33 策略
「連日通うことになるとは思わなかったね」
フィオナはまたも、ウル王国からの依頼を受けていた。実際のところ、依頼を受けているのはクロエだが。
「こちらとしても、連日あなたを頼りたくはなかったんですがね」
目の前で話している男性をフィオナは知らなかった。フィオナは人の顔を覚えるのは得意ではないが今回はきっぱりと見たことがない顔だと自信をもって言い切れるだろう。
「ところで、あなたはどちら様で?」
「まさか、私を知らないとは……。私は宰相のモライムです」
ああ、宰相さんね。それならまあ、依頼するにあたって不自然な地位ではないな。
フィオナは罠の危険があるかどうか、しつこく吟味していた。フィオナが腰に手を当てて訝しげに見ていると、その視線に気付いたのかモライムは目を吊り上げる。
「まあ、いいでしょう。それじゃあ、仕事の話をしましょうか?」
なぜかフィオナが仕方ないといった態度で話を依頼の話に切り替える。モライムからするとフィオナの態度は虫唾が走るレベルだが、ふぅとため息を吐くと頭を切り替えた。
「今回の依頼の説明をしましょう。今回の依頼は、ウル王国とニップール帝国の境界線近くで戦っているカラミティーの救援に行ってもらいます。」
「カラミティーが危険に陥っているんですかね?」
「はい。相手はゾディアックです。敵はいずれも強力ですが」
「え!?いずれも?敵って複数?」
「はい。敵は確認した中では4名。他に敵軍がいないところから奇襲部隊だったと推測されます。確認できたメンバーは牡牛座のタウルス。蟹座のカンケル。射手座のサギッタリウス。天秤座のアクアリウスです」
フィオナは嫌そうな表情を浮かべる。そのまま、空を見上げる。
————ああ、なんて空は美しいのだろう。俺の心を洗い流してくれそうだ。天気は曇りだけど。
フィオナの一連の行動を見て、モライムは慌てて言葉を紡ぐ。
「ですが、味方はテッレモートとアオスブルフです。つまりはカラミティーの1位と2位です。彼らと共同してゾディアックを撃退ではなく、排除してください」
「この戦いで仕留めろと?」
「はい。その代わりといっては何ですが、報酬は白貨10枚です」
フィオナは頭の中でリスクとリターンを計算し、必死で秤に乗せて量っている。
「……まあ、いいでしょう。依頼の確認をします。敵を全て排除する、でよろしいでしょうか?」
「ふむ、その考えで間違っていませんよ。それじゃあ、吉報を待っていますね」
▽
目的地である戦闘地帯に行くための手段として選ばれたのはドラゴンだった。といってもドラゴンに直接乗るわけではない。転移者たちの時のように、部屋に入りそれをドラゴンが足でつかんで運ぶというものだった。
「思ってたよりも快適で困る」
想像していたよりも、何倍も快適な部屋でフィオナはゴロゴロと床を転がっていた。まるで自室が空を飛んでいる見たいだとフィオナは思った。
とここでその内ポケットで存在を主張している物をフィオナは思い出す。
それは水晶だった。だがそれは片手に収まるぐらいの大きさだ。世間一般からしてみると小さすぎて使えない、出来そこないの水晶といった感じだ。
「テスト、テスト。こちらクロエ。通信障害とか起きてない?」
その水晶から声が聞こえなかった場合は出来そこないだっただろう。だが、それは魔の地の技術を結集して作ったこの世に1つしかない小型の通信用の水晶だった。
「こちらフィオナ。通信良好、ノイズもないね」
「ならいいのですけど。そういえば、今回の依頼はすこし臭います。気を付けてください」
「何時だって気を付けてるよ。危険じゃない依頼なんてないんだからさ」
「それもそうですね。それでは、通信終了」
クロエの声が聞こえなくなった部屋は聞こえる前と何1つ変わっていないのにも関わらず、まるで色が剥げ落ちたかのようにフィオナは感じた。
事前に聞かされていた到着時間まで、残り30分。フィオナは部屋よりは色が溢れている外界を見下ろしていた。
ガコンという音をフィオナの耳が脳に伝えた瞬間に、急な浮遊感がフィオナを襲った。下を見ると窓から見えてた風景と全く同じ風景が見える。その風景は最初はゆっくりと、しかしどんどん速くなりながらフィオナに迫ってきた。
ここでようやくフィオナは意識を戻し、羽に意識を集中させる。がフィオナの真下で戦っている彼らが見えたフィオナは瞬時に羽から風魔法に切り替える。
がフィオナは風魔法を発動せずに、そのまま自然に任せ落下していく。地面に激突する直前に風魔法で落下の衝撃を抑える。
ドンという着地音を鳴り響かせたフィオナ。彼女を、戦っていたはずの6人が一斉に視線の槍で射貫く。その視線の全てが敵意と殺意を孕んでいる。
フィオナが『それ』に気付いたのと同時に水晶から愛しいクロエの叫び声が聞こえる。
「フィオナ!?これは罠です!ウル王国が裏切りました!!今すぐ撤退してください!!」




