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4. 坑掘り屋

 《黎明迷宮(ザ・ドーン)》の地下十階。力と知恵、技量と運を兼ね備えた挑戦者だけが到達できる最下層。その最奥にある大広間は、迷宮(ダンジョン)の主たる牛頭の怪物との最終決戦の場として用意されている。

 そう説明されていたはずの大広間の真ん中で、私はまたしても温かい薬草茶(ハーブティー)を頂いてしまっている。この大テーブル、挑戦者がやってきたら急いでどこかに片付けるんだろうか?


 まあ、そんな益体も無い疑問は脇に置くとして、オゥミ氏からの喚び出しもこれで四回目である。依頼されていた地下一階の巡回点検を滞りなく終わらせて、私はテーブルの上に広げられている地図をぼんやりと眺めている。

 今回は相棒のワイスも一緒に喚ばれていて、なんと地下七階、下層まで進入してきた練達の挑戦者たちを出迎えるということで、かなり張り切って出て行ったのだけれど。


「……遅いですね」

「契約は続いとるから、死んでおらんのは確かだが。まだ遭遇できていないのか、存外に苦戦しとるのか……」


 急須の茶葉を入れ替えて戻ってきたオゥミ氏が、《薬缶(ケトル)》からお湯を注ぎながら答えてくれる。管理者であっても、迷宮内の様子をリアルタイムに知ることは困難であるらしい。

 たとえ敗北しても報酬は支払われるし、死んでも復活できるとは聞いているけれど、できれば生きて戻ってきて欲しいところだ。


「ひとまず、先にノッカ君の点検結果を聞いておくとしようか」

「あ、そですね。罠や仕掛けは正常でした。落ちてる紙とかは、放置しておきましたけど」

「うむ、それで問題ない」


 地下一階には、ごく単純な仕掛けと動きの鈍い怪物──岩蜥蜴や木偶人形──だけが配置されている。言うなれば入門編のフロアで、挑戦者たちが残したメモもあちこちで見つけることができる。けれど、その中には、こちらで用意した嘘の書き置きも混ざっていたりするらしい。


「あ、あの──」

「それでよ、落とし穴の通路はどうだった?」

「えっと、そっちは誰も通ってないみたいですね。玄室も奥のスイッチも埃を被ってました」


 誰かの声が聞こえたような、と首を傾げつつ、オゥミ氏に問われて報告を続けていく。


 迷宮の地下一階、入り口からまっすぐ続いている通路の突き当りには、壁のレバーを引き下げると正面の扉が開くという、最初の仕掛けが存在する。ただし、このレバーを下げると、通路全体の床が横の壁へと引っ込んでいって、落とし穴が姿を見せるようにもなっているのだ。


 落とし穴は深く、底には尖った槍が剣山のように並んでいて、落ちてしまったらひとたまりもない。これを避けるには急いで扉を潜るしかないのだけれど、床が完全に消えるまでに先に進めるのは、多くて六人程度だ。

 この通路は《浮遊(レビテート)》のような《秘術(アルカナ)》への対策も行われていて、この段階で、一度にやってくる挑戦者の数を制限しているらしい。

 さすがにこの仕掛けについては挑戦者の間でもよく知られているようで、最近は何十人も連れ立って入ってくるような粗忽者は居ないという。


 ──しかし。

 実は、この落とし穴の途中には、別のルートへの入口が隠されているのだ。そちらを進んでいけば、地下一階の前半にあるチュートリアル的な区画を飛ばすことができる上に、そこそこ有用な装備品まで手に入る、のだけれど。


「すいませ──」

「なんだ、まるっきり無視されてるってのは、よろしくねえな」

「そりゃあ、挑戦者の人たちだって、初っ端から死にたくは無いでしょうし。即死罠(デストラップ)って周知されちゃってるせいで、誰も調べようとしないのかもですね」

「なるほどなァ」


 どすんとテーブルに肘を乗せ、少しばかり消沈した様子で息を吐くオゥミ氏の気持ちはなんとなく分かる。

 気付いてもらいたいなら、もう少し手を加えるべきだろうか。


「そ、その──」

「で、どうよ、ノッカ君。何かいい手は無いかね」

「そーですね……次の部屋に、ヒントの看板を立てておくとか」

「いくらなんでも、そりゃあからさま過ぎねェかな?」


 最初のフロアなんだから定番でいいんじゃないかと思ったものの、オゥミ氏は不満そうだ。どうしたものかと思案しつつ、地図から顔を上げ、両手を挙げて伸びをする。

 ふと、視界の片隅で揺れるものに気がついて、仰け反った姿勢のまま視線を横に向けてみる。


 オゥミ氏の巨体の背後に、いつの間にか《召喚陣(コーラー)》が展開されていた。淡く光る円陣の中心には、つるはしを抱えた小柄な少年がひとり、大きな荷物と一緒にぽつねんと立っている。少年の頭の上で、茶色い兎の耳が所在無さげに揺れていて、その表情は──っと、目が合った。


「あー、えっと、どうも?」

「ん? ああ、ようやく来たか、坊主」


 ぺこりと頭を下げた少年に適当な挨拶をしたところで、牛頭の管理者もようやく来客に気付いたらしかった。

 オゥミ氏が立ち上がり、《召喚陣》の前に歩いていくと、少年はようやく頭を上げた。


「ご、ご用件を……」

「今回は地下三階の改修だが、頼めるか?」

「は、はい」


 おどおどした様子で《腕輪(ブレス)》に触れると、少年の足元の《召喚陣》が消えていく。なんか大雑把だし、報酬の話とかまるっと省略しちゃってるけど、いいんだろうか。


「あ、あの」

「んー、そうだな。ひとまずそっちに座ってくれや」


 オゥミ氏に促され、少年はつるはしを置いて、私の向かい側の椅子によじ登った。やっぱりサイズが合わないよな、と思いながら眺めていると、またも彼と視線が合ってしまった。


「……」

「……えっと」


 沈黙に耐え切れず、オゥミ氏の方を窺うと、彼は肩をすくめながら少年の方に親指を向けた。


「こいつはリク。ソロの坑掘り屋(ディガー)だ。仕事は丁寧なんだが、見ての通りで人見知りが過ぎてなァ」


 少年はまた、ぺこりと頭を下げた。なるほど、これでいつも通りということなら、あまり気にしないでおくとしよう。

 続けて反対側の手で私の方を指差して、オゥミ氏は少年に声をかける。


「で、こっちがノッカ君だ。迷宮の点検やら罠の修繕やら、いろいろやってもらっとる」

「……鉱妖精(ノッカー)?」

「じゃなくて、ノッカ。普通の人間だよ」

「あ、はい」


 また耳を萎れさせ、小さくなってしまった少年──リクの様子によく分からない罪悪感を覚えながら、彼が喚ばれた理由を考える。


「えっと……もしかして、この間の話ですか」

「そうだ。前ほどじゃあないが、まだ石巨人(ゴーレム)の部屋を無視してる連中がちらほらいるみたいでな」

「《秘術》か何かで隠し通路を見破ってるんでしょうかね」

「どうにもそっち方面は疎くてなァ。今度、エルの野郎にでも聞いてみるか」


 まあ、それはそれとして、とオゥミ氏はテーブルの上の地図に視線を向けた。


「地下三階の経路を変更するアイデアな、もう一度、詳しく聞かせてくれるか」

「えっと、確か……」


    †


 隠し通路の先を独立したエリアにするためには、最低でも四箇所の通路を埋めて、別のルートを開通させなければならない。

 元々用意していた仕掛けに影響が無いように確認しながら、地図の上に作業が必要な位置をマークしていく。

 改修するべき場所についてある程度まとまったところで、オゥミ氏が眉間を揉みながら呟いた。


「どうせなら、この袋小路にも何か置いておきたいんだがなァ」

「んー。挑戦者にそこまで配慮する必要あります?」

「与えた試練には、ちゃんと見返りがなけりゃならん。いくら《魂の研鑽(ソウル・シェーパ)》で強くなれるとしてもな」


 迷宮の中で修練を積んだり、試練を乗り越えたりすることによって、挑戦者たちは肉体と精神の強さを手に入れることができる。であるが故に、多くの挑戦者が《復活(リザレクト)》や《帰還(レディティウム)》といった高度な《秘術》を利用してでも、何度も迷宮へと挑んでくるのだ。

 彼らが対価として失っているもの(・・)については置いておくとして、私も少しばかり思案する。確かに、隠し通路を発見したご褒美と考えるなら、何か用意しておくべきなのかもしれない。


「だったら、休憩所みたいなのはどうでしょう。水場とか、大長虫(ワーム)の養殖場とか」

「水場は分かるが、養殖場ってのは何だ、一体」

「えっと、食糧補給、みたいな?」


 私の言葉に、オゥミ氏は何とも言いがたい表情を浮かべた。黙って話を聞いていたリクもまた、こいつ何言ってるんだろう的な顔で私を見つめている。


「……いや、食えるのか?」

「《市場(バザール)》で見たことは、無いですけど……」

「ま、食うのは俺じゃねェけどよゥ」


 死なねえならいいか、とあっさり流して、牛頭の管理者は地図全体をざっと見回し始めた。

 やっぱり、叫び声(スクリーム)を上げる植物とかの方が良かっただろうか。この世界では見たことないけれど。


「まァ、その辺はまた改めて考えるとしてな。ひとまずこんなところか」

「そーですね。ちょっと不自然なところは、後で調整する感じで」

「……あの」


 ずっと無言のまま、膝立ちになって地図を覗き込んでいたリクが、顔を上げて恐る恐る口を開いた。


「どうした? どこか問題でもあったか」

「あ、いえ、ないです……」


 小さな声に対して、オゥミ氏が身を乗り出して聞き返すと、リクは首を振って座り込んでしまう。

 オゥミ氏は訝しげに首をかしげたものの、地図を丸めて彼の方に差し出した。


「そうか? だったら、早速取り掛かってくれるか」

「は、はい」


 椅子から飛び降りて大きな荷物の方に駆けて行く兎耳の少年を見て、私は少しばかり思案する。

 どうやら、ワイスはもうしばらく戻って来そうにないし、何より坑掘り屋がどんな作業をするのか気になるし。


「……私も付いていっていいですか?」

「ああ、見に行くのは構わんが。言っちゃ何だが、掘ったり埋めたりするだけだぞ」


 飽きたら戻ってこいよ、というオゥミ氏の言葉に見送られて、私はリクの後を追った。


    †


 私の背負い袋の倍以上もある大きな背負子(しょいこ)を背負って、リクは螺旋階段を登っていく。背負子に括りつけられた細長い木の板や鉄製の車輪、スコップや大小さまざまな木箱や袋を後ろから眺めながら、私は疑問を口にした。


「ねえ、それ、重くないの?」

「……《軽量化(ライトウェイト)》が、かかってるんです。これに」


 そう言って、彼は背負子を少しだけ動かして見せる。予想していたよりもはっきりとした答えが返ってきたことに驚きながら、少しばかり思案する。


「えっと。それってつまり、背負ってるものがぜんぶ軽くなるってこと?」

「はい」

「どれくらい軽くなるのかな」

「これは確か、十分の一って話ですけど」

「ほっほう」


 どうやらなかなかの性能らしい。中身が増えてきた私の背負い袋にも、ひとつかけてはもらえないだろうか。


「性能にもよりますけど、結構高いですよ」

「そこをなんとか、まからないかな」

「僕に言われても……」


 前を向いたまま、リクは困ったように首を振った。学生割引とか、どうにかして適用できないだろうか。


    †


 大広間では静かだったリクとの会話が何故だか成立したのと、自分の荷物を置いてきたおかげで、今回の上り階段は休憩を挟まずになんとか登り切ることができた。

 迷宮の構造が頭に入っているのか、リクは地図も見ずに、迷い無しに目的地へと進んでいく。やがて辿り着いたのは、新たに通路を用意することにした小部屋のひとつだった。


 リクは背負子を床に下ろしてロープを解き、木の板や車輪を組み立て始めた。背負子の枠をベースにした形が見えてくるにつれて、私の頭にもその完成形が浮かんできた。


「それ、荷車にもなるんだ?」

「ええ」


 組み立てを続けながら、リクは頷いた。十分ほど経った頃、そこには小型の荷車(リヤカー)が出来上がっていた。わざわざ背負子をベースにしているということは、この荷車にも《軽量化》の効果があるのかもしれない。

 ちょっと試させてもらえないかと顔を上げてみれば、兎耳の少年はつるはしを手に壁の方へと向かっていた。


「危ないですから、あまり近づかないでくださいね」

「おっと」


 リクの言葉に、進めかけていた足を止める。彼はゴーグルを目にかけて、つるはしを振りかぶった。

 勢いよく打ち付けられたつるはしの先端が、壁石の隙間に突き刺さる。飛び散った小さな破片には構わず、リクは再び得物を振り上げた。


 迷宮の壁や床は強力な《秘術(アルカナ)》によって守られていて、半端な威力の攻撃では傷ひとつつけられない。よしんば傷ついたとしても、すぐに修復される仕組みになっている。

 そのはずなのに、彼はつるはしひとつで壁石を次々に突き崩していく。岩肌が見えている範囲が広がってきたところで、今度は脚立を用意し始めた。


「話には聞いてたけど、管理者の承認があるとホントに壊せるんだねえ」

「ええ。制限時間はありますけど」


 崩れた壁石を脇に退かし始めたリクを手伝いながら、ぼちぼちと質問を繰り返してみる。

 もう少し実績を積んで、被召喚者(サモニー)の見習いを卒業できれば、私も壁や床に隠された仕掛けを自力でどうにかできるようになるはずだ。先人の話はいろいろ聞いておきたい。


 壁石を片付け終えたリクは、今度はつるはしとスコップを駆使して岩壁を掘り始めた。岩を削り、土砂をすくって大きな麻袋に積めていき、一杯になったらそれを荷車へと積んでいく。

 麻袋が荷車に満載されたところで、彼は道具を置いて荷車を引き始めた。やはり《軽量化》は効果を発揮しているらしく、見た目に反してその動きはスムーズだった。


 曲がりくねった通路を通って移動した先は、塞いでしまう予定の通路だった。

 荷車から麻袋を降ろして、中身を床の上にばら撒いていく。土砂と岩が積み上げられ、荷車がすっかり軽くなると、リクは元の場所へと引き返していく。

 再びスコップを手にしたリクに向かって、素朴な疑問を投げかけてみる。


「えっと、これ、何往復くらいするのかな?」

「きちんと数えたことは無いですけど。一箇所につき二十か、三十か……」

「それって、かなり大変だよねえ」


 土を運ぶだけでこれなのに、壁や床、天井の石組みまでちゃんと仕上げるとなったら、一体どれだけの時間がかかるんだろうか。

 脚立を上り、通路を掘り広げる作業の手を止めることなく、リクは答えを返してくる。


「さすがに一日じゃ終わらないですよ。追加の石材や道具も必要ですし、切りのいいところで一度《工房(ファクトリー)》に戻らないと駄目ですね」

「交代とか応援とか、頼んだりしないの?」

「チームを組んでいれば、そういったコトもできるんですけど」


 ちょっと残念そうに、兎耳が横に揺れる。ソロで活動しているのは、人見知りだという話が関係しているのだろうか。


「……って、あれ? それにしては、私と普通に話せてるよねえ」

「あ、その。ノッカさんは、話しやすいというか」


 リクは手を止めて、脚立の上から私の方を見下ろしてきた。


「周りがみんな、僕より背の大きい人ばかりだったので」

「いやいや」


 それじゃあまるで、私がリクよりも背が低いみたいじゃないか。


「もしかしてさ、耳の長さも身長に含めてない?」

「耳も体の一部ですけど」

「いやいやいやいや」


 至極当然のように答えられたけど、その理屈はおかしい。目線の高さは私の方が上だし。

 どう言い返したものかと思案していると、再び響き始めたリズミカルなつるはしの音に混じって、遠くから覚えのある足音が聞こえてきた。


「どうしました?」

「ん、相棒の仕事が終わったみたい」


 また手を止めて、不思議そうに私の方を見ていたリクも、しばらくして近づいてくる音に気付いたらしい。


「ノッカさんって、僕より耳がいいんですね」

「……えっと」


 彼の問いかけに、この世界に落ちてくる前のことを思い出して、私は返事を躊躇った。

 元の世界には還りたい。けれども、この《恩寵(ギフト)》を失ってしまったら、私はまた──


「ノッカさん?」

「あ、うん。えっと、あんまり手伝えなかったけど、そろそろ引き上げるね」

「いえ、助かりました。それから……」


 リクはつるはしを置いて、脚立を下りてきた。左手の《腕輪》を操作して、私の方に差し出してくる。


「坑掘り屋の仕事があったら、ぜひ声をかけてください」

「あー、連絡先の交換、ね。どうやるんだったかな」


 協会で教わったきり、一度も試したことのない手順を思い出しながら、《腕輪》の表面をなぞり始める。所々、リクからの指摘を受けつつも、どうにか自分の情報を表示させることができた。

 左手を近づけると、互い情報が相手の《腕輪》へと流れ込んでいく。連絡の方法とか、後でちゃんと説明書(マニュアル)を読んでおこう。

 情報を渡し終えたことを確かめてから、自分のランタンを拾い上げる。


「ここに居たか、ノッカ」

「あ、お疲れ様……って、凄い怪我じゃん!」


 ちょうど小部屋に入ってきたワイスの声に振り返ると、彼はなんというか、満身創痍な雰囲気だった。

 外套(ローブ)はあちこち破れ、血で汚れている。手に持っている丸太にも、ちょっと何によるものなのか考えたくない汚れが付着していて、戦闘が激しかったことが容易に想像できた。


「問題ない。少しばかり相手の数が多かっただけだ」


 それよりも、とワイスは私の背後を覗き込んだ。つられて視線を戻してみれば、私の陰に隠れるように縮こまっている兎耳の少年と目が合った。


「……えっと?」

「あの、仕事に、戻りますのでッ」


 返事をする間もなく、リクは凄い勢いで脚立を駆け上がり、脇目も振らずにつるはしを振るい始めた。


「何か邪魔しちまったか?」

「ん、たぶん大丈夫だと思うよ」


 まあ、狭い迷宮の中でいきなり血塗れの大鬼が出てきたら怖かろう。私はリクに一声かけて、相棒と共にその場を後にした。

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