イルカとV字
イルカショーの後の飼育員への接触はうららに頼むことにした。
女性飼育員が担当だったのが理由である。
マッチョが声をかけるより、兎を抱いた美少女のほうが警戒されないだろうという当たり前の推論である。
彼女が飼育員に話しかける理由としてはAIへの教育方法にイルカの調教方法が参考にならないかということを調べているというほぼそのままの理由で接触してもらうことにした。
調教しているAIは弥生ということで、彼女ら相手に会話を始めると、黄色い歓声が上がっていた。
そのうちに弥生は飼育員に抱っこされることになったのだが……よりによって巨乳の飼育員に抱っこされ、あれはFいやGカップはあるな。ウェットスーツに包まれた体は柔らかそうで、いかにも女の子という感じをかもし出していた。
そこに弥生が挟まると埋もれて「胸の谷間から耳が生えてるみたいな」感じになるのは予想外だった。
だんだんうららの眼差しの温度が下がっている気がするが、俺が間に入るともっと面倒なことになりそうな気がして、チック経由で弥生に脱出命令を出すことでひとまずの平穏を得ることができた。
彼女が小さく「あんな胸じゃGは耐えられないのよ……」呟いていたが
(GカップではGに耐えられないとはこれいかに)
親父ギャグをなんとか口に出さない程度には理性が残っていたのが救いだった。
彼女の連絡先と基本的な調教法を教わると、うららは引き攣った笑みを浮かべながら戻ってきた。
その顔にははっきりと敗北で叩きのめされた顔があり、なぜか弥生の顔は勝ち誇った顔をしていた。
「戻るわよ、高橋」
「イエス、マム」
久しぶりに直立敬礼してしまった位には彼女の声は重かった。
「彼女22才だって、年下なのに……」
「気にすることは無いよ。適材適所という言葉がある。」
「……あたしもあっちが良かった」
そこまで落ち込むとは思わなかったので、あわててお姫様抱っこにすると外に出た。
腕の中で固まったうららに「smaller is smarter だよ」といったら照れ隠しか、いきなり蹴られて脱出された。
「むこうにはbigger is better というんでしょ」
そういったときには笑っていて、元に戻っているように見えた。
電車に乗って新潟に向かう途中で基本的な調教について教えてもらった。
①イルカは視覚が悪いのでオットセイより芸を仕込むのが難しい。
②まず餌を与えるとき同時に犬笛を吹く
③あとはイルカの気の向くままにやってほしいことを行うまで待つ。
④たとえばジャンプをしてほしいなら偶然ジャンプするまで何日でも待つ。
⑤ジャンプしたら犬笛を吹いて、寄ってきたら餌を与える。
⑥これを繰り返してジャンプのたびに犬笛を吹いては餌を与えるを繰り返す。
⑦そのうち犬笛を吹くとジャンプするようになる。
⑧バスケットのシュートはボールを浮かべてつつくのを待つ。
⑨つついたら犬笛、以下同じ。
という風に犬笛の曲と餌のコンビで教え込むらしい。
体の指示は大きな動き以外は認識してもらえないため、認識してもらえたら犬笛という段階を経て動作に繋げるようになるので難易度が跳ね上がるようだ。
「どう思う?」
うららが尋ねてきた。
「チックに確認しないといけないが、まず問題は餌と犬笛だな」
UIにとってなにが餌で、何が犬笛に該当するのかを、チックが理解しないとこの調教法は成立しない。
「アリスは何か聞いてるか?」
うららの抱えている弥生に向かって真剣な顔で聞き込む俺。
ボックス席の中で目立たないとはいえ、傍目には変に見えるだろう。(もしくはペットの親ばかか)
「チックの連絡では餌については想定ができてないが犬笛は目星がついているとのことでした」
弥生の音声は感情の少ないアリスの音声だった。
(弥生の固有音声は感情たっぷりで狂ってるように聞こえるほどだ)
アリスの話ではUIが設計上、一番敏感なのはデータの入出力速度でゲートを開けた瞬間のデータ速度の増大で、これについては敏感に反応するはず、ということからこれを犬笛代わりに使うことはできる考えている。
むしろ餌が何なのか、まだ確定しかねているとのことらしい。
PCなのかデータなのかあるいはCPUの個数なのか、情報を精査中とのことだ。
仙台から東北新幹線に乗り大宮へそこから上越新幹線で
今回の目的地、新発田駐屯地は第30普通化(軽)連隊の駐屯地であるが日本海沿いで佐渡への支援を任務に持っているため、九州についでAPの配備が進んでいる連隊である。
面白いのは、豪雪地帯のためスキー徽章を持った人形乗りが少数ではあるが存在することで、彼らになると地形しだいでは雪上双軌車より早く移動できるという。(もちろんスキー板は巨大なノルディック式である)
第30普連については人材の引抜が許可されていないため今回は見送るが、両足に動力内臓スケートボード着装で機動力を上げることも真田さんが提案していたので、いずれは手を繋ぎたい相手である。
仙台で牛タン弁当を用意して、大宮で上越新幹線に乗り換え、新潟で特急いなほに乗継。
ものすごいV字ターンで新発田についていた。
これが最速ルートなのである。
新幹線の影響というのは距離を凌駕するということをつくづく実感させられた。
駅前には高機動車が迎えにきており、駐屯所に入ったときには連隊長を筆頭に熱烈な歓迎が待っていた。
お目当ては春うらら3佐(自称大佐なんだけど)アリス姫の知名度の高さ、恐るべしである。
隊員たちに聞くと、春うらら3佐のことを知らない隊員はほとんどいないらしい。
その外観についても愛くるしいマスコットのように知られており、外観を知らなかった俺はどうも例外のようだ。(本来、外観は軍機のはずなのだが……)
まあ女より筋肉のほうが好きだったし、それは今でもあまり変わらない。
紙吹雪すら撒かれている駐屯地の食堂の中で、ふと違和感を感じた。
それは急速に疑問の噴出孔になり、部隊員からの嫉妬の視線に気づかないほど俺の中を占めてしまっていた。
「もしかして、俺は彼女のことを愛しているのだろうか?」




