だ、という印象を周囲には与えている。

 巻き添えで仲間を死なせるわけにもいかなかったし、寝首をかかれて人間不信になるのも避けたかった。

 決して一人でいることが好きなわけではないのだが、やはり今日も一人だった。同業者はもちろんのこと、この頃は、

 依頼人さえ寄り付かない。いや、依頼人を寄せ付けないから、仕事がないのか。

 実のところ失業中なのである。半年ほど前に、とある依頼人をとある事情でぶん殴った。以来、仕事を回してもらえない。

 もうイリュリースでは仕事できないかもしれないとギルドマスターに言われた。ディールも実感している。だが、ディールはイリュリースが好きなのだ。

 自分の肌に合っているとも思う。仕方なしに、半年だらだら燻ぶっていたところ、

 ギルドマスターに「他の国に旅でもしてきたらどうだ」と言われたので、素直に従っただけのこと。

 おひとりダンジョン攻略するか、圧倒的に不利な側の戦争に加担するくらいしか、いまは役立つ剣を奮えないのが現状であった。

 ディールは肩をすくめて、周囲をみた。

 お国柄もあるが、アリアラーガは少し特殊な街で、ディールは周囲の目を気にすることもなくのんびり過ごせた。

 ディールは豆のスープをおかわりした。好みの問題かもしれないが、冷まして飲むと、すさまじく美味い。

 この街の連中は、いつも同じことを話している。どいつもこいつもダンジョンの話ばかりだ。

 ほとんど戦争に関する話題が聞こえてこないのが、不思議だが、これはアリアラーガが幻の街といわれるゆえんか。

 アリアラーガは、リュ・デラとアズラニアに依存している街なのだ。ダンジョン攻略のためにのみ存在する街。時の流れさえ忘れる不思議な街だった。ゆえにダンジョン以外の情報収集にはとことん向かない街なのだが、立地上、立ち寄らざるを得ない。

 ここからしばらくは、野宿の旅となる。 

 明日には王都へ向かおう。

 ディールの決意が固まったところで、それを揺るがす存在が現れる。それは、いかにも魔法使いでござい、という格好をした、一人の少年だった。


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