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6. 秘術使い

 転移の際に発生する明るい輝きが薄れていき、お馴染みとなった迷宮(ダンジョン)の大広間が見えてくる。


「はい、毎度ありがとうございます、ノッカです!」


 先手必勝。大きく息を吸って声を上げ、頭を下げる。

 オゥミ氏は大抵、《召喚陣(コーラー)》に背を向けて地図を眺めたり新聞を読んだりしているため、こちらから声を掛けないとなかなか気付いてもらえない。

 これまで言い出す機会はなかったけど、家具の配置を変えた方がいいんじゃないだろうか。


 それでも、さすがにこれなら気付くだろう、と思いながら顔を上げる。しかし、大きなテーブルに牛頭の管理人の姿は無く、かわりに一番奥の椅子に座っていた白衣の青年と目を合わせることになった。


「……誰だ、君?」

「あれ?」


 周囲を見回してみるものの、オゥミ氏の姿は見当たらない。《黎明迷宮(ザ・ドーン)》の大広間のように見えるけれど、実は別の迷宮だったりするんだろうか。


「すいません、部屋(ダンジョン)間違えました」

「いや待て、早まるな。間違ってないぞ、多分」


 青年は立ち上がると、大きな机を回りこんで私の方に近づいてくる。

 端正な顔立ちと尖った耳は、《市場(バザール)》で野菜を売ったり蕎麦を打ったりしている妖精族の人によく似ている。けれど、彼の肌は灰色で、黒い髪は短く切り揃えられていた。


「えっと、あの、オゥミさんは?」

「何、ちょっと外してるだけだ」


 すぐに戻ってくる、と言いながら、青年は目の前までやってきた。細められた赤い目が、じっと私を見つめてくる。


鉱妖精(ノッカー)にしてはちょっと大きくないか、君」

「いえ、私、普通の人間ですし。ノッカは名前ですし」

「む、そうか」


 このやり取り、何度目だろうか。ワイスに「覚え易くていい偽名(とおりな)だろう」と言われて流された昔の自分の襟首を掴んで引き止めたい。

 白衣の青年は気にした素振りも無く、顎に手を当てて小首を傾げた。


汎人(コモニア)にしてはちょっと小さくないか、君」

「余計なお世話ですし」


 まっこと失礼な奴である。

 勝手に《召喚陣》から出ることもできず、私は背負い袋を下ろして踵を上げ、背筋を伸ばした。


「それで、貴方は一体、どちら様ですか」

「俺か」


 ナニ様ですか、と問いかけたい気持ちをぐっと堪えて尋ねてみれば、青年は手を腰にやってふんぞり返った。


「心して聞けよ。俺は偉大なる《秘術使い(アーケイニスト)》エルシャルト様の一番弟子、ペコラスである」

「はあ、左様ですか」


 偉大なる、なんて言われても知らない名前だし、ネギとか玉葱とかの類が脳裏を横切っていくのを振り払っていると、どこからか、かすかに物音が聞こえてきた。

 口を開こうとしたペコラスを右手で制して、目を閉じて音の出所に耳をすませる。


 ──大広間の下に隠された長い階段を、木箱を抱えた牛頭の大男が上ってくる様子が、頭の中に浮かび上がる。地下十階、最深部よりも下に何かあるなんて、全然知らなかった。


 目を開けて、視線を床の上へと向ける。分厚い石板でできているはずの隠し戸は、周囲の床石と同じように見えている。視覚から得られる情報が、「聴いた」結果と食い違っている。ということは。


「これも《擬装(ディスガイズ)》、かなあ」

「分かるのか?」

「えっと、まあ……」


 驚いたように聞いてくるペコラスには、曖昧に頷いておく。幻影に隠されていた重そうな隠し戸がごとりと浮き上がり、そこからオゥミ氏の上半身が現れた。


    †


 牛頭の管理者が階下の倉庫(バックヤード)から運んできた木箱の中には、様々な武具や装飾品が乱雑に収められていた。

 机の上に置かれたそれらを見渡すと、白衣の青年はポケットから《片眼鏡(モノクル)》を取り出し、左目にかけて作業を開始した。


「《識別(アイデンティファイ)》、ですか?」

「効果の分からんモノを放置しとくのはマズいからな。挑戦者どもの落し物はこうやって鑑定してから、迷宮に置くなり売り払うなりするわけだ」


 会話する私たちの横で、ペコラスは木箱の中身を一つひとつ確認し、紙にその効果を書きとめていく。なかなか大変そうな作業だなあ、と考えつつ、私はオゥミ氏に向き直った。


「それで、本題の前に意見を聞きたいって話でしたけど」

「ああ。地下三階の改修がそろそろ終わりそうなんでな、他に手を加えるトコロが無いかと思ってよ」

「だったら、人形(パペット)を何体か入れるのはどうです?」

「お前さんはそればっかりだなァ」


 横から口を挟んできた青年をさらりとスルーして、オゥミ氏は机の上に新しい地図を広げた。

 以前に取り決めた通り、隠し通路の先は袋小路に変わっていて、石巨人の部屋を必ず通らなければならないようになっているように見える。


「んー、このままだと巡回点検が面倒ですね」

「それは分かるがよ、別の場所に隠し通路を作っても、また同じことにならねえか?」

「結局、問題はそこなんですよねえ」


 ふたりして腕を組んで唸っていると、ペコラスが手を止めて顔を寄せてきた。


「何かあったのか」

「なんか最近、《擬装》で隠してる仕掛けや罠ばっかり細工されてるみたいで、オゥミさんが困ってるんですよ」

「なるほどな」


 どうやって見破っているのかを知ることができれば、対策を思いつくかもしれない。けれど、どうしたものかと以前から相談していて、まだ解決していないのだった。


「お前さんは《秘術使い》として、何か思いつかないかね?」

「《真実の目(トゥルース・アイ)》を使えば看破できるでしょうけど、長時間は維持できませんし……」


 それもそこそこ高度な《秘術(アルカナ)》で使い手も限られますからね、と続けてから、彼は何かに気付いたように私の方を見た。


「そういえば。さっき君、《擬装》を見破ってなかったか?」

「あー、えっと。アレはたまたま違和感に気付いただけだったし」


 視覚と併用すると強烈に酔って使い物にならないし、そんなに便利な《恩寵(ギフト)》ではないのだ。


「やっぱり、現場を押さえるしかないのかな」

「それがよ、小鬼どもに監視させてみたんだが、どうにもすぐ気付かれちまって、捗らんのよ」

「だったら、彼女に頼めばいいんじゃないですか」

「はい?」


 あろうことか、ペコラスは持っていたペンで私の方を指し示してきた。


「私、隠密行動とかできないんだけど」

「その必要はないだろう? 君は汎人なんだから、挑戦者の振りをして待っていればいい」


 彼は上層の地図をペンで叩いて、言葉を続けていく。


「どこか適当な場所に《擬装》をかけておいて、それに気付いた奴を重点的に調べていけば、犯人が分かるんじゃないか」

「ふむ、なるほどなァ……」

「なるほどなー、じゃないですし」


 私抜きで進んでいきそうな話を、両手を振って制止すると、牛頭の管理者に意外そうな顔をされた。


「駄目か?」

「だって、かなり危険ですよね、それって」

「ま、バレたらどんなことされるか分からないよな」


 他人事だからと軽く言ってくれる青年を睨みつける。痛いのとかは可能な限り避ける方向で生きていきたいのだ。


「いいからペコロスは黙って自分の仕事してて」

「ペコラスだ。名高い先人の名前にあやかっているのだから、間違えてくれるな」


 少しばかり機嫌を損ねた様子の青年を、頭の中で玉葱ヘアーにしてから、オゥミ氏に向き直る。

 何か別の方法を、と切り出す前に、彼は私から目を逸らして天井を見上げた。


「しかし、潜入捜査なら報酬は弾まにゃならんか」

「……むむ」

「もし上手く行ったら、成功報酬も出さんとマズかろうなァ」

「むむむ……」


 いやあ困った困った、とまるで困っていない口調で言われ、私は返答に詰まることになった。

 最近いろいろと入用だし、元の世界に戻るための資金も稼がないといけないわけで、寂しい懐事情なのはオゥミ氏に知られてしまっているのである。


「えっと……持ち帰らせてください」

「ああ、構わんよ。どちらにせよ、今日は別の用事で喚んだわけだしな」


 牛頭の管理者は満足そうに頷くと、再び地図へと視線を向けた。ようやく本題に入りそうな雰囲気に、私も姿勢を正した。


    †


 螺旋階段の踊り場で、私は抱えていた荷物を下ろして大きく息を吐いた。


「ちょ、ちょっと、休憩」

「またか。もう少し体力をつけた方がいいんじゃないか、君」


 白衣の青年が呆れたように見下ろしてくるけれど、大した荷物を持っていない彼に言われたくはない。

 特に今回の私は、いつもの背負い袋に加えて、大きな木製の看板を抱えているのである。


「《秘術使い》ならさ、ほら、えっと……《軽量化(ライトウェイト)》とか使えないの?」

「普段から用意しておくような《秘術》ではないぞ、それは」


 そう言いつつも、懐から携帯用の小さな秘術書(グリモア)を取り出してぺらぺらとめくっていたペコラスが、途中でその手を止めた。


「その大きさなら、《秘術の手(アルカナ・グリップ)》でなんとか運べるかもしれないが……」

「やってみる価値はありますぜ」

「何だ、それは」

「ぜひお願いします」


 意味が分からんと首を振りながら、彼は秘術書を目の前に掲げた。その姿勢のまま目を閉じて、呼吸を整え、ゆっくりと口を開く。


「顕現せよ」


 ペコラスの言葉を受けて、秘術書に描かれていた模様が淡く輝いた。力ある秘紋(シジル)が浮かび上がり、空間に溶けて消えていく。

 光の粒が揺らめきながら薄れていくのを見守っていると、脇に置いていた看板ががたりと揺れた。


「おわっと!」

「さあ、行くぞ」


 看板はふらふらと揺れながら浮かび上がり、ペコラスと共に移動し始めた。私も急いで腰を上げ、その後に続いて足を進める。


「すごいじゃん。そんなのあるなら先に言ってくれてもいいのに」

「あのな。重量はギリギリだし、運ぶ間ずっと意識し続けていなければならないんだぞ。これは、君の苦労を代わりに負っているだけだ」

「それはそれは、いつもすまないねえ」

「君とは初対面だった筈だが……っと、頼むから集中させてくれ」

「あ、ごめん。手伝おうか?」

「不要だ。そっちの方が、制御が難しい」


 どうやら私に出来ることは無いらしい。仕方ないので、黙って後に付いていくことにする。

 その後の足取りは順調で、私たちはすんなり地下一階まで登り切ることができた。


    †


 挑戦者に出くわさないように気をつけながら、地下一階を慎重に進んでいく。さすがに仕掛けを気にしながら《秘術》を維持するのは無理だということで、看板は再び私が抱えて運んでいる。


 目的地まであと少しというところで、ペコラスが私の肩を叩いた。振り返ってみると、彼は脇道の先に見える鉄格子を親指で指し示した。


「なあ、君。ちょっと寄り道してもいいか?」

「えっと、時間はあるけど……」


 そっちに何か見るべきものはあっただろうかと首をかしげながら、脇道へと方向転換する。

 青年が壁のレバーを引き下げると、がらがらと音を立てて鉄格子が上に開いていく。基本的な仕掛けではあるけれど、これも《秘術》の力で回り続ける歯車を使わなければ、作るのにかなり苦労するだろう。


 鉄格子の先は、およそ十メートル四方の広い部屋だった。中心には棺があり、それなりの財宝が収められている。

 ペコラスはまっすぐに棺へと歩み寄り、蓋を持ち上げた。


 背後で鉄格子が勢いよく閉まり、残る三方の壁の一部がせり上がっていく。その奥の暗がりに、いくつもの人影がじっとたたずんでいる。

 青年は立ち上がると、人影のひとつへと近づいていく。よく観察してみれば、それが木偶人形(パペット)であることに気付けるだろうけれど、薄暗い玄室の中ではなかなか難しいかもしれない。


「……《腕輪(ブレス)》を着けてなかったら、これ一斉に襲ってくるんだよねえ」

「ああ。さすがにそんな失敗はしないと思うが、気をつけろよ」

「それで、こんなところに何の用事?」

「こいつらに異常が無いか、ついでに調べておこうかと思ってな」


 そう言って、ペコラスは木偶人形を観察しながら背後へと回っていく。多少暗くても、彼は夜目が利くらしい。

 ある程度のダメージは迷宮の《秘術》で復元できるのだけど、パーツを持ち去られていたり、異物がくっついていたりすると、あれこれ支障が出てくる、ということらしい。


「これってもしかして、ペコラスが作ったの?」

「その通りだが」


 いろいろと指示を出して構えを取らせながら、青年は人形の状態を確かめていく。

 さすがに生身の人間と比べると動きがぎこちないけれど、なまくらの剣は振り回せてるし、割と細かい指示にもちゃんと従えているように見える。

 なんというか、戦闘に使うのはちょっと勿体無いんじゃないかと考えながら、私は黙って点検作業を見守った。


    †


 ペコラスの寄り道で遅れること数十分。私たちはようやく目的地である最初の部屋へと辿り着いた。

 この迷宮の入り口へと続く最初の扉を横目に、看板を持って壁際へと向かう。


「この辺でいい?」

「まあ、いいんじゃないか」


 看板を置いて、ポケットから取り出した楔を壁に打ち付けていく。楔が十分に埋まったところで、そこに看板を引っ掛けてぶら下げ、傾いていないかを確認する。

 オゥミ氏が看板に書いた文言は、「落とし穴の中にこそ、輝きに至る道があらん」だった。随分と直接的な文章で、さすがにこれだと、誰も彼もが手前の落とし穴を調べに行ってしまうだろう。なので、ここにもう一工夫を加えるのである。


「それじゃあ、《擬装》をお願いします、先生」

「うむ」


 看板の正面に移動したペコラスが、秘術書のページを開く。先程と同じように目を閉じて集中してから、彼は言葉を発した。


「顕現せよ」


 光り輝く秘紋が看板へと吸い込まれていく。看板の文字が歪み、うねうねとうごめいた後に残ったのは、別の文章だった。

 ペコラスの話によると、使い手の想像力によって《擬装》の出来栄えが違ってくるらしい。その意味では、彼は十分な実力を持っているのだろう。


「えっと。勇猛なる挑戦者たちよ、迷わず進むべし、ね」

「問題ないなら、これで固定するぞ。このままだとそう長くは持たないからな」

「あ、うん」


 ペコラスは秘術書のページをさらにめくると、白衣のポケットから青い宝石を取り出して、ページの上にそっと置いた。


「それは?」

「《固定化(ステイブル)》の触媒だ。──顕現せよ」


 《秘術》の発動に合わせて、青い宝石は水飴のように音も無く溶け崩れ、秘紋の輝きと共に浮かび上がる。その輝きはまた看板へと吸い込まれ、静かに消えていった。


「これで完了だ」

「えっと、宝石、無くなっちゃったけど?」

「《秘術》はそんなにお手軽じゃないってことだな」

「ええー……」


 高度な奴はとにかく金が掛かるんだよ、という愚痴を聞きながら、私は最下層へと戻る準備を始めた。

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