電話会談
旧1話第3部です。
彼が振動に気づいたのは二本目の1500m走の最中だった。
ウェストポーチの中の個人端末が震えていた。
「中隊長かな・・・そういえば報告書まだ出してない。」
嫌々ながら走るのをやめ、トラックを出ながら端末画面を見ると知らないIDが表示されていた。
「春麗?」
対戦ゲームの中国人に知り合いはいないが?
「はい、もしもし、誰?いたずら電話なら切るよ。」
「高橋曹長ね、春よ」
たちまち背筋がピンと伸び、その場で敬礼する。
「失礼しました、一尉殿。ご用件は何でしょうか。」
「あの件よ、あと私伝だから普段の口調でいいわ。」
「そうはいわれましても、士官殿にタメ口はちょっと」
彼は冷や汗をかいていた。
彼女はおそらく将官になるであろうエリート、人形乗りの自分とは立場が違いすぎる。
「良いから、話しなさい。命令です。」
命令となると反対はできない。特別国家公務員の性である。
「了解しま、で、あ・・・じゃない、わかった。」
「それでいいわ、そっちの方はどう?」
「こっちは恋がかなってハッピールンルン状態です。」
「もしかしたら、あなたのこと?」
「いやチック、搭載AIのことですが・・・」
「AIがハッピールンルン状態ってどういうこと?」
「それを説明するには、俺の機体のスペックから説明しないといけなくなるんで一般回線ではちょっと。」
「比喩じゃないのね。うちのアリスも恋というものに興味津々になって、やたらと質問してくるんだけど・・・」
「AIが恋について質問?」
「ええ、今もうるさいわ。そっちはそういうことないの?」
「うちのはネット接続してるから、勝手にネットで探してると思う。」
「なんですってーーーー」
春一尉は受話器の向こうで大声をあげていた。
「AIは無垢な子供並に影響を受けやすいのよ。なにを考えてるの!ネット接続を許したらなにをし出すか・・・」
「大丈夫、ネットマナーと法律は守らせてる。」
「・・・それで恋する変なAIができたのね。どうするつもり。」
「どうするもなにも考えてないけど。」
「陸自の人形乗りは脳筋だって聞いてたけど、信用したくなるわ。」
「脳天気の自覚はあるが、脳筋ではAIは育てられないぞ。」
「そうよね。トリプルエースだもんね。」
「十分に育ったチックのおかげだな。」
「・・・ねぇ、一度会えない?」
「まあ、迷惑かけてるようだから、AI教育方針について話してもいいが・・・うちのは特殊だからなー」
「じゃあ、次の休みが3日後だから、合わせられる?こっちは空の上が勤務地なんでなかなかずらせられないのよ。」
「たぶん緊急出動がなければ大丈夫だ。」
「じゃあ対馬の市民図書館で10:00に」
「図書館か・・・体育館の方が好きなんだが・・・」
「話し合いができて必要な資料がある。はい図書館で決定。」
「わかった。ひとまるまるまるに市民図書館入り口で。」
「ええ、楽しみにしてるわ。」
「楽しみ?」
「あのナンパ人形の中身がどんな人か。」
「そういえばお互い外見知らないな。」
「個人端末のGPSデータ送信ONにしておいて」
「了解。じゃあ三日後。」
俺は一介の人形乗りであるが300機以上のドローンを拿捕、撃破したトリプルエースである。
このためよけいなことに巻き込まれないように個人データはネット上で制限されているので外見が出ることはない。
この点はアリス姫も同じで名前が漢字というのも今回初めて知った。空自のHPだとうららはひらがなであり、外見写真の代わりにアリスのフランス人形が表示されている。
だから会ったらマッチョという可能性も捨てがたい、というかあれだけ無茶なGに耐えるのだ、筋肉質でないはずがない。
そう思うと美女ボディビルダーの顔とボディーがちらつき、三日後が楽しみになってきた。
「よーしあと三本がんばるぞ。」
その日1500m走の本数を増やしても足どりは軽いままだった。
「ねぇうらら、恋ってどういう状態なの?」
「アリス・・・直接、戦闘とは関係ないんだけど。」
「知ってるわ。でも人間は軍人でも恋をするって」
「あーする人もいるわね。」
「うららはしないの?」
「残念ながらこればっかりはね・・・」
春うららは未だ恋愛というものをしたことがない。
その原因は身体的コンプレックスによるものだ。
身長144cm、体重42kg、ぱっと見小学生に間違えられる。
顔立ちは非常に整っているが、体型的は凹凸がほとんどない絶壁。
寄ってくるのは特殊な趣味の紳士の皆さんである。
(と彼女は信じている。)
もっともこの小さい体が高い耐G性能を生み、高機動性外骨格適合ランクSSという、とんでもない数値を生み出したので痛し痒しではある。
「せめてCカップあればねー」
合法ロリでキャラ作りするのだが・・・
「では誰に恋を訪ねればいいのでしょうか?」
アリスの声は無表情だが真剣に尋ねているのがわかる。
「下手に相談できないし・・・3日待って、お相手のAIの保護者に相談してくるわ。」
「はい、楽しみに待っています。」
アリスは高機動性外骨格に搭載されたAIの仮想人格である。
このAIは教育法として音声による情報入力が採用されていたので当初から戦闘中以外でも個人端末を通じて会話していたのだが、これまで戦術や機動以外で質問してくることはなかった。
それだけに、この反応が良いものかどうかの判定はつかなかった。
「いざとなれば昨日の状態にバックアップで戻せばいいんだけど・・・なんかそれもねー。」
アリスが本当に恋バナがしたいようなら兵器としてはともかく人工知能の発達として非常に興味がある。
それに消すとなると恋する乙女を引き裂くようで、どこか後味悪い感じがするのも事実だ。
「高橋曹長に確認ね。」
そういえば彼は私を見てどんな反応をするのだろうか?
「あんなナンパAIの教育者だとすると・・・」
(意外に人形の中身は細見のモデルのようななよなよした奴かもしれない・・・あんまり得意なタイプじゃないなぁ・・・実はビジネスマン風とか・・・ぴんとこない・・・)
なんやかんやで春も3日後を楽しみしているようだった。