32 過去との決別
いつも通りの日。暑くもなく寒くもなく、だからといって丁度いいとも言いにくいような日。
彼は、いや彼らはいた。連日、森の中で武者修行のような特訓していた。武者修行だといっても、男1人、女3人の比率を見たら本当に修行か? と疑いたくなってしまうのは男の性だろう。
「おい! そっち行ったぞ!」
「任せて! はぁぁぁぁ!!」
アルバートが追い込んだ獣。それに待ち伏せしていたロベルティーネが斬りかかる。銀色をした鉄剣は獣の首をまるでないもののように斬り落とし、一拍してからゴトと首が落ちる音がする。
「よし、これで完璧だね!」
「ああ、この切れ味ならあの傭兵にも効くだろうな!!」
彼らは手を取って喜んでいる、がそれを見ているエルザは冷え切っていた。
————当たらないのだから意味ないじゃない。
彼女の冷えている頭で出した結論はどうして、芯を捕らえていた。
エルザは腰まで伸びている髪を手で押さえながら視線を空に移す。エルザはそれが現実逃避だと分かっていながらも、そうするしかこの哀しい気持ちを抑える術を知らなかった。
そう、エルザは迷っていたのだ。この勇者一行の旅にこのまま同行するべきか、ここで別れるべきか。その原因は自分であり、アルバートだった。
この旅が始まったときは、エルザとアルバートの2人だけだった。その事実をエルザは大層喜んだ。その頃はエルザはアルバートのことを好いており、アルバートもそのエルザの気持ちに答えていたのだ。しかし、この旅で助けた女性がメンバーになるにつれてエルザはその気持ちが薄れていった。
1人目でアルバートはエルザの気持ちに答えなくなり、2人目ではエルザも呆れた。
そしてアルバートに対してたまっていた気持ちはこの武者修行で噴火のように一気に溢れ出てしまった。
それは武者修行中にも他の女性といちゃいちゃしていたアルバートを呼び出し、話をしたときだ。この時点でエルザはイライラしていた。が、まるで浮気がバレた夫のようなフワフワとした事しか言わないアルバートについにエルザはキレてしまったのだ。
「昔は好きって言ってくれたのに今はもう言ってくれないのね! この甲斐性なし!!」
そう言ってエルザは近くにある首都、つまり故郷なのだが、そこに向かって走った。そのまま走り続けてどのくらい経ったのだろうか? エルザは首都に到着したのだ。しかしその道中をエルザは覚えていなかった。
エルザは、この国の貴族の娘である。普通なら貴族の娘がどこの馬の骨かと分からない勇者と旅はしないだろう。しかし不幸なことにエルザは勇者に恋をした。それを親は応援し、推薦したのだ。さらに不幸は続く、エルザは魔法の才能を持っていた。いや持ってしまったのだ。
魔法の才能を持っていたことでようやく、エルザは勇者と一緒に旅をする権利を得た。
ここまでしたのにもかかわらず、負けて帰ることなどエルザができるわけがなく、近場の安い宿に泊まった。
そのまま何日が過ごしたときに勇者がこの首都に来たことを噂で聞いた。それはこの首都に来てから毎日通っているレストランでのことだった。その噂を聞いたエルザはすぐさまにレストランを出る。
そして宿に帰っている途中で、アクセサリを買っている見覚えのある者を視界の端に捉えたのだった。
▽
「つまりは、浮気にイラついたエルザはアルバートを捨ててこの町に来たんだね」
「大体があっているから困るわ……」
フィオナが出した結論はエルザの心を抉っていった。しかしフィオナが続けて発した言葉でエルザは驚く。
「じゃあ、アルバートに私を選んで! みたいなことを言って、無理だって断られたら実家に帰ったらいいじゃん?」
「そんな簡単な話じゃないのよ」
エルザは、注文したケーキを食べながら苦い顔をする。まるでケーキが苦いみたいだと思い、フィオナは薄く笑う。
「だって、このままいたら時間が勿体ないじゃん。それぐらいだったらスパッと断られて実家に戻ってもっと別のことに時間をかけた方がいいよ」
そのフィオナの発言にエルザはため息を吐く。そう自分でも分かっていた結論にフィオナも辿り着いたのだ。
しかし、フィオナはまだ、発言する。
「大丈夫だよ。困ったら俺も、手伝ってあげるから」
フィオナはニイと笑ってエルザの背中を押す。アルバートにもかけられたことのない言葉はエルザの心を優しく包んだ。そしてそれがエネルギーとなる。
「分かったわ。ちょっとけじめをつけてくるわね」
エルザはフォークを孤独に佇んでいる皿の上に置くと、吹っ切れたような顔をして喫茶店から出ていく。
1人残されたフィオナはやり切ったような表情をして、窓から空を見上げて呟く。
「これで勇者の勢力が減っちゃった」
この女。想像よりも悪女である。
エルザは町を見渡す。するとすぐに人だかりが目に入る。経験則を頼る様に、エルザはその人だかりに向かう。
そこには人に囲まれている勇者一行がいた。そしてその姿を客観的に見て、エルザは今まで私もあんな風にしていたのか、と羞恥した。
そしてエルザはそこから一歩、足を踏み出す。ここでようやくエルザの存在に気付く。
「エルザ!? 探したんだってうわっ!!」
エルザはアルバートの腕をつかむと路地裏に連れて行った。それでアルバートとの最後になるかもしれない会話をする。
「本当に、私を選ぶつもりはないの?」
「なっ、なんのことかな~?」
エルザは悔しくなる、こんなやつにずっと付き添ってきたのか、と。悔しくなりすぎて唇を噛んでいると、口腔に鉄の味が充満する。
「そう。あなたの気持ちがよく分かったわ」
「そうか。じゃあ、パーティに戻ってきてくれるんだね?」
「これが、返答よっ!!」
エルザはアルバートを思いっきり殴った。全く予想だにしていなかったアルバートは受け身を取ることもできずに、家の外壁に頭部を強打しそのまま意識を手放す。
それをみて満足気なエルザは、来た方向とは逆のところから路地をでる。
本日のある貴族の家は大騒ぎになった。なんせ何年かぶりに娘が帰ってきたのだから。侍女は大慌てでドレスを用意して、お化粧をする。
するとお化粧をしている侍女があることに気が付き悲鳴のように言葉を絞り出す。
「お嬢様! 唇が切れていますわ!?」
お嬢様と呼ばれた女性は、堂々として侍女に強く言い切った。
「これは過去との決別の証よ」
遅くなってすいませんでした!
最後のところ、もうちょっと描写を詳しくしてもよかったですかね?




