メンテな人たち
再構成してます。
駐屯地に戻り帰還を報告すると整備ドックに駆け込み急いで着装を解く。
汗で湯気の上がる大胸筋や上腕二頭筋を無視して機体からメンテ用ケーブルを引っ張りだして、PCに接続。チックの診断に入る。
念のため基地のメインコンピュータではなく個人用PCに接続する。
今回の挙動が新型ウィルスの影響による可能性を警戒したのだ。
診断プログラムを走らせていると向こうからつなぎをきた老マッチョがやってきた。
「おい高橋、あんまり筋肉を冷やすなよ。」
そういいながら彼は紙コップに入ったプロテインドリンクを差し出す。
「佐藤三尉、ありがたくいただきます。」
もらったプロテインは程良くヌルく体に染みるようだった。
佐藤三尉、彼はこのドックの整備小隊隊長である。
年は50歳だがキレたボディーを維持している。
おまけに一般高卒のたたき上げだ。
これがどういう意味かをこの部隊でわからない奴はいない。
「佐藤三尉、実は今日の作戦でチックに不信な挙動がみられまして、確認をお願いしたいのですが。」
「不信な挙動?」
「はい、何というか・・・目の前で空自のMUをナンパしまして・・・」
「ナンパァ?そりゃあ軟弱な行動だ。確かにおまえさんの乗機とも思えないな。」
「それで、口説き落としてOKの返事が返ってきまして・・・」
「・・・それは・・・変だな。よし解体しよう。」
「今、診断プログラムを走らせているのですが、異常が見られないのです。」
「本当に大丈夫なのか、見せてみろ。」
マッチョ二人が肩を寄せあいモニターをのぞきこむ。
「高橋、ここが気になる。」
老マッチョが示したのはCPUの駆動率を示すグラフだった。
「第三CPUだけ消費電力が30%高い。常時駆動しているようだ。」
「第三CPUは」
「未来予測、肯定を司っている。否定を司っている第四CPUや過去参照の第一、第二CPUは正常値だな。」
「つまり?」
「五個目の統合CPUはルンルン気分ということだ。」
「だーーー」
俺は思わず机に突っ伏した。
「まじめに恋がかなってハッピー気分なのかもしれんぞ。」
「あり得るんですかそんなこと。」
「おまえさんの機体は特殊すぎるからな。消費電力の関係で一つしか積めないはずのCPUを五基も並列で動かしているし、思考能力だけで言えば人など比較にならない性能を持っている。有り得ないとは言わないが・・・相手のほうがなー?」
「あー、もう機体メンテにしましょう。お願いします。」
佐藤三尉に機体を頼むとそのまま足はジムに向かう。
この辺は三尉にはお見通しだ。なにもいわずタオルが投げつけられる。とりあえずスクワット200回もやれば筋肉がいい具合にほぐれて、この悩みも忘れられるだろう。
その後は1500m走を三本入れるか。
高橋曹長はマッチョである。
しかし佐藤三尉に比べると大きいがキレがないと評される体だ。
それは彼の体が競技会向けでなく実戦に向けて調整されていることを示している。
たとえば彼は大食して、常に体脂肪を15%を下まわらないように気をつけている。
APを操る上で出力と持久力は両立が必要なものだ。
たとえどんなにカッコイイ体であろうと持久力がないとAP乗りは長生きできない。
体を絞るのは現役引退後と決めている。
それができたのが佐藤三尉であり、まさにあこがれの目標である。
胸筋の谷間にボールペンを挟んで仕事をする様はつくづくほれぼれする。
あれが強者にのみ許される報酬なのだ。
二〇年後三〇年後に自分がああなれるように、今は体を大きく持久力のあるものに作る。
それが高橋曹長の現在の目標だった。
高橋曹長が心地よい汗を流している頃佐藤三尉は彼の乗機を半分のあきれながらメンテナンスしていた。
パワーアシスト装置がオフに切り替えられる機体などこの機体以外存在しない。
演算用のCPUもシングルで49CCロータリーエンジンの供給する発電量内で機動アシストにどう分配して行動するかが乗り手に求められる資質だ。
もちろん入力に対して定数倍のアシストが入るので筋力が高いほど出力は高まるが、その分消費電力が増加するので善し悪しがある。
しかもこの機体は固定武装がついている。
通常なら軽機関銃や迫撃砲のはずだが・・・自重30kgを越える航空機用レーダーのような装備である。
その出力は業務用電子レンジ100台分。150kWに及ぶ化け物だ。
人が照射方向に居たら一分と持たずに破裂する威力だ。
バッテリー消費の関係からミリ秒単位での照射での運用だが、並の電波シールドなら難無く突き破る化け物だ。
「これ積んだ機体でアシストなしで走るとか・・・若いうちにしかできない無茶とはいえ、やれる奴はあいつだけだろうな。」
しみじみした口調で佐藤三尉は発振器の調整に入った。
(そういいながら彼も20kgはある波長調整器を片手でぶら下げながら作業しているのだが・・・)