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ルナティックアーティスト  作者: 東城恵介
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ダンスフロアー

 耳を立て、嗅覚を研ぎ澄ます。ナンバー665は歯ぎしりをした。例え地上100メートルを走るインダストリアル・モノであっても、ルナティストからの危険は免れない。せめて、護衛をつけるべきだったと彼は後悔した。上司である源蔵の勧めだったとしても仕事を自ら受けて襲撃を受けるなどあまりに無様だ。


 ドアや窓が破られる様子もない。終着駅についたと勘違いした紅が、窓から外を覗き込もうとした。


「頭を下げていろ」

 小さな頭をわしづかみにして、紅の身体を無理やり屈ませた。月明かりが車内に差し込む。床に車窓の影が伸びていた。

不可解な静けさだった。


 インダストリアル・モノに人が乗り込んでいるという情報はどこにも知らされていないはず。そもそも、この深夜便に乗り込むことができたのも偶然の産物。たまたま、ナンバー665がモノの発車定刻の間際に源蔵の許を訪れただけに過ぎない。


 人が乗り込んでいないなら、停車している車輌を放置する意味がない。むしろ、財団に緊急停車の連絡が伝わる前に、車内の美術品を運び出したいはずだ。

 事故か、または車輌の故障か。


「―――人」


 紅が窓枠を指差した。

 少女はナンバー665に身を寄せて、一号車輌のフロントガラスを睨め上げていた。


彼はレザーバッグのファスナーを、音を立てないように開けた。中には、両刃の鉄剣が収められている。その切っ先は折れていた。壊れ、剣としての機能をとうに失っている。が、それこそが歴史上に名を残す名剣だった。


 現代でもそうであるように、古代にもたしかにルナティストと呼ぶにふさわしい人間がいた。魔剣、神剣の類を携えなければ、ルナティストと互角に渡り合うことなど不可能に近い。だからこそ、キュレーターには寓意解析というものがある。


 古代の宝剣の寓意を解析することで、その時代に相応しい輝きを取り戻す。それがキュレーターのみに備わる力だ。


 剣の謂れならば伝説級。しかし使用した人物のみが歴史に残ってしまうように、この宝剣を生み出した者もまた、歴史の闇に消えてしまった。


 寓意解析では名前はわからない。

 古代の遺物は幾人もの人の手に渡るせいで、記憶がぼやけてしまい、明瞭な記憶とはならない。何百人ものキュレーターが寓意解析を重ねることによって、ようやくその時代の匂いを感じ取ることができるのだ。


 特A級のルナティストとして名づけられた通称は古の男―――エイシャントマン。羽根の紋様をあしらった金と白の修道服を羽織る鍛冶師を、記録上そう呼んでいた。


 鞘から抜かぬまま、ナンバー665はそれを腰に当て、身を屈める。彼は剣を抜くことをためらっていた。


 剣の出自はアーサー王物語までさかのぼる。深い歴史とその記憶にキュレーター自身が当てられ、自分を失うことがたびたびある。それはキュレーターにとって神剣というよりは魔剣に近かった。


 だが、おそらく相手は現代のルナティスト。

 運悪く、A級レベルの彼らに鉢合った時のことを鑑みれば、同等クラスの遺物を携えるしか、キュレーターが生き残る道などない。


 黄金と深紅に彩られた鞘を握り、インダストリアル・モノの扉を開いた。

鞘に神経を集中させる。腹から息を、剣に向かって吹き込む感覚。寓意解析はその遺物の中に深く潜ることで、記憶を得られる。


 額に汗が浮かび、一度拭った。目を開き、蛇腹の扉から、一歩路線に踏み降りる。人、と紅が指差した先に―――陰があった。


 月に背を向けた人間の顔はわからない。しかしその姿は異様だった。ナンバー665は、寓意解析を解き、鞘を握っていた力をわずかに緩めた。そこに、立っていたのはたしかに、人。明るい月夜のおかげで、その顔は充分に認識することができた。


 人、ではあるが、生者ではなかった。


 モノの路線に、両足の踵をつけて、老紳士のように直立するその姿。しかし、生者であるための頭が、首の上に存在していなかった。肩の僅かに上から月が覗いている。本来、頭で隠れていなければならない、その背後に月が見えていた。


―――ダンスフロアー。


 ナンバー665は、死んでいる人間の名を知っていた。

 いやキュレーターであるならば知らないはずはない。その男は、舞踏による舞台芸術をルナティックアートにまで高めた芸術家だったからだ。


 クラスはA級、しかも10年もの長きに渡り、A級に在位し、ランカー間近とまで言われた天才ダンサーだった。彼の踏む空間は、いかなる場所であってもダンスフロアーにとって代わる。現代芸術の、たしかな一歩を踏んだ人間と言える。


 無駄のない筋肉をしたその美しい身体は、血を失い、月の青白い輝きに同化していた。彼が好んで着用していた白のタキシードも、血に濡れて上半身は赤黒く染まってナンバー665の前に姿をさらしていた。


 首から上がないその死体を、ダンスフロアーだとわかったのは、頭部がナンバー665の視界に入ったからだ。頭部はベルトの位置で組まれた両手の上に載っていた。両目を瞑り、ダンスフロアーの特徴でもある、金髪のリーゼントは崩れて力なく額を覆っていた。


「……ありえない」


 最初に、ナンバー665の口から出た言葉は、自身の目を疑うものだった。

 ルナティストが、殺されることなんてあるはずがない。彼らは―――狂気に身を落とし、その代わりに絶大な能力を保持するに至った、芸術家なのだから。



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