15 初めての依頼達成
「この攻撃に対応できるのか。弱いかと思っていたが存外、な」
執事は苦虫を噛み潰したような顔をして言い捨てた。
そして右手に持っている途中から折れている剣を左手でなでる。すると先ほどまで折れていた剣が再生する。
フィオナは認識を変える。今回の依頼は簡単な依頼じゃないと。
「俺は傭兵のフィオナ。お前は?」
「ゾディアックのゲミニだ」
「ゾディアック?」
「この業界でゾディアックを知らないとはな」
ゲミニは持っていた剣を居合のように腰に合わせる。フィオナは結界を張るが、ゲミニ知ったことないようにそのまま振る。
フィオナは嫌な予感がし、後ろに倒れこむように身体を反らす。するとフィオナの上半身があった部分の空間が歪む。まるで歪んだ空間から死神が手招きをしているようだ。
ゲミニはフィオナが体勢を崩したのを確認してから距離を縮めようと駆ける。フィオナはそのまま後ろに飛んで距離を開けようとするが足に痛みが走り、たたらを踏む。ここで筋肉痛を思い出し自分の身体に悪態をつく。
結果、元のステータスなら圧倒的に勝っているはずのフィオナはゲミニに予想外の苦戦を強いられることになった。
フィオナはゲミニが振り上げた剣を足場にしてバク宙をする。そのまま空中で炎の槍を生み出し撃つ。ゲミニは涼しい顔をして炎の槍を切り裂く。
普段のフィオナならこの炎の槍の時点でゲミニを肉塊にすることは可能だろう。しかし今は自由に動くこともできない。その状態で魔力を大量に込めることに集中すると『もしかしたら』がおこるかもしれない。その考えがフィオナの脳内に漂っていた。
「速い。ここまでのはゾディアックにも・・・。あの報告は本当だったのか」
ゲミニは焦っていた。この戦いにではなく、この存在にだ。
ここまでの実力者がフリーでいることに対する恐怖。さらにまだ子供のようにも見える。もしこの存在がさらに力を増したら自分も食われる可能性があると推測していた。そのためゲミニは不安の芽であるフィオナを摘むことにした。
この時点でゲミニは勘違いをしている。そう、すでに自分が食われる側ということを。
現時点の実力は拮抗していた。フィオナがゲミニの上空5メートルに10×10メートルの土の壁を作り、つぶそうとする。それをゲミニは剣で斬り刻んで回避する。そこでフィオナを見失う。
2秒後、ゲミニは危険察知で背後から来る5本の氷の槍に気付く。振り返りながら剣を横なぎに振り今までのように槍を斬り落とそうとする。が、槍は斬られることなく剣にはじかれてゲミニの背後の地面に刺さる。
はじかれた槍の1本がゲミニの脇腹をえぐる。
お返しとばかりにゲミニは地を駆けて、フィオナの腕めがけて剣を振ろうとする。
ゲミニは確信した。斬った、と。だがいくら剣を振ろうとしても一向にフィオナの腕は斬れない。3度目でようやく気付く。自分の腕が無いことに。そして自分の腹部に氷の槍が刺さっていることに。
フィオナは土の壁で得た2秒で氷の槍に風魔法を合わせてジャイロ回転を生み出していた。それにより斬られることなくはじかれたのだ。そして地面に刺さった氷の槍を操作しゲミニの肩と腹部を後ろから刺した。
当然ゲミニはなぜ自分の腹部に氷の槍が刺さっているのか理解できなかった。だが負けたことだけは理解した。
「そうか、俺は負けたのか。油断はしなかったのだがな」
フィオナは仰向けに転がっているゲミニを見下ろしている。その視線には油断なんかが混じる余地もない。
「それが死にかけに向ける視線かよ。ほら、これが依頼の報酬だ」
「殺した相手から報酬をもらうってのは変な気分だな」
「約束を破らないのが俺の流儀でね」
フィオナはゲミニの手からこぼれた金貨5枚を受け取る。
フィオナが受け取ったのを見てからゲミニは1度吐血し、動かなくなった。
ここに貴族が3人いることを思い出し、辺りを見渡すと3人仲良く腰を抜かしていた。
「よかったな、魔物狩りよりも貴重な体験ができて。じゃあ、帰るぞ」
フィオナは吐き捨てるように言い、元の馬車があった場所に貴族を連れて戻る。
御者に帰るように伝える。御者は執事がいないことを訝しみながらも馬車を動かして来た道を戻る。
「なあ、俺の元で働かないか?」
帰る途中の馬車の中でフィオナは貴族に勧誘される。
「お前、名前は?」
「……は?」
「名前だ。名前はなんだ?」
フィオナの態度にムッとした様子だが、先ほどの戦闘を見た後だからか、睨むこともできないようだ。
「アルラ。アルラ・スルキウラだ」
「そうか、アルラ。俺は人間の下に付くこと自体が嫌なんだ。だから自由な傭兵をしている」
フィオナの言い方は自分が人間ではないような言い方だがアルラは気に留めなかったようだ。アルラはフィオナが絶対に自分の下に付かないことを知り、慌てて目的を変える。
「なら、顔だけでも! 顔を見せてくれてもいいんじゃないか!?」
「次から贔屓してくれるって言うんだったら構わない」
本来、クロエに言われたように素顔を見せるのは褒められた行為ではない。だが、コネの1つもないフィオナにとっては素顔を見せるだけでコネが作れるのは魅力的に思えた。
それにこの貴族たちに見られたところで支障がでるとは到底思えなかった。これは信用ではなく舐めているというのだが。
「分かった」
と馬車が止まる。どうやらアルカディア王国の首都までたどり着いたらしい。
フィオナはフードを捲り、お面を外す。
アルラ達はフィオナの素顔に絶句している。フィオナはその反応を意に介さず、そそくさとフードを被り馬車から降りる。
フィオナが降りる直前、アルラが小さな声で
「かわいい。……欲しい」
とかすかに言ったのをフィオナは気付いてはいなかった。
馬車から降り、飛ぶために森へと向かう。
「ゾディアック、か」
フィオナにとって初めての依頼はしこりが残るものだった。
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