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3. 吊り天井

 猪人の氏族が管理する《黄金城砦(フォート・ブライト)》は、険しい山脈の中腹に張り付くように築かれた要塞(ダンジョン)である。

 辺境の地にあるこの要塞にも、名誉と力、財宝を求めて多くの挑戦者がやってくる。山中には要塞へと通じている大洞窟があり、麓の村では、要塞に挑まんとする人々がひと時の休息をとり、英気を養っているという。


「この辺りからであれば、朝霧が晴れれば見えるかもしれませんな」


 細い通路の右側に等間隔に並んでいる小さな窓から、ちらちらと見える外の様子を窺っていた私に、黒い毛並みの衛兵が振り返って声を掛けてきた。どうやら知らないうちに、距離が開いてしまっていたらしい。

 軽く頭を下げて、歩調を速めて追いかける。小さな窓から差し込んでくる朝日の光が、通路に舞う埃を照らし出している。


「夕暮れ時に集落から山を見上げると、砦が金色に輝いて見えるとか」

「へえー」


 それが名前の由来だろうか。ちょっと見てみたい気はするけれど、こちら側で外に出るような機会はついぞ無さそうである。


「ノッカ殿、着きましたぞ」


 衛兵が足を止めて、細い通路の左側にあった小さな扉を開く。脇に下がった彼に代わって、真っ暗な入り口の前に立つ。

 扉の奥を観察するために明かりを差し向けると、いくつもの反射光が返ってきた。私の身長ぎりぎりの高さの低い天井から、金属製の長い槍が何十本も突き出ている。槍の先端と床との隙間は、十センチも無いように見える。


「この状態から、元に戻らんのです」

「あー、なるほど」


 本来なら、天井はもっと高い位置にあるはずなんだろう。この状態では、小柄な私でも潜り込むのは無理そうである。

 身を屈めて、腰の金鎚(ハンマー)を右手に構える。両目を閉じて、軽く床石に叩きつけた。


 部屋の広さはおよそ五メートル四方。天井には太い槍が満遍なく取り付けられており、折れたり曲がったりしているものは感知できない。

 部屋の片隅には罠に挑んだ挑戦者らしき人物の成れの果てが横たわって──


「うえぇ……」


 ちゃんと復活できていますようにと願いつつ、ゆっくりと目を開く。

 奥から漂ってくる嫌な匂いをなるべく嗅がないように、口元の布を引き上げながら立ち上がる。


「どうですかな?」

「まだ、なんとも。もうちょっと待っててください」


 興味津々な様子で訊ねてくる衛兵に向かって、人差し指で「静かに」と指示を出す。果たしてこっちの世界でも伝わるんだろうかと疑問に思ったものの、彼は黙って頷いてくれた。

 息を整えて、今度は天井に向かって金鎚を振る。


 ──鉄の枠と木材で作られた吊り天井は、床まで落ちてしまわないように、壁の出っ張りと四本の太い鎖で支えられている。鎖はまっすぐ上に伸びており、「本当の」天井に開いた穴の先へと続いていた。

 仕掛けがかなり大掛かりであるために、一度では細部まで把握することができず、イメージが薄れていく。


 金鎚を三度叩きつけたところで、ようやく原因らしき場所を突き止めることができた。四度目でどうにか、天井裏の構造まで確かめる。

 数歩下がり、壁に寄りかかって意識を切り替える。集中しすぎで、気持ち悪い。


「ノッカ殿?」

「大丈夫です。えっと、ここの、上の部屋に行きたいんですけど」


 心配そうにこちらを窺う衛兵に頷きを返して、私は両足に力を入れた。


    †


 砦の外壁沿いに続く廊下を進み、見張り塔の中にある螺旋階段を登ってから、再び細い通路を歩いていく。

 その途中、何人かの猪人とすれ違った。彼らは武装しておらず、どうやら要塞の内部で生活している人たちのようだった。


「なんだかじろじろ見られてた気がするんですけど」

「ここでは、汎人(コモニア)は珍しいですからな」


 そんなことを話しながら、吊り天井の真上にあたる部屋へと辿り着く。

 促されるままに中に入ると、部屋の中央には大きな装置が鎮座していた。部屋を上下に貫通している丸い柱から、二メートルほどの棒が四方に突き出している。


「いつもはこいつを回して天井を戻しているんですが、さっぱり動かんようなのです」

「あ、人力なんですね……」


 《秘術(アルカナ)》との馴染みが薄い猪人たちは、機械式の仕掛けを多用している。自然の動力を利用できない場合には人の手で動かしてしまうことも多いらしい。

 床の上を見渡してみれば、足元近くに目当ての場所を見つけることができた。何かあったときのために用意されている、点検用の小さな床扉である。


「じゃあ、ちょっと調べてきます」

「お気をつけて」


 背負い袋を下ろして必要な道具だけを小袋に入れ替え、床扉を開いて傍に据え付けられていた縄梯子を暗闇の中に投げ落とす。

 ランタンを腰のベルトに据え付けて、私は慎重に足を踏み入れた。


    †


 下の部屋の天井裏では、吊り天井を支えている四本の鎖が、滑車によって向きを変えて、中心の支柱に繋がっていた。上の部屋で支柱を回転させることで、鎖を巻き上げていく仕組みになっているらしい。

 ランタンの明かりでは細かい部分まで分からないけれど、下で「聴いた」かぎりでは、ここに問題は無いはずだ。


 ぐらぐらと揺れる初めての縄梯子に苦戦しながら、天井裏の穴からさらに下へと降りていく。

 長時間の悪戦苦闘の末、私はなんとか吊り天井の上へと降り立つことができた。


「さて、どれだっけ……?」


 ランタンを手に持ち、ゆっくりと周囲を照らし回す。一本目、二本目の鎖は問題なし。三本目の鎖に、異常は見つかった。

 吊り天井を構成している鉄製の枠に足を取られつつ、問題の鎖の元へ移動する。


 三本目の鎖は、根元近くで途切れてしまっていた。足元に落ちている大きな鎖の破片を見た感じ、恐らくは金属疲労とか経年劣化とか、そんな感じの原因だろうと思われた。

 鎖の一本が切れているせいで、吊り天井を引き上げる際にわずかに傾いて、部屋の壁に引っかかってしまっているのだろう。


 だからまず、鎖をどうにかする必要がある。肩にかけていた小袋を置き、中から長いワイヤーの束を取り出した。

 吊り天井の側に残っている短い鎖を持ち上げて、切れてしまった部分の代用としてワイヤーで輪を作って結びつける。長さに問題が無いことを確かめてから、さらに何重にもワイヤーを巻き付けていく。


 十分ほどで、一通りの作業が完了した。縄梯子を登って上の部屋へと戻ると、衛兵とは別にふたりの猪人が待ち構えていた。

 衛兵が差し伸べた手を取って木戸から抜け出し、どこか引っ掛けたりしていないか全身をチェックする。


「どうでしたかな?」

「あ、えっと。応急処置ですけど、一応、終わりました」

「それは良かった。ヨーク、ハンプ、やってくれ」


 衛兵が手を振ったのを受けて、ふたりの猪人は持ち場へと移動した。支柱から突き出ている棒へと両手をかけて、互いに顔を見合わせた。


「行くぜ!」

「応!」

「あ、えっと、最初は慎重に……」


 ゆっくり目で、と声をかけるのも間に合わず、彼らは腰を入れて棒を押し始めた。支柱が回り始め、滑車が動き、鎖が巻き上げられていく音が床下から聞こえてくる。

 どうやらワイヤーの強度は十分だったらしい。私の心配を余所に、途中で動きが止まることもなく、吊り天井は順調に持ち上げられていく。


「よし、止めてくれ!」


 一方が棒を支えている間に、もう一方が壁のレバーを押し上げる。どこか下の方で、ごとりと何かが動く音が聞こえてきた。

 恐らく、吊り天井を固定しておくための留め具(ストッパー)のようなものが掛けられたのだろう。仕掛けが複雑すぎてよく分からなかったけれど、留め具は下の部屋の扉とも連動しているようだった。


「お疲れ様です、ノッカ殿」

「いえ。なるべく早めに、ちゃんと直してもらった方がいいです」


 いくら強靭な黒鉄蜘蛛(フェルム・アラネア)の糸を束ねたワイヤーでも、長い間、吊り天井を支え続けるには不安がある。

 破断した鎖を小袋から取り出して衛兵に手渡すと、彼はなるほど、と神妙に頷いた。


    †


 笑顔の作業員たちに見送られ、私は衛兵と共に通路を引き返していく。

 再び吊り天井の部屋の前を通ったとき、扉に小さなプレートが打ち付けられていることに気付いた。


「開放厳禁、ですか」

「ええ。扉を開けたままにしていると、天井が落ちるようになっておるのです」

「あー……」


 罠を警戒して扉を閉めずに奥へと進んだ挑戦者は、漏れなく吊り天井の餌食になるらしい。

 なかなかえげつない仕掛けだなあ、と考えていると、扉の向こう側から近づいてくる物音が耳に入ってきた。

 がしゃがしゃと金属が擦れる音からして、全身鎧を身に着けているようだと推測したところで、勢いよく扉が開かれる。


「よし、やっと通れるのう!」


 大声と共に、小柄な人影が通路へと飛び出てくる。私より少しだけ背が高い猪人の少女は、ごてごてとした黄銅色の鎧を鳴らしながら通路を見渡した後、私に向かって声を掛けてきた。


「ええと、おぬし……何と言ったかの」

「ノッカです」

「おお、そうだったそうだった。鉱妖精(ノッカー)でもないのにその名前、やはりややこしいな!」


 そう言われても、いまさら変えるのは面倒だし。どう返したものかと考えているうちに、彼女は再び喋り始めた。


「ノッカよ、ビゴールが見当たらぬが……」

「あ、えっと」


 ビゴール、というのはあの衛兵の名前だっただろうか。彼なら、今まさに開いた扉のちょうど正面に居て、


「殿下!」

「うわあ、なんじゃ、そんな所に隠れておったか!」


 直撃を受けたらしい鼻を押さえながら、涙目の衛兵が扉を押し戻していく。きっちり扉を閉め、取っ手を回してロックしてから、彼は少女の方へと向き直った。

 気圧された少女が、一歩私の方へと後ずさる。


「何度も言っておりますが、扉を開けるときには人が居ないか確かめてください」

「う、うむ」

「それから、扉はちゃんと閉めてください。天井が落ちてしまいます」

「そ、そうであったな」

「それから……」


 ビゴールは言葉を切り、ちらりと私の方を見てから、ため息をついた。明らかにほっとした様子の少女に、彼は咳払いをひとつ。


「そうですね、後でゆっくりお話しましょう」

「うえぇ」


 この要塞の管理者であるはずのキンカ姫殿下は、苦虫を噛み潰したような表情を浮かべて肩を落とした。


    †


 おっかなびっくりの足取りで吊り天井の部屋を通り抜けると、そこは要塞の中庭だった。山肌に沿って細長く続いている平らな敷地を、幾人かの猪人たちが往来している。

 東側の外壁から顔を覗かせ始めた太陽を背に、キンカ姫の先導で居館を目指して進んでいく。


 中庭には、鍛冶場や家畜小屋、炊事場といった平屋の建物が建ち並んでいた。かなり年季の入った建造物を眺めながら歩いていると、背後からビゴールが声を掛けてきた。


「あまり、殿下から離れませぬようお願いします。外壁近くや物陰には罠が仕掛けられておりますゆえ」


 よくよく観察してみれば、わずかに盛り上がった場所であるとか、地面から顔を覗かせている黒く塗られた金属片だとか、建物から伸びている謎のロープとか、あちこちに怪しげな場所を見つけることができた。

 ここに住んでいる人たちは、ちゃんと罠の位置を把握しているのだろうけれど、なんだか落ち着かない場所である。


 間違ってトラバサミなんかを踏んでしまわないように、大人しく姫様の後についていくと、ひときわ騒がしい場所が見えてきた。

 柵に囲まれた広場の内側では、剣や槍などで武装した猪人の兵士たちが声を上げ、得物を振り回している。

 そんな集団の中に、頭ふたつ分ほど飛び出た角つきの大男の姿があった。キンカ姫は足を止めて、彼に向かって声をかけた。


「ワイスよ!」

「おう、姫様か」


 兵士たちの間を抜けて、相棒はこちらに近づいてきた。その途中で私の存在に気付いて、軽く手を振ってくる。

 ワイスは柵の手前で腰を屈め、膝をついてキンカ姫と視線を合わせた。


「新入り共の具合はどうじゃ?」

「悪くない。基礎は頑張っているようだから、ぼちぼち連携を教えてやるのもいいかもしれんな」

「うむ、うむ。委細任せるぞ」


 満足そうに頷いている少女から私の方へと顔を向けて、ワイスは「それで、どうする」と問いかけてきた。


「俺の契約は昼までだが、先に戻ってるか?」

「あー、どうしよっかな」

「どうせなら、昼食までゆっくりしていったらどうじゃ」


 気軽に言われてしまったけれど、ご馳走になってしまって構わないんだろうか。

 私の視線を受けて、ワイスとビゴールが口を開く。


「ま、いいんじゃねえか」

「殿下には同年代の話相手がおりませんし……ご多忙でなければ、お願いできますかな」

「急ぎの予定は、無いですけど」

「おお! であるなら、また上の世界の話を聞かせてもらえるかの!」


 金色の瞳を輝かせながら近寄ってくるキンカ姫の懇願を、お断りするのはちょっと無理そうな雰囲気だった。

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