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脈印  作者: 追いかけ人
序章
2/2

第2話 時代の移り変わり(2030年代)


悪循環


 2030年代の国際社会は、国家間差別の始まりの兆候を持っていた。大国は、民族や宗教をはじめとした価値観の違いから分裂し独立国家を生み出すようになっていた。世界中の識者たちは、これをいい傾向であると評価したが、現実は、国家間の貧富の差が拡がる条件も有していたのである。


 確かに独立した国の人々は自由を勝ち得たようだ。しかし、大国の持つ資源や財産が人口に比例して分配されたわけではない。当然のごとく、大国の中枢部である国家に富が集中していった。かつて、大国は領土とそこに住まう人間の多さに威を求めていた。しかし、その大国は人口増加に伴い、それらの人々を養う国力を失いつつあったのだ。独立を求める人々は、近隣地域の富裕層にあこがれ、独立しさえすれば、自由と富が与えられるものと信じていた。


 しかし、大国は『独立は認めるが、後はご自由にどうぞという態度で、支援や援助の欠片も与えなかった。大国にとって独立する国は、切り捨てずとも去っていく格好の不良分子といえたのだ。独立した国は自国の領土の資源だけが生き延びる材料となる。やがて、独立国家を維持することは無理だと知り、国際的に不平不満を持った火種を宿すことになる。


 しかし、世界中が物資の不足の中にあり、大国と独立国という関係だけでなく、多くの国家が疲弊していた。最大の問題は、世界の人口や人々の欲求を満たすためのエネルギーの不足にあった。


 エネルギーの不足を補うため、原子力発電所を増設する。しかし、毎年のように大規模な事故を起こし、発電所は稼働停止となる。稼働停止だけならまだしも近隣の生産施設も機能しなくなる。それを補うため発電所を増設し、生産施設を敷設させる。そして、事故が起きる。見事な悪循環であった。


 この発電所の原理である核分裂と放射線の研究は遅々として進んでいなかった。というのは、物理学者にとって、この研究は『遺物』となっていたからである。宇宙に飛び出すための研究がメジャーとなり、『遺物』の研究はマイナーとされていた。


 無責任なようであるが、物理学者にも言い分はある。原子力発電所のメリットとデメリットは国際社会に対して公表してあるから、自分たちに責任があると言われても困るのである。使ったのはお前たちだろうと物理学者は言う。お前たちとは、政治家や経済界のトップ、そして、一般人のニーズである。


 使えるからといって、無暗に使ってはならなかったのである。道具の能力の威力が高ければ高いほどリスクも高くなる。


 現在の悪循環を止めるためには、復古主義、即ち『皆平等に貧しくなろう』と主張する人々が増加していった。しかし、この主張は少し遅かったかもしれない。汚されきった地球は人類を奈落の底に落とそうとしていた。


脈派


 2020年代に廃れた『脈』の論を受け継ぐ人々が存在した。それらの人々は、世界中に点在し、多くの脈の派生論を研究していた。その論の研究を諦めるものも多かったが、頑なに次世代へと引き継ぐ一派も存在した。


 筆者は、その一派を1つしか知らない。日本の北東北の片隅でその一派は貧しい生活をおくりながら研究に情熱を注いでいた。


 この地域は早くから放射線の問題に悩まされていた。自然の成り行きで一派の研究目的は放射線の駆除となった。力づくで放射線を駆除するためには膨大な労力とエネルギーが必要となる。放射線は放射能を持つ物質から生み出される。仮に膨大な労力とエネルギーを使って放射能を持つ物質を駆除してもそれを処分する場所がない。打つ手はなかった。


 一派の最初の研究課題は、放射能を持つ物質の無効化であった。つまり、放射線を生み出せなくしようというのである。ところが、問題があった。放射線や放射能を持つ物質の根本的な解明がされていないのである。物理学者が提示していったのは、『こんな種類の放射線がありますよ』とか『こんな元素が放射能を持っていますよ』『このくらい放射線を浴びれば死に至りますよ』とかの根本からかけ離れたいわゆる種類などのリストだけであった。


 さらには、放射線が人体に影響を与えることはわかっているが、そのメカニズムは解明されていない。一派が持つ論は数学的枠組みだけである。専門的な解明がされていないものをその枠組みに当てはめることはできない。


 一派の研究課題は見直されることになった。1つづつ優先度の高い問題を解決しようということになった。


 最初の課題は、人類の存続となった。つまり、『最優先で子供を守ろう』『無事な出産を目指そう』ということになったのである。


 確かに、年齢が低いほど放射線の影響が多かった。奇形児や死産も多く、このままでは東北の地の人類はやがて滅亡することは明らかだった。


電離放射線

 藁にも縋る思いで1つの糸口を見つけた。これが糸口となるのかわからない。しかし、納得できる内容でもあった。


 物理学者は電離放射線というヒントを残していた。電離放射線が生物学や医学と結びついて結果を残したことはないようである。それでも、これが糸口であると信じた。

 電離放射線が生体を通過するとき、電離効果を発生させる。電離効果とは、元素あるいは分子の共有結合を断ち切る効果である。


 生体は多くの高分子化合物から構成されている。例えば、タンパク質や遺伝子(DNA)も高分子化合物である。その高分子化合物のどこかの部分が断ち切られればそれは、高分子化合物としての機能を失う。


 例えば、1つのタンパク質が電離されたとしても、大きな問題とならないだろう。これは、脂肪や炭水化物、細胞の一部であっても同じである。ところが、多数の電離が行われたとき、その生体のその部分は生体から異物とみなされる。そして、異物が癌化するかもしれない。


 癌化の問題も大きいが、一番の問題は受精卵の遺伝子が損傷を受けたときである。受精卵は万能細胞として細胞分裂を繰り返す。損傷はそのまま受け継がれ、死産や奇形児の誕生となるのではないかと考えられた。


 現在、これを食い止める方法は1つしかない。妊婦や乳幼児、幼い子供を放射線から遮断することである。生体実験となるが、一派は希望者にこの遮断施設での生活を提供することにした。


 と同時に、電離放射線を無効化する装置の開発も行い始めた。

さらに、電離耐性を持つ細胞の研究も進められることになる。


 しかし、一派にはその研究を維持していく資源も財力もなかった。

因みに、一派は未だ名称を有していなかった。それほど一派自体にも自信がなく、周りからも期待されていなかったのである。周りからはただ酔狂な人たちとみられるだけであった。










 

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