国籍不明
ホテルの部屋のドアを開けたときに個人端末が振動した。
あわててポケットから引っ張り出すと犯人はチックだ・・・
春一尉の方も連絡が入ったようで個人端末を耳に当てている。
「チック、どうした?」
「緊急出動です。連隊総員出動がかかりました。」
「・・・○×ホテルまで迎え回してくれ。状況は個人端末に転送。」
横を見ると彼女の方も緊急出動のようだ。
「高橋、迎えに来る車に一緒に乗せて。あと着替え手伝って。」
「それはいいですけど・・・って着替えですか?」
春一尉はハンドバックから、たばこの箱程度の大きさの真っ黒なケースを取り出すとチューブを取り出し、こっちに投げてきた。
「これがライディングスーツパック。筋電力を正確に伝えるのにローションを全身に塗る必要があるの。手が届かない場所手伝って。」
目の前で次々と服を脱ぎ捨てていく春一尉に圧倒されながら、首を縦に振るしかなかった。
全裸になると、背中一面に塗るように指示された「それ以外触ったら、責任とってもらうから」
彼女も同時に塗り進めていき、ライディングスーツを身に着けた。
身に着けた方がエロく感じる服というのも問題だが・・・
バスローブを羽織わせると、そのまま迎えに来た高機動車に飛び乗る。
運転手の一士はなにか言いたげだったが、基地に来たMUのパイロットだ。とだけ返答して黙らせた。
そのまま基地に直行。
俺は整備ハンガーで降りる。
彼女はそのまま滑走路脇の駐機場に向かった。
格納庫はてんやわんやの状況だった。
雨のおかげで休暇気分で街に行っていた連中も、次々戻ってきており整備ハンガーの中は人いきれがすごくなってきていた。
個人端末に入ってきた情報ではどうも曖昧な情報で、なぜ総員招集がかかったかがわからない。
ターキー01に飛び込むと出発準備をしながらチックに状況を説明させる。
「いまから30分前に釜山付近で電波の送受信量が爆発的に増えました。すぐにその中心は東北東に海上を時速20kmで移動しています。」
「北九州防衛任務の陸自の第8師団、海自の第3護衛団、空自の203航空団に迎撃命令が出ましたのでJTF-対馬にも指揮系統から発令きました。」
「じゃあ、今回は?」
「本土の部隊が主力ですので、予備待機任務かと・・・」
「そういえばアリスも呼び出されてないか?」
「アリスは第3護衛団旗艦の「おにいとまき」所属ですから。出撃命令が出ています。」
「・・・いま、彼女ここにいるよな。「おにいとまき」はどこだ?」
「島根北方20kmというところでしょうか?」
「つまり彼女は単機で敵を突っ切って、合流しなきゃならないわけか。」
「向こうから合流に来れば別ですが、おそらく北九州市近辺で合流でしょう。」
さっきローションを塗っていた小さな背中を思い出した。
「チック、行けるな!」
「わかたか型ミサイル艇の「くまたか」が2番埠頭にいますので、あれが現状最速ですね。」
「出動、搭載許可をとれ。」
「リンク16にて第810分隊の参戦を打診。題目「ミサイル艇におけるC4I運用の可能性についての実戦情報の入手。」試験許可下りました。試験No.S-1705。出動許可出ました。」
「搭乗準備完了、ロック外せ。」
ハンガーロックが外れると同時に走り出し、2番埠頭に向かう。
「チック、アリス01に連絡!海自ミサイル艇で護衛につく。単機で飛び出させるな」
「了解、アリスに連絡。受領確認。テイクオフまであと2分。」
「くまたかに連絡。離岸準備!乗り込み次第、発進。」
「受領確認。第2埠頭まで3分で到着します。」
わかたか級ミサイル艇は、はやぶさ型ミサイル艇の改良発達型だ。
はやぶさ型は後継艦艇なしの予定だったが、EEZや接続水域の警備強化とともに復活した艦艇である。
大きさは300t、60ノットの水中翼船で武装は76㎜速射砲1門と12.7mm機関銃×2、対艦ミサイル×4で、違法操業の漁船を装ったドローン母船を取り締まるための高速で艦船破壊能力を持たせた船で、代わりに航続距離は大きくなく1000km程度である。
定員は20名だが準戦時の今は30人が乗り組んでいる。
「ターキー01乗艦!」音声と通信で乗船を告げる。
船に駆け上がったとき飛行場の方から急角度で登っていく炎が見えた。
たった1機。心細く孤独な炎だった。
この炎を仲間の炎に届けるのが今回のミッションだ。
「いかんな、俺もかなり彼女に感情移入している・・・教導団を笑えない。」
「いいんじゃないですか。私もアリス01を助けるのに好都合ですので問題はないですよ」
チックは賛同の意見をこめた声で返答してきた。
くまたかが離岸すると一気に機関音が高くなった。
速度が上がっていくにつれ、甲板がドンドン高くなっていく。
「R1ユニット発電最大、アシストモーター電力供給停止、CPU 5列並列稼働開始します。」
チックはC4Iシステムで各部隊の位置と進路と速度を調整し始めた。
入力されてくる敵情報から敵の規模、構成の推定もHUDに出ているが、該当位置にあるのはどうも巨大タンカーのようで、搭載できるドローンの数が推定できない。
使われている電波の周波数の種類から前回の襲撃よりは少ないだろうということしかわからない。
「アリス01に指示。教導団との合流を優先させろ。くまたかが周辺警戒任務にあたる」
くまたかの最大速度60ノット(約109km/h)だと60km離れた敵まで推定45分で接触できる。
「チック、該当海域のタンカー特定急げ。」
「現在、海上保安庁のデータ確認中、該当なし、ロイズ保険へデータ要請中。」
「船籍が中国か朝鮮なら話は簡単なんだけどな・・・」
だが可能性が一番大きいのはパナマ船籍だ。下手をするとリベリアとかギリシア国籍の可能性もある。怪しいからとミサイルで沈めるわけにもいかない。
もっとも空荷のタンカーを沈めるのは、戦艦沈めるより難しいのだが・・・
「仕方ない。一気に行くか。」
臨検&強行突入を覚悟した・・・こんなことなら中隊連れてくれば良かった。