35 報酬は騒動のあとで
そこは、王の間。誰かが王に謁見するときに使われる部屋。その部屋で謁見しているのは芳樹だ。普通なら特別な事情か、相当な上位の者でない限りは謁見などできるものではない。だが転移者でもあり、そのリーダー格にまで上り詰めた彼は謁見に値すると評価されたのだろう。
芳樹は別段緊張してはいなかった。何故なら転移した初日が一度目。つまり、これで二度目だからだ。芳樹は部屋を見まわすが、前回と変わったところはないと判断し、前方10メートル先にいる王に顔を向ける。
「それで、陛下に意見をいうとは一体何かね?」
王の間とは1対1で王に進言や忠告、もしくは相談をする場所だ。なのにも関わらず、当然のように3人目である男性がそこに立っていた。
「なんでここに居るのか? 宰相よ」
芳樹は、一応のために頭の中のノートの端っこに宰相を走り書きしておく。実際、覚えておくほどの価値があるのかは芳樹は測りかねたが。
「そこの者が何をしでかすか分からないので、馳せ参じました」
————そういう問題じゃないだろうが。馬鹿が。
普段使わないような言葉で芳樹は宰相を罵る。
どうせ魂胆は分かっている。俺達転移者のことをよく思っていない奴らの筆頭だからな。今回の謁見で不都合なことを言わないかどうか俺を監視しにきたんだろう。
5分後。相も変わらず王と宰相の押し問答は続いていた。王は宰相をこの部屋から追い出して早く芳樹の話を聞きたいが、相手が宰相のために強く出れないでいる。宰相も意味の分からない持論を持ち出しては、何が何でもこの部屋から出されないようにしていた。こんな茶番を見せられている芳樹の内心は冷えきっていた。
どの時代でもどの場所でも助けとは外部からやってくるものである。それはこの状況も例外ではなかった。
鈍色の鉄でできた扉が急に不快な音を立てて破裂する。扉があった場所から出てきたのはフィオナだった。
着ている外套は鋭利なもので斬られたような跡や、焼け焦げた跡、そして緋色の外套といってもおかしくないぐらい血痕がついている。だが、ボロボロになったローブから見えているフィオナの柔肌は、痛々しい傷を1つも負っておらず、真っ白な肌がアンバランスだ。この姿に劣情を抱いてしまう者も少なくないだろう。
この場にいる男は3人。王と芳樹は劣情を抱いた後そんな自分を恥じ、視界にフィオナを入れないように目線を下げる。
そんな2人とは対照的に宰相であるモライムは歯をガタガタと鳴らし、一歩、また一歩と後ずさる。この3人の反応を見たフィオナはモライムが企てたことだろうと結論付けた。
「モライムよ」
「ひっ!」
フィオナが名前を呼ぶだけでモライムは体をビクリと震わせる。それを見て毒気が抜かれたフィオナはジト目でモライムを見つめる。
「今回の依頼の報酬をもらいに来た」
「へっ……?はっ、はい!!分かりました!」
「その前にだが、証拠の提示をしようか」
フィオナはモライムにそう言うと、懐から袋を出す。そしてそれをモライムの足元に投げ捨てる。袋が着地した衝撃で中身が転がり出る。
「なんですか。これは、うっ!?」
それらは排除した証拠という意味では一番の証拠と呼べる物、所謂生首だった。それも4つ。
一連のやり取りを見て、王は怪訝な顔をする。王の間に生首を転がしたからではない。ゾディアックのメンバーである者達の始末という大きな依頼を王である自分を通さなかったモライムにだ。
「ああ、それと。自分達のペットならちゃんと躾けてくださいね」
フィオナは懐から取り出したように見せてアイテムボックスから取り出した2色の剣をこれまた投げ捨てる。
その剣を見たモライムは顔の色を片方の剣のように真っ青にする。口をパクパクと開け閉めしてまるで金魚のようだ。
「それはテッレモートとアオスブルフの物か?」
王が2人のやり取りに参加する。その顔はすでに一国の王としての顔になっている。
「はい。彼らと共同するつもりでしたが、彼らがゾディアックを無視して俺を殺そうとしたので」
王はモライムを睨む。だが、モライムにとって王より恐ろしい化け物に睨まれたあとなのだ。もうすでに心はモライムのそこにはなかった。
「はあ、もう報酬は後日で構わないので、今日は帰りますね」
フィオナとしては騒動に関わるつもりもなかったし、ごたごたが回復してから改めて訪ねたほうがいいと思ったからだ。
背後から聞こえる王の待って欲しいという旨の言葉がフィオナの耳に聞こえるが、それをシャットアウトして、窓からさっさと退散する。きっとあの宰相は断罪されることだろう。
「ざまぁ見ろ」
フィオナは空中で悪態を呟く。
とここで水晶から余計愛しく思える声が聞こえる。
「よかったんですか? 報酬をもらわないで」
「今になって後悔」
「馬鹿ですか?」
クロエの罵詈雑言をBGMに、フィオナは水晶にこっちから通信を終了させる機能を付けるべきだと心の底から思った。




