水族館デート
目の前を高く3頭のイルカが跳び上がる。
そのまま水面に落下するが、高飛び込みの選手も真っ青なほど水飛沫を立てていない。
この水族館の最前列はプールから2m程度、水除のブランケットが貸し出されているが、全く必要ないと言えるほど見事な機動だ。
複数のイルカが飼育員の手の動き一つで跳び上がり、泳ぎ回る様は見ていて心地よい。
ぜひとも部下に、と思ってしまうほどキビキビとした動きである。
「なんでイルカショーなの?高橋」
一枚のブランケットを二人掛けで使おうとした結果、俺の大腿四頭筋が邪魔をするせいでいつものように膝抱っこになり、頬を膨らませたうららが声をかけてきた。
「わからん、アリスに聞いてくれ。」
彼女の腕の中で丸くなりフンフン言っているアリス。この兎のナビゲートに従ってきただけなので俺にもよくわかってない。
この兎の視線はイルカにくぎ付けだ。
あの海戦から1週間が過ぎた。
船は日本海の荒海を突っ切って佐渡に向かい、そこで燃料補給している。
俺たちはそこからさらに本州へ渡り、鉄道で新潟から山形を経由して仙台へ移動。
仙台の第2陸曹教育隊から人材の補充を受けるのが目的である。
陸曹教育隊とはその名の通り陸曹になる人材への教育を行う教育部隊なのだが、全部で5つあり、地獄の1曹、内務の2曹、山走狂(富士山麓で走り込むことから)仏の4曹、鬼の5曹という別名がある。
今回2曹に来たのはここにしか陸曹の通信教育隊がないからであり、これ以上脳筋を増やしたくないというわけではない。
教育隊で通信部隊と野戦特科教育部隊から、それぞれ1個小隊を選抜すると一足先にUS-3に迎えに来てもらい船に送りこんだ。
彼らの体格に合わせてPAを微調整することになる。
これから整備部隊は睡眠時間も取れないほどの激務が待ってるに違いない。
そんな中で社長と副社長は水族館デートである。
この水族館は海の森水族館(仮名)。
建物は2階建てで、敷地もものすごく広いというわけではないが、生き物と来館者の距離がとにかく近い展示がしてあるのが特徴の水族館である。
パンダイルカの水槽では光の加減で、水槽表面が見えないので何度頭をぶつけたか……
アリスの指定はイルカのショーを見たいとの要望であり、それに合わせて最前列のベンチでイルカのショーを見ていた。
なお、この水族館はペット同伴禁止のため、兎型のロボットということで受付で喋らせて入館許可をもらっている。
イルカのショーの間、兎の頭部からはジーというカメラのピントを合わせるような音がしていた。
流石に今聞くわけにもいかないので後で尋ねるが何を撮影しているのだろう。
ショーが終わり、ベンチを離れると、館内1階のフードコートで食事をとりながらアリスは充電しながらくつろぐことにした。
「アリス、何が目的でここに来たんだ?」
「第1目標はイルカのショーです。」
イルカのショーなら動画でいくらでも配信されていると思うのだが?
「直接見るのに意味があるということね。」
テーブルの向こうのうららが確認した。
「はい、今回必要なのは可視光域のデータではなく赤外線領域の三次元データでしたので直接採集が必要でした。」
赤外線領域?
イルカの命令に対する反応を脳内の血流量を赤外線で測定して活発化している知覚野を割り出すという技術があるらしい。
もともとは新生児の脳の発達異常を早期に発見するため開発された、放射線をつかわず、CTスキャンと同じ効果を得るための技術だが、被測定体に薬剤の投与などがいらず、負担が0で外部から測定できるため、比較的便利に流用しているらしい。
前歯を振動子として音波による測定も行っていて、筋収縮についても同時記録を行っていることで、活動する知覚野の個体差補正も行ったらしい。
「それってなんの目的のためやってるんだ?」
「チックの命令ですので、推定になりますが」
アリスはそこで言葉を切ると音量を絞って話してきた。
「おそらくUIとの会話を諦めたのだと思います。しかし制御しなくては危険ということで調教するつもりだと考えられます。」
UIからAIにするつもりか。上手くいくかな?
「アリス、疑問があるわ。どうしてイルカなの?犬でもネコでもよかったんじゃない?それなら実物を船内におくことができるはずよ。」
うららも小声で話している。
「イルカなのは調教者に対して優位性を残したままの存在に、どのように行動を制限させるかの例として参照するためです。ショーのイルカは遊んでるだけで人間を主人とは思ってません。水中では彼らの方が完全に優越個体になりますし」
なるほど、犬や猫では力づくの調教が入るので不適当だと……
「あとイルカの飼育員との連絡方法を確立してもらえば、ここに来た目的は終了です。残りの時間はご自由にお使いください。」
そういうとアリスは黙った。
「じゃあ、帰投時間までどうする?」
うららが上目遣いでたずねてきた。
「ここだと、アウトレットパークも近いから、君の服でも見ていくかい?」
「高橋のわりにはいい提案ね。さあ、行きましょう」
そういうと彼女は腕を組もうとしたが、身長差と腕の太さから手をつなぐことになり、恋人つなぎでもどこか不満の残る満面の笑みという微妙な表情をみせてくれた。




