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7. 挑戦者たち

 《黎明迷宮(ザ・ドーン)》の地下一階は、大きく三つの区画(エリア)に分けることができる。

 まず最初に、迷宮(ダンジョン)の基本的な仕掛けや簡単な罠、木偶人形(パペット)たちが配置されている小手調べの区画。ここで死んでしまうような連中は、そもそも挑戦者に向いていない。

 そこを過ぎると、すぐに地下二階への階段が見える大広間へと辿り着く。ただし、階段への道は鉄格子の扉で閉ざされている。扉の鍵は、大広間からさらに奥にある二番目の区画のどこかに落ちているのだ。


 そして最後に、迷宮の入り口にある落とし穴の中から入ることができる、隠された区画。大広間までの経路を大幅に短縮できる上に、途中の玄室には、灰妖精ペコラスの師匠が《秘術(アルカナ)》で強化したという業物の武器が今も安置されている。

 「今も」ということは、この隠し区画を用意してから何年も経っているのに誰も利用していなかったわけで、オゥミ氏としてもいい加減なんとかしなければ、と考えていたのだろう。


 そんなわけで、落とし穴の先の部屋には《擬装(ディスガイズ)》のかけられた看板が設置された。そしてその翌日から、高額報酬に釣られた私が挑戦者に扮して、地下二階への階段前の大広間で露店を開くことになったのだった。


    †


 地下一階の大広間の天井は、四本の柱によって支えられている。それぞれの柱には《固定化(ステイブル)》付きの《秘術の灯火(アルカナ・キャンドル)》が収められていて、広間を淡く照らしている。

 私はそんな柱の一本に背を預けて座ったまま、目の前の男を観察していた。


 床に広げた敷物の前に屈み込み、並べられている商品を物色していた黒髪の剣客(フェンサー)が、値札を見てしかめっ面になった。


「ロープ一束に金貨十枚というのは、さすがに高いのではござらぬか」


 口をへの字にして眉根を寄せると、顔の傷も相まってなかなか威圧感のある様相である。けれど、相棒やオゥミ氏と比べたらどうということはない。


「この値段でも買ってくれる人はいますし」

「しかし、外の倍、というのはなァ」


 なんとも困った様子でちらちらと私の様子を窺ってくる男に対して、黙って首を横に振り、外套(クローク)のフードを少し深く被り直す。迷宮の外で出くわすことは無いだろうけれど、なるべく顔を覚えられたくはない。

 そもそも、ロープなんて探索の必需品だろうに、用意していない方が悪いのだ。別にこの副業で儲けようと思ってはいないけど、相手は挑戦者である。相応の対価を貰いこそすれ、サービスしてあげる謂れはない。


「いや、持ってはいたのでござるよ。それが、ここに来るまでに使ってしまって……」

「えっ?」


 思わず顔を上げると、剣客さんと目が合ってしまった。その表情は、嘘や冗談を言っているような感じではなかった。

 ロープに頼らないといけないような仕掛けなんて、チュートリアル区画にあっただろうか。


「えっと、どこで使ったのか聞かせてもらっても?」

「ほら、すぐそこに大きな落とし穴があったでござろう。そこを渡るために、ロープを張ったのでござるよ」

「あー……」

「二重にできるだけの長さが無かったゆえ、手元に回収できたのは鉤爪(フック)だけでなあ」


 彼が言っているのは、チュートリアル区画の一番最後にある落とし穴のことだろう。

 落とし穴の先には鉄格子の扉があるから、フック付きのロープを投げて引っ掛けることができれば、確かに渡れそうではある。ただし、落とし穴の手前から鉄格子までは十メートル近く距離があったはずで、かなりの力量が必要なんじゃないだろうか。


 剣客さんの言わんとすることは理解できた。けれど。


「そこって、手前の部屋の仕掛けを動かせば、普通に進めるようになりますよね」

「なんと!?」


 心底驚いたような声を上げているけど、試してみたりはしなかったんだろうか。


「何度も木偶人形どもに囲まれては堪らぬと思って、スイッチやレバーにはなるべく触れぬようにしていたのでござるが」

「でも、そんな仕掛け、この先も沢山ありますよ?」

「そうであったか……いや、拙者、(ハク)都の大迷宮がどんなものか、ひとまず挑戦してみようと飛び込んだ次第でなあ」


 なんとなく侍っぽいから、多少は知恵が回るのかと思ってたのに、この調子だとすぐに行き詰りそうである。

 そもそも、たったひとりで迷宮に挑もうとしている時点でかなり無謀なのだけど、そこは突っ込まないでおこう。恐らく、彼の目的は自身の腕試しなんだろうし。


 剣客さんは腕を組んでなおも唸っていたものの、やがて諦めたのか、大きく息を吐いて立ち上がった。


「無念だが、その値では手が出せぬ。このまま行けるところまで行ってみるとしよう」

「何かお宝を見つけたら、私が買い取ってもいいですよ」

「どうせ、それも買い叩くのでござろう?」


 どうでしょうかね、と慣れない笑顔で答えると、彼は苦笑しながら通路の奥へと進んでいった。


「……さて、と」


 さすがに手練らしい、静かな足音が十分に離れるまで待ってから、広げていた商品を手早く片付ける。

 落とし穴にロープが残っているなら、次の挑戦者がやってくる前に回収しておいた方が良さそうだ。


    †


 それから数時間後。

 次に大広間に入ってきたのは、なんともガラの悪そうな二人組だった。広間の奥の方で座り込んでいる私の姿に気付くと、彼らはひそひそと会話を始めた。


「何だ、ありゃあ」

露天商(ストール)じゃないか? 安全な場所に陣取って、道具やら食糧やらを売りつけてくる連中がいるって、聞いたことあるぜ」


 じろじろとこちらを観察しながら、剣を携えた軽戦士らしき男がにやにやと笑う。安全な場所、ねえ。


「ガキひとりじゃねえか。丸ごと頂いちまおうぜ」

「……悪くないな」


 杖を持った術士が小さく頷くと、戦士は大きな足音を立てながら、私の方に近づいてきた。

 右足でわざとらしく敷物の端を踏みつけてから、彼は大声を上げた。


「なあ、坊主。誰に断ってココで商売してやがるんだ?」

「お、おおう」


 絵に描いたようなチンピラ具合に、ついつい感嘆の声が漏れてしまった。しかし、迫力で言えばさっきの剣客さんの方が遥かに上である。この程度で動じていたら、《市場(バザール)》で買い物なんてしていられない。

 こういう時のためにオゥミ氏から貰っていたものを、懐から引っ張り出して掲げてみせる。


「そいつがどうした」

「商人組合の許可証ですけど」


 実際、私のではないのだけれど、真贋で言えば紛う事なき本物である。うっかり罠に引っかかってしまった商人の持ち物を、有効活用させてもらっているのだ。

 男の手が伸びてきたのをかわして、許可証を仕舞い込む。馬鹿にされたと思ったのか、男は腰の剣に手をかけ、左足を踏み出して顔を近づけてきた。


「なんだ、女じゃねえか。いいから黙って──」

「それ以上近づくと、危ないですよ」

「あぁ?」


 敷物の下に隠されたスイッチが荷重を受けて、仕掛けが発動する。床から勢いよく飛び出した鉄槍の壁が、男の鼻先を掠めていく。

 情けない声を上げ、慌てて飛び下がった戦士の横で、術士の男が杖を構えた。


「こいつ、舐めやがって! 《小さき火よ(ロウ・フラム・)──》」

「止めた方がいいですよ」


 床下に引っ込んでいく鉄槍の陰から立ち上がり、首から下げた《護符(タリスマン)》を示してみせる。


「地下一階で退場なんか、したくないでしょう?」

「む……」


 私のハッタリを真に受けて、術士は詠唱を中断した。相手に秘紋(シジル)を解読できる力量があったとしても、この距離、この暗さなら、《護符》の種類までは識別できないはずだ。

 姿勢を立て直した戦士に注意を向けながら、ダメ押しの一言を付け加えておく。


「それに、組合を敵に回したら、街でも買い物できなくなりますよ」

「……ちっ」


 術士の男は杖を下げ、剣を抜こうとした戦士を引き止める。ふたりは私の方を警戒しつつ、慎重に大広間を横切っていく。

 捨て台詞も聞けるかと思ったのだけれど、残念ながら、彼らは無言のまま先へと進んで行ってしまった。


    †


 迷宮の入り口にある鉄格子の扉と落とし穴は、チュートリアル区画の出口にある鉄扉と連動している。そのため、誰かが最初の区画に挑んでいる間は落とし穴が閉じることはなく、次の挑戦者は待たされることになる。

 それはつまり、数時間に一度しか新しい挑戦者がやってこないということで。


「ぶっちゃけ、暇だし……」


 さすがに三日目ともなると、やることが無くなってくる。

 ペコラスから借りた《秘術(アルカナ)》の入門書はいい睡眠導入剤になるけれど、さっきみたいな連中が来るかもしれないのに呑気に船を濃いではいられない。寝ぼけて目の前の罠を発動させてしまった日には、大惨事になること間違い無しだし。

 かと言って、休憩のために最下層まで戻るのも気が進まない。エレベーターか転移装置(テレポーター)の早急な設置を望みつつ、迷宮の改善案についてあれこれと手帳に書き込みながら、どうにか時間を潰して過ごしていた。


 外套から左手を出して、《腕輪(ブレス)》で時間を確かめる。迷宮の外では、そろそろ日が暮れる頃合だ。夜になれば入り口は閉鎖されるらしいから、恐らくは次の一組が本日ラストの挑戦者になるだろう。


「ござるの人もチンピラーズも戻ってこないなー」


 鍵を見つけられずに彷徨っているのか、地下一階にも関わらず行動不能(リタイア)に陥ってしまったのか。途中で鉢合わせて、鍵の奪い合いになった可能性も捨てがたい。

 何にしても、もうしばらくは暇そうだと思った矢先に、小さな足音が聞こえてきた。手帳をポケットに収め、目を閉じて耳をすませる。


「……三人、かな」


 音の聞こえる方角は、チュートリアル区画の出口の鉄扉でも、鍵の隠された区画に繋がる通路でも、地下二階へと続く階段の方でも無かった。

 何の変哲も無い壁の向こう側から聞こえてきた、男女の会話に意識を集中する。


「ここまで来て行き止まりかい、ウィード?」

「いいや、安心しな、アンヌさんよ。こっちにレバーが隠れてやがるぜ……おい、サイト。幻術はかかってねぇだろうな」


 三人目の声は聞こえない。けれど、肯定はしたのだろう。リーダーらしき年老いた女の声が、さっさとレバーを動かすように指示したものの、ウィードと呼ばれた男は斥候役らしく慎重に安全を確かめていく。


「まあ、ちょっと下がっててくださいって。お前もだ、サイト。ぼさっとしてんじゃねえ」

「うぐっ……」


 突き飛ばされ、床に転がったのは三人目だろうか。年若い男の呻き声に、この三人組の上下関係を把握して、思わず苦い顔になってしまう。

 罠が無いことを調べ終えたのか、やがて仕掛けが動き始めた。石壁の一部がごとりと動き、音を立てながら少しずつせり上がっていく。


 隠し扉を抜けて大広間へと入ってきたのは、予想通り三人組の挑戦者だった。

 小型の弩弓(クロスボウ)を構えた斥候らしき中年の男が先頭に立ち、長い杖をついた術士と思しき赤髪の老女と、大きな袋を背負った黒髪の少年の順番で姿を見せ、それぞれが周囲を見回している。


「どうやら、ちゃんと知ってる場所に出られたようだねえ」

「そのようで。一度戻りますかい?」

「馬鹿言ってるんじゃないよ。アタシにゃ時間が無いんだ。今回こそ最奥まで行って、万能薬(パナシーア)を手に入れるんだ。いいね?」

「はいはい、分かりましたって。だったら、さっさと鍵を見つけて……おっと」


 会話の途中で、男は私の存在に気付いたらしい。言葉を切って身構えたものの、彼はすぐに緊張を解いて露店へと近づいてきた。


「どうぞどうぞ、見ていってくださいな。何か入り用じゃないですか?」

「こんな浅い場所で店広げても、大して売れやしねえと思うぜ、嬢ちゃんよ」

「そう、みたいですねえ」


 全く男の言う通りなのだろう。実際、この三日間で売りつけることができたのは、携帯食糧(レーション)ひとつだけである。

 駄目で元々、陳列していた道具のひとつを拾い上げて差し出してみる。


「えっと。探索のお供に、これなんてどうでしょう」

「折り畳み式の二メーテ棒だろ。持ってるさ」


 つれない返事に、目の前の男が斥候であることを確信する。あの少年に対する態度は気に食わないけれど、ひとまずは彼から話を聞く必要があるだろう。


「というか、そんなところに隠し扉なんてあったんですね?」

「ん? ああ……」


 男はちらりと老女の方を見てから、「まぁ、いいやな」と呟いて敷物の前に屈み込んだ。


「未発見のルートを見つけたんだよ。おかげで入り口からここまで一刻とかからずに来られたぜ」

「なんと、それはそれは。もしかして、お宝なんかも見つけられたり?」

「そう見えるかい」


 少しばかり自慢げな様子からして、どうやら業物の武器はこの挑戦者たちの手に渡ったらしい。

 となると、彼らが《擬装》を看破した可能性が高い。先ほどの会話からして、サイトという名の少年が怪しいのだけれど。


「えっと、彼は、荷物持ちですか」

「ちょっとばかり目が利くだけで、戦闘も探索もからっきしでよ。俺らが上手いこと使ってやってるのさ」


 黒髪の少年は、顔を伏せたまま何かを呟いている。私の耳でも、ちょっと小声すぎて内容を聞き取れなかった。


「斥候、術士に、荷物持ちの三人だと、戦力的に心許ない気がしますけど」

「アンヌ婆さんを知らないのか? ここいらじゃ有名な術士だぜ」

「ああ、あの人が」


 全然知らないけれど、話を合わせて頷いておく。これでも地下八階まで行ったことがあるだとか、幻術のかかっている仕掛けを片端から解除してやっているだとか、どうにも気になる話が始まったところで、老女の大声が広間に響いた。


「ウィード! いつまでもべらべら喋ってんじゃないよ!」

「おっと、いけねえ」


 男は肩をすくめると、陳列されている商品をもう一度眺めてから立ち上がった。


「じゃあな、嬢ちゃん。もっと下の階層で会おうぜ」

「はい、ではまた」


 男は周囲を警戒しながら、奥の通路の方へと歩いていった。少し距離を置いて、ふたりの同行者が後に続く。それが基本の隊列なのだろう。


 《秘術の灯火》が、目の前を横切っていくふたりの横顔を照らし出す。腰の曲がった老女は、不機嫌そうなしかめ面のままずんずんと進んでいく。そのすぐ後ろを、重そうな荷物を背負った少年がふらふらとついていく。


「まったく、あの調子じゃコイツの真名(マナ)までうっかり喋っちまいかねないねえ。どうしたもんだか……」

「……絶対……自由に……誰か……」


 老女の小声のぼやきと、かすかな少年の呟き。どちらも耳に届いていたけれど、私の意識は少年の横顔に向けられていた。


 私の記憶が確かなら、私の推測が間違っていないなら、やはり彼が今回の件の原因であるようだった。

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