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お見舞い

敵航空機の襲撃の翌日、基地に彼女がやってきた。


彼女が基地に来たことを告げてきたのは基地の門衛だ。

身分証は確認したが、その外観から自信が持てずに、知り合いの俺に確認させようということらしい。

門衛からの連絡はジムで腕立ての最中に受けた。

上腕二頭筋から大胸筋にかけてもう少し持久力を上げたいと思って軽負荷の訓練を長時間する予定だったが、中止になった。

春一尉を門で待たせるわけにもいかないので、シャワーも浴びずにデオドラントだけするとクールダウンがてらジョギングで基地の出入り口に向かった。


彼女は無地のTシャツの上にニット地のカーディガンを半袖の位に腕まくりして重ね着していた。頭にはマリナーズの野球帽をかぶって、幅広のスェットズボンを履いた姿は、まるでダンサーチームの美少年である。

丸枠のサングラスをかけた顔は中性的でかつ彼女に似合っていて、整った横顔は性別に関係なく魅了される美しさを放っていた。


「高橋、おそい。」

「申し訳ありません。トレーニング中だったもので片づけに手間取りました。」

彼女はサングラスを下にずらすと上目遣いで不満そうに頬を膨らませた。

そうするとまるで不満爆発中の小学男子にも見えないことはない・・・門衛が困るわけだ。


「とりあえず病院まで案内して。部下の様子を確認したいの。」

「はっ、了解しました。」


そういうと彼女はどんどん先に進んでいく。

門衛に引き継ぎを伝えると、小走りに彼女を追いかけていく。

昨日向かった病院に彼女はまっすぐ歩いていた。

俺は追いかけながら部隊装備の通信機で病院に春一尉の見舞を伝えていた。


「思ったより元気そうで何よりね。大村2尉」

「お世話掛けます。お嬢。」

大村二尉は集中治療室から一般病棟に移されていた。

「昨日の、今日でもうICUから出してもらえたの?」

「ええ、右足以外は無傷なんで。足もとって義足にすれば一週間で退院だと言われました。」


彼は笑いながら言うが本人はジョークのつもりであろう。

MU乗りは全身スーツで測定した筋電力を利用して機体を操縦する。片足になればパイロットからは引退だ。


「冗談でもやめてよね・・・補充が大変じゃない。」

「すみません。ドジふんで」

「あの状況だと仕方ないわ。対艦ミサイル発射準備が完了した機体の姿勢を崩すために強引に突っ込んだんでしょう。判断としては認めざるを得ないわ。」

「骨は砕けましたが、代わりのセラミック芯を埋め込んでますので、それの周りに骨が固着するまで半年、リハビリ入れて一年で完全復帰だそうです。」

「一年か・・・厳しいわね。」

「何とか10か月で原隊復帰して見せます。」

彼は笑っていた。ものすごい激痛が足を襲っているはずなのだが?


「その時は6月のボーナスをはずむように人事に掛け合っておくわ。」

彼女も笑いながら答えている。


じゃあ安静にしとくのよ。という言葉をかけて彼女の面会は終わった。


笑顔のまま廊下に出ると

「大村二尉には小学校の息子さんがいるのよ。痛みが薄くなったら面会できるように手配しておいて。」

沈痛な表情で告げてきた。

「なんであんなにやせ我慢してるのよ。脂汗でぐっしょりとパジャマが濡れてる状態で、笑われてもこたえるだけよ!」

それは行き場のない嘆きだった

「それは春一尉に負担をかけまいとしてるのでしょう。」

気休めでしかないが俺も答える。

「わかってるけど。あの時もう少しましな指揮ができれば、彼は負傷しなくて済んだかもしれない。その思いが抜けないのよ。」


そのとき理解させられた・・・ああ、彼女は危険なタイプだ。他人に情けをかけすぎる。

だから、教導団のオヤジたちがあれだけ過保護にふるまうのか。


人として情けが深いことは短所でもなんでもない。だが指揮官としてはどうだろう?

部下が死んだら悔恨で壊れかねない脆さが彼女にはある。

例えば陸自出身の恋人ができて死んだときに彼女はどうなってしまうのか?

それを知っているから、教導団の連中は彼女が外部の人間とつながりを持とうとするのを監視するのだ。

図書館で俺のことを知っていた人間が話した瞬間に空気が柔らかくなったのは、俺がトリプルエースで滅多に死なないだろうということを確認したからだ。

新兵なら問答無用で引きはがされていただろう。

彼女の精神を守るために・・・


「ところで高橋、進路は決まった。あなたが管制してくれれば今回も・・・」

泣きそうな顔で訪ねてきた。

「俺はあんたが考えるほど優秀じゃない。」

「そんなこと・・・」

言いかけたところを掌を向けて止める。

「だからAPの開発技官なんてのは似合わない。前線で筋トレしてる方が似合ってる。」

「それって」

「統合任務部隊出向を受けよう。」

彼女の笑顔は花が咲くようだった。


そのまま首に手を回されて抱きつかれた。

身長差から首にぶら下がったみたいになったが・・・まさか基地内で女性士官と抱擁というわけにもいかないので、両脇に手を入れて高い高いのようなカッコにした。

「すぐに部隊編成官の辞令が出るように手配するわ。」

「部隊編成官?」

「ええ、その辞令であなたは准尉に昇進。部隊編成の功をもって3尉に昇進になるわ。」

「給料は上がるのかな?」

「きっと同期で一番になるわよ。危険手当も含めればだけど」

「残業代無しはきついな。」

「お金が欲しいなら我慢してえらくなりなさい。もしくは稼ぎのいい嫁を見つけなさい。」

「どっちも見込み薄だな・・・」

二人して顔を見合わせひとしきり笑うと、彼女ははずむような足取りで門に向かって歩き出した。


俺は彼女を見送るとターキー01のメンテ状況を確認するためハンガーに向かった。

大分進んで装甲の取り付けに入っている。これなら明日には試運転ができそうだ。

隣のハンガーから目をランランと輝かせた鈴木2曹が声をかけてきた。

「高橋曹長、確認したいんですが?」

「ん、どうした?」

「小学生の男の子と基地内で仲良く戯れていたという噂は本当でしょうか?」

・・・正確ではない、まさか相手は女性士官だとも言えずに困っていると

彼女は優しい目をして

「いえ、わかります。無粋な質問でしたね。」

絶対にわかってない表情で話し始めた。

「彼はものすごい美形だったと看護士も言ってましたから、大丈夫、私は理解のある方です。」

「鈴木2曹、勘違いしないでほしいが・・・」

「大丈夫!黙ってますし、病院には口止めしておきました。」

まいったな、口止めはありがたいが・・・一度ゆっくり話さないとまずいか?

「今度の休みにヒバラ屋で食事はどうだ?教えてもらった礼がまだだったし。」

彼女の顔が驚きに染まって、ついで悪い笑みを浮かべた。

「ええ、惚気るのに基地内はまずいですものね。いいですよいくらでも聞きましょう。・・・」


いかん、本格的に早めに誤解を解かないと危険な領域かもしれない・・・


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