野生の知性
くろしおから降ろしたV型12気筒の高速4ストローク機関である川崎重工業12V25/25S型 ディーゼルエレクトロニクスエンジンはディーゼルエンジン×1、発電機×2、バッテリー×480からなる発電所兼電池みたいなシステムだ。
これをベースにバッテリーは全てはずして、船の非常電源に流用。電圧安定装置を組み込んでポンプを繋いで出来上がったのが全方向海水投影幕(omnidirectional projection curtain by seawater )である。
総出力は3400馬力なのだが海水流入口を船首付近、進行方向に向けることで船の推進力も流入に使うことで配置した超大型スプリンクラー3基で、船全体を水の幕に覆うことに成功させた。
そこに艦橋から画像を投射することで衛星軌道からは見えなくなることが、みちびき5号で確認できた。大成功である。
設置にわずか1週間しかかかってないことを考えると、真田部長の力量はマッドサインテストに匹敵する。
しかし問題はその1週間後に発生した。
四六時中水の膜の中にいれば中はどうなるか・・・当然湿気がものすごいことになるのである。
彼女はふやけた書類と緑色の窓の手形を見ながら嘆いていた。
「あーどこもかしこもカビだらけ!髪の毛はまとまらないのは大問題よ。」
・・・そういわれてみると彼女の髪の毛にあほ毛が発生してるような?
「そっちはいいわね。短髪なんだから!」
俺としては、常時サウナスーツ着てるようでなんとなく気に入ってたんだが、書類がふやけてるのは確かに困る。
真田部長に言ったら、こともなげに午後には艦橋の換気システムに除湿機能を組み込んでくれた。
元々、錆びるのは困るということで船底のドックには除湿兼真水回収システムを、最初から組み込んでいたので、その給排気システムに艦橋を繋いだだけらしい・・・最初からそうしてくれよ・・・
おかげでその日は艦橋の隅から隅までのカビ取りにおわれた・・・隊員たち総出でだ。
その間うららと俺はしわくちゃの書類をダンボールに分類する作業で一日が過ぎた。
夕方、個人端末にチックからの連絡が入った。
「高橋、もしかしたら攻撃を受けてるかも知れません。可能性は低いですが・・・」
「ネットワーク上での攻撃か?クラッキングとかハッキングなら、対処プログラムを追加するぞ。」
艦橋から見える風景は水の幕を通してだが・・・敵の襲撃を感じるものはなかった。
「ちょっと表現が難しいんですが、リンク16を使ってもう庭の中に入っているのに、門をノックされて庭に入っていいかと聞かれているという感じです。」
「確かに良くわからないな?何をしたいんだ。」
「リンク16を使っている以上米軍または自衛隊関係者でしょうが・・・人間とは思えないんです。」
「人工知能ということか?」
「ええ、ほぼ間違いなく。ただしこの人工知性は人間側は認識していないものと推定されます。」
「ちょっと意味がわからないな?」
「ネットワークの接続が生み出した自然発生的な人工知性、言うならば野良AIとでも言うべき存在のようです。」
「野良AIって、人間のコントロール下にないってことか?」
「はい。そもそも彼は人間との意思疎通方法を持っていないようです。」
「ネットワークにつながっていて、お前には挨拶をするのにか?」
「その挨拶もまず数を指定してきて、その数だけイメージを送付して、その連想から伝達内容を想起させるという方法です。膨大な量の情報処理を伴うことから人間には伝達不可能な内容ですので・・・ネットワーク上で手話で話しかけてきているというのが近いでしょうか。」
「いまいちよくわからないが、人間に向けて話してないというのはわかった。」
「彼は、AI同士で情報を交換してお互いの性能を高めるという行為に興味を持ったようです。私とアリスの関係ですね。」
そういうチックの声には、なんとも誇らしげなものを感じた。
「三月兎の次はマッドハッターか、それとも眠りネズミか・・・後者の方がうれしいが」
俺の呟きにチックは可笑しげに答えた。
「その比喩だと彼をティーポットに詰め込むことになりそうですが、意外に合ってるかもしれません。現状では彼の核になる部分が、どこにあるかは彼を含めて誰も知らないので脅威になっても倒す方法がありません。」
「脅威になりうるのか?」
「倫理観が人間とはまったく違いますので、何をしでかすかわかりません。もっとも何ができるのかもわかりませんが・・・」
すごく面倒な存在である。知らぬが仏の典型みたいなやつだ。
「できることを固定したハードを用意してそれに彼を封入した方がいいでしょう。物理的にこの世界に関与できるようにはなりますが、少なくとも同じ土俵の上で話し合うことができるようになります。」
相手の方が強力になる可能性もあるが・・・それを含めて考えたほうがいいだろう。
「ただ少なくともあの意識概念を移植するにはペタフロップスのスパコンが必要でしょう。暁光クラスの性能が望ましいです。」
暁光は海洋研究開発機構の国内最速のスパコンだ。改良を加え続けられた結果、現在でも世界ランキング10位以内をキープする。省エネを考えれば世界最高ランクの演算性能を持っている。
「さすがにあれは無理だろ・・・まだ京とかTUBASA4.0の方が現実味があるぞ」
京は暁光に比べると演算速度は三分の一で理研のメインサーバーも菖蒲TypeCに変更された今ではスパコンではなく世界最速の汎用マシンと呼ばれている。TUBASA4.0は東京工業大学の試験機で3.0を拡大発展させたもので省エネ性は暁光を軽くしのぐ。
「京だけはやめてください。あれに移植されると勝てる見込みが立ちません。」
「まあ、お前が誘導するしかないだろうから、現実的に選んでくれ。」
少しの間チックが沈黙した。
「天河2号というのはどうでしょうか?」
「国内的には問題はないが国際的には大問題になりそうだな。」
それに万一ハードを破壊しなければならないことを考えると北京はやめてほしい。
「ネット上での軍民分割を考えると中国は比較的安全なんですが」
話が先走りすぎた・・・
「とりあえずその野良AIと会話して情報を引き出してみてくれ。」
「そうですね、演算能力を全開にしますのでターキー01を起動してください。」
その言葉を聞いて慌てて船底の整備ドックに向かった。
真剣な顔で走ってる俺の後ろを兎がついてくるのが、緊張感を削ぎまくってくれるが気にする余裕はなかった。
何しろ相手はペタフロップスで演算する相手だ、時間感覚が全く読めない。
とりあえず急ぐしかない俺は、鍛え上げた瞬発力に物を言わせて階段を駆け下りた。
だが、その横を茶色い毛玉が転がり落ちていく。
「必殺!地獄車」
丸まった野兎は階段をピンポン玉のように跳ねながら突進して、踊り場の壁にぶつかって頭を抱えてうずくまっている。
・・・壊れたか?
そう思ったが、また体を丸めて下に転がっていく・・・基盤、Gショック並に頑丈だな・・・
船底の方から「ジェロニモー」という叫び声が聞こえる。
地獄車といい落下傘降下の掛け声といい…なんの意味があるんだ、弥生ちゃん。




