39 奴隷オークション(3)
会場を出る扉を抜けた先の廊下はとても長かった。それだけではなく、入り組んでおりまるで迷路のようだ。
すでに喧騒は無い。我先にと避難した者達はすでに先に進んでおり、従業員達は憲兵達の足止めに行っているためこの通路は静かなのだ。
「ん? なにをしているんだ?」
「罠の魔法を設置してるんですよちょっとは魔法の勉強をしたらどうですかねこのアンポンタンは」
「なんて?」
「なにも」
フィオナは天井、壁、床にと至る所に罠を設置していく。その全てが当たったら即死の魔法のオンパレード。
最上級に位置づけされる即死の罠系魔法。それをまるでギャルが携帯をデコるかのような感覚で設置していくフィオナ。この光景をちゃんとした知識をもった人が見たなら卒倒することだろう。
「罠に掛かったら、10秒後に作動するようにしときましょうかね」
「何故だ? 普通ではダメなのか?」
「こうしといたら、逃げ場無しの四方八方が罠の状態が出来上がるじゃん。素敵じゃん」
流石のベンも顔が引きつっている。
「まあ、こんなところですかね」
フィオナは最後に指を鳴らす。すると魔法陣の本来の色がゆっくりと消え、壁と同化していく。まるで悪夢だ。
即死を廊下に振りまいたフィオナはようやく、歩みを進める。
「あんなに必要なのか?」
「さぁ? まあ、無くて困らないかなぁって」
▽
「ここか? 全く、オークションをするなんてクズは殺すべきだな」
憲兵を引き連れたリーダー格の男は周りの憲兵に言い聞かせるように言う。
「全くです。きっとこの先に居るはず、必ず殺しましょう」
「同感ですな。情報によると貴族が多いだとか。この際、国の汚点は全て除去するべきでしょう」
憲兵達はその全てがそのように言う。その目には軽蔑等の色が見える。本当に心の底から悪を憎む、素晴らしい精神を持っているのだろう。
もし、フィオナがこの会話を聞いていた場合、鼻で笑うだろう。
廊下を進んでいく憲兵達。先頭がある程度進んだところで、後方から悲鳴が聞こえる。
「どうした? 何があった!?」
「罠です。罠がありました!」
「それぐらいがどうした? 早く抜け出して来い!」
憲兵のリーダーはこの罠を甘く見ていた。いや、現実的に見ていたと言ってもいい。だが、その罠を仕掛けた人物は現実的な奴ではなかった。
「それが……見えないところから急に魔法陣が現れて、何か液体を噴き出したんです!! そしてその液体に直撃した奴はもう動いていないんです!!」
憲兵が叫んだ直後に、さらに悲鳴が続く。
そちらを見れば、壁から出た槍に何人かの憲兵が貫かれていた。その光景が幾つも見える。
「ど、どういうことだ!? 説明しろッ!! 誰か居ないのか!?」
その叫びをかき消すかのように無数の悲鳴が響き渡る。
こんな簡単に人が死んでもいいのか……。そう思った時には憲兵のリーダーの横腹に槍が刺さった後だった。
▽
「あ、罠が全部使われましたね」
「そんなことも分かるのか? 便利だな」
「オーナーよりも使えますね」
「人を使える使えないで判断しちゃダメって親から教えてもらわなかったか?」
場所は最終避難所。
ようやく、先に避難した客に追い付いたフィオナとベンはその人込みから少し離れたところで床に座っていた。
「まあ、憲兵は全員死んだから大丈夫でしょう。直に出られますよ」
ふぁ、と小さく欠伸をするフィオナ。その姿を見て、唾を飲み込むベン。ベンだけではない、その姿を見ていた貴族は皆が獲物を見るような、寒気のする目で見ていた。
「眠いのか?」
「まあ、眠くないことはないですけど……寝ませんよ?」
ギリギリの所で何とか耐え、いつも通りの表情で雑に返事をするベン。だが心の中では盛大に悔しがっていたことを、フィオナは知らない。
「憲兵が全て片付いたので早めに脱出をお願いします!」
またもや、その言葉を聞いた者が駆け出す。ここまで避難してきたときと全く同じ光景だと言える。そしてその後をゆっくりと歩いていく二人の姿も全く同じだ。
脱出中のとある廊下。そこは死体だけは無いが完全に大量の人が死んだあとが血によって示されていた。そう、そこはフィオナが罠を仕掛けたところなのだから。
「わあ、大漁大漁」
「人格疑うようなことを言うな」
血だまりをまるで避けようともせずに、フィオナは歩く。
ベンは何とか避けようと、必死に右へ左へフラフラと歩いている。
会場から出るころにはフィオナもベンも両方の靴は血で濡れていた。
それは周りを歩いている貴族も同じであり、この赤い靴を履いている=奴隷オークションに行った者。という方程式が出来上がっている。
「もう疲れたんで帰ろうか? おい?」
「おい眠気で敬語、忘れてるぞ」
「早く帰ろうですよ。このボケのクソベンオーナー」
「言語崩壊!?」
馬車に辿り着いたフィオナはやはりすぐに寝た。
そのあどけなさの残る。洗練された美貌にまたもやベンは目を奪われる。
「ほんと、黙ってたら可愛いのに」
その言葉を聞いていた他のメイドによって、ロリコン疑惑からロリコン確定の烙印を押されることになるのだが、これままた別の話。
無言の土下座。




