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21. 坑掘り人形

 《万尋峡谷(グラン・ガップ)》の管理を引き受けるにしても、罠師(トラッパー)としての仕事を放り投げてしまうわけにはいかないだろう。むしろ、可能ならそちらも続けていきたい。

 手元の書類を見返しても、副業について書かれていないようなので、机の反対側で私の反応を待っているアグラに質問を投げてみる。


「管理者って常にダンジョンに詰めてないと駄目なんですか?」

「いや、こっち側を拠点にしていても問題はないよ。実際、侵入者がいない間は別の仕事をしている人もいる。例えば……《朔月宮殿(ムーンレス・パレス)》なんかは、月に一度しか入り口を開かないしね」


 期間限定。そういうのもあるのか。

 《黎明迷宮(ザ・ドーン)》は常に解放されている上にオゥミ氏自身が最深部のボスという立場だし、《黄金城砦(フォート・ブライト)》は猪人たちの拠点になっている。《狂騒尖塔(ロアリング・スパイア)》も鳥人たちの居住区が存在していたので、およそそんなものかと思っていたのだけれど。


「だったら、今の仕事もちょっと休むだけでなんとかなるかな」

「そういえば、地図の作成をしているとか」


 はて、彼女には話してなかったはずだけど、誰から聞いたのだろうか。というか《測位儀(ロケーター)》の製作は協会(ギルド)を通して依頼していたし、その使い道を考えれば分かることだったか。


「手が足りないなら、そっちの人材も紹介できるよ」

「ひとまず知り合いを当たってみますけど……もしかしたら、お願いするかもです」


 侵入者の監視とか巡回とか、ダンジョンの方にも人員が必要そうだし。


    †


 協会を出る前に取り急ぎの連絡をあちこちに送ってから、ボーリィ商会へと足を向ける。

 一階の倉庫で仕入れた商品を整理していた緑肌の妖鬼が、私に気づいて背を伸ばした。


「お勤めご苦労様です、姐さん」

「シャバの空気は美味しいね」


 出所祝いに何か無いの? と並べられた商品を物色してみるものの、生活必需品やら消耗品やらばかりで、興味を引くようなものは見当たらない。奥の貯蔵室(セラー)には高そうなお酒がいろいろ寝かせてあるようだけど、まだ飲む気はないし。


「それにしても、見習い卒業したと思ったら、いきなり管理者ですかい」

「雇われ店長みたいな契約だったけどね。なーんか、やることが多すぎて、どこから手をつけていいのやら」

「わかりますぜ……」


 上司であるはずのヨブに逃げられ、どうにかひとりで商会を回しているホブが深々と頷いた。いやもう、ここは君が店主でいいんじゃないかな。


「実はオーナーからもそう言われてやして。誰か雇おうかって話になってるところでさァ」

「となると、地図制作(マッピング)の方はどうしようか」

「姐さん次第ですかね。上手くやりゃ、迷宮測量士なんて職業でも食っていけそうですがね」


 古き良き(オールドスクール)マッピングも悪くはないんだけど、それを本業にするのは遠慮したい。いっそのこと、誰かに丸投げしてしまおうかと考えていると、店内に入ってくる軽い足音が耳に届いた。振り返れば、見慣れた兎耳が近づいてくるところだった。


「あ、リク君、迷わなかった?」

「ええ、大丈夫でした」

「ほらホブ、お客さん来たよ。お茶出さないと」

「いや、ウチの客じゃねえですよねえ?」


 文句を言いつつも、店主代行はリクに会釈してから奥へと引っ込んでいく。なんだかんだで律儀なところがホブのいいところである。


    †


 商会の二階、作業部屋のテーブルの上に広げられた《万尋峡谷》の地図を覗き込んでいたリクは、顔を上げると困ったように兎耳を揺らした。


「これよりもちゃんとした地図って、あったりします?」

「無いんだよねえ」


 協会が保管していた地図は、以前の管理者が使っていたらしい一枚だけ。目の前にあるのは、それを拡大した写しに、先日の探索で判明した事柄を書き込んだものである。やはり、一度きちんと測量しないと駄目だろうか。


「大きく手を加えないなら、これでなんとかしますけど……」

「んじゃ、まずは簡単なとこから手を付けてくってことで」


 彗銀竜(フイコウ)と峡谷を取り巻く状況によっては、「死のワナの何某(デストラップ・~)」化を考える必要が出てくるかもしれないれど、現状では難しそうだ。

 入り組んだ洞窟は、そのままでも多少は侵入者を迷わせる構造になっているから、正解ルートの分岐を見つけ難くしたり、いくつか単純な罠を設けてみたりといった、すぐにできそうな案を兎人の少年に伝えていく。


「万尋峡谷は、鉱脈があることが売りだったんですよね」

希少(レア)なのもいくつか埋まってるって話だけど」

「だったら、もう少しそっちを推してみましょうか」


 迷宮を構築する大秘術の影響下では、採掘された鉱脈でさえも時間経過で少しずつ復元されていく。

 竜玉なんかよりも確実で安全な報酬があれば、そっちに飛びついてくれる……だろうか? 一攫千金を狙ってはるばる峡谷までやってくるような連中に、果たして通用するのかどうか。


「ま、気を取られてくれるだけでも儲けものかな」

「打てる手は多い方がいいですしね」


 鉱石に目移りしたせいで、動きが鈍る可能性もありそうだ。

 意味もなく玉石を詰め込んだ木箱を持ち上げた瞬間、一気に重荷重(レッドゾーン)になってしまった記憶が浮かんできて、それはあんまり関係なかったなと頭を振った。


    †


 あれやこれやと意見を交わしてはみたものの、協会からの援助は有限である。予算の範囲内でできそうな改修の見積もりをリクにお願いして、私は《市場(バザール)》の外れへと移動する。

 いつもの甘味処の前で古めかしい看板をぼんやり見上げていると、待ち合わせの相手が声をかけてきた。


「いつにも増して間抜けな面だが、そんなに大口を開けてどうした」

「開けてないですし? ほら、あれ、読めないなって」


 こちらの世界の文字にはだいぶ慣れたつもりなのだが、看板の字は達筆すぎて抽象画めいている。

 私の視線を追って顔を上げると、ペコラスも納得したらしい。


赤蜂亭(せきほうてい)と書かれているらしいな。俺も読めんが」

「赤い蜂、ねえ」


 そう聞いてから眺めてみれば、確かにそんな感じの絵に見えなくもない。養蜂でもやっているのかしらんと思いながら、さっさと店内に入ってしまった灰妖精を追いかける。

 ペコラスは席に着くなり期間限定らしき水饅頭を目ざとく見つけて注文すると、頬杖をついて赤い目をこちらに向けてきた。


「それで、今度は何をやらかそうって話なんだ?」

「別に好きでやってるわけじゃ……」


 いや、今回の件は好きで首を突っ込んでる感じだったか。そらみたことかと細められた視線を避けて、窓の外を眺める。

 一番大きい太陽(マーテル)がちょうど沈んでいく頃合いで、《学院(アカデミー)》の白い塔の群れを赤く染めていた。あの研究区画のどこかにも竜がいるらしいけど、ペコラスなら知ってるだろうか。

 それはさておき、まずは本題を片付けなければ。テーブルの上に両肘をついて指を組み、その上に顎を置いてにやりと笑ってみる。


「金ならある。いくら必要だ?」

「今日も元気そうで何よりだが、ちゃんと説明する気はあるか?」

「えっと、前に話してた、坑掘り用の木偶人形(パペット)のことなんだけどさ」


 ちょっと辛い姿勢だったのですぐに肘を降ろして、湯呑みを片手に話を続ける。

 今回の改修は規模が大きくて、坑掘り屋(ディガー)ひとりではかなり厳しいことになりそうだ。協会を通して別の業者に依頼するという手もあるけれど、できれば気心が知れているリクに任せたいのだ。

 そんな感じの説明になるほどなと頷いたペコラスは、給仕が運んできた水饅頭に菓子切りを突き立てながら、難しい表情で話し始めた。


「試作品ならいくつか出来ているし、実際に使えるかどうか見てみたいところだが」

「何か問題あったりする感じ?」

「命名がまだなんだ。すぐに出番があるとは思えなかったから、後回しにして倉庫に放り込んである」


 思わず首を傾げてしまう。名前なんか適当につけてしまえばいいんじゃなかろうか。それこそ太郎とか花子とか。


「あまり雑な名前で申請するのも、ちょっとな」

「申請とか必要なの?」

「必要なんだな、これが」


 灰妖精の説明によれば、指示を与える際に混同しないようにとか、不測の事態が起きたときに責任の所在を明確にするためとか、とにかく色々な規則が設けられているらしく、人形たちにはそれぞれ固有の名前を付けて協会に届け出なければならないという。


「うぇ、面倒くさそう。いつもはどうしてるの」

「量産品なら、型式(タイプ)連番(シリアル)をつけているな」

「だったら、ペコ一号、ペコ二号とかさ」

「心底、雑だが……ふむ」


 ちらりと私の方を見て、ペコラスは何やら思いついたように口を閉ざした。嫌な予感がする。


「とりあえず三体、様子を見ながら運用してみるか」

「いや、その顔、かなり気になるんだけど」

「届け出さえしておけば、明日にでも使えるようにできるぞ」

「むむむ……ペコラスの予定はどうなってるのさ」

「ちょうどしばらく開いていてな。今なら手厚い保守を提供しようじゃないか」


 鷹揚に見下ろされて、何か言い返そうかと考えはしたものの、悪くない話だったので心の中に留めておく。

 そういうことなら、せいぜいこき使ってやろう。


    †


 結論から言って、ペコラスの人形たちはかなりいい働きをしてくれた。

 以前に《黎明迷宮》で見た作業用の人形と比べると、狭い場所でも作業できるように一回り小さくなり、敏捷性よりも耐久性を重視してずんぐりとした体形になっている。それぞれ区別がつくように番号付きの帽子を被せられ、兎耳の坑掘り屋の指示に従って黙々と動き回っていた。


「ノッカー一号は今の角度を維持しつつ掘り続けて」

「……」

「ノッカー二号は僕と一緒に石材の運搬」

「……」

「ノッカー三号は修復が終わり次第、一号と一緒に掘削を」

「……」

「ノッカさん、罠の方はどうですか」

「こっちはもうちょいかな」

「了解です。ちょっと行ってきますね」


 石材を満載した荷車を人形に引かせながら、リクはランタンを片手にメインの通路を引き返していく。これ、無言の人形たちと同列に扱われてるんじゃないかなーという疑念を横に置いておいて、作業の続きに取り掛かる。

 通路の端に屈みこんで、細い溝に通したワイヤーをゆっくり引っ張っていく。ワイヤーは数メートル先の壁に埋め込まれた《熱線の杖ワンド・オブ・スコーチ》と繋がっていて、ふたつに分割された起動用の《秘紋(シジル)》が合わさることで、


「あっつ」


 頭上を赤く輝く熱線が通り抜けていくのを感じつつ、ワイヤーに印をつけて元に戻す。事前に立てておいた的の中央に、黒く焼け焦げた穴が空いているのを確かめてから、溝の上に薄い石片を嵌め込んでいく。仕上げに土を被せれば、ひとまず完了である。


「順調なようだな」

「そっちもね」


 三号の修復が終わって手持無沙汰になったらしい灰妖精に答えて立ち上がる。罠を発動させるトリガーの設置は、リクの作業が全部終わってからになるから、私の手も空いてしまった。

 人形たちの名前についてもう一度文句をつけてやろうかと考えたところで、ふと疑問が浮かんでくる。


「今更なんだけどさ、ノッカと鉱妖精(ノッカー)ってなんで似てるの?」

「さっぱり意味が分からないんだが、それは自虐か何かか」

「そうじゃなくて、えっと、ほら、発音的な話で」


 いま私たちが話している言葉は日本語でも英語でもない。表意言語(イデオディケレ)と呼ばれる、意味を乗せた言葉であるらしい。サイトは「リンガなんとか」とか言っていたけれど、いまいち理解できていないのだ。


「こっちの世界でも、なんでノッカーって発音になるのか、ってことなんだけど」

「なるほど、そっちの話か」


 君にも分かるようにとなると、と失礼な熟考を始めたペコラスを頭の中で《熱線》の餌食にしていると、胡乱な目で見返されてしまう。何でもないよ。


「……上の世界から落ちてくるのは、人や物だけじゃなくてな」


 法則、原理、概念、その他諸々の断片が降り積もり、混ざり合って、『鼎陽トライ・ソル』や『四王国(クアドラ・レグナム)』に影響を与えている。言語もまたその一部であり、元の世界と似た単語があるのはそのせいだ、と灰妖精は語った。


「君のいた世界は、結構近いんだろう」

「そなの?」

「離れた世界から落ちてきた連中は、日常生活や意思疎通にも苦労するらしいぞ」


 生命維持に必要な概念あたりは一緒に引っ張られてくるものの、文化形態の違いやら未知の病気やら、相性の悪い世界はあるらしい。


「いきなり病気で死にかけたりとか?」

「逆にこっち側に被害が出ることもあるな。洒落にならない奴は採算度外視で速やかに送還している、という話だ」


 落ちてきた奴の生死は問わずでな、と眉をひそめながら付け加えられて、自分は運が良かったのだと改めて認識することになった。


    †


 しばらくして戻ってきたリクと三人で、地図を囲んで進捗を確認する。何点か手直しが必要な部分はあるものの、概ね問題なし。


「この調子なら、改修の第一弾は予定通りに終わりそうだな」

「そろそろ次の事を考えないとなあ……」


 手を加えたい部分はまだまだあるのだけれど、それよりも優先して対応しないといけない事柄があったりもする。

 残りの改修作業は、測量と並行してぼちぼち進めていくしかなさそうだ。


「だから、第二弾に手を付けるのはちょっと先になっちゃうかも」

「構いませんよ。他のダンジョンの依頼も何件かありますし」

「む? だったらそっちでも人形たち(ノッカーズ)を使ってみないか」


 それはいいですねえ、と何やら意気投合するふたりの間に、両手を差し込んで会話を中断させる。


「えっとさ、その名前どうにかならないの」

「ノッカとノッカーは関係ないんだろう?」

「それより、ノッカさんにも手伝って欲しい案件があるんですよ」


 お前は何を言っているんだ的に肩をすくめるペコラスに、もう聞く姿勢ですらないリクが続く。どうしようもないなこいつら。


「いや、リク君の話も気になるけどさあ」

「そんなに時間かからない奴ですから。例の店で詳しい話をしましょう」

「いや、ちょっと待て、蜥蜴肉だったら俺は遠慮したいんだが……」

「だったらいっそ、商会の方で出前を取りましょうか」

「ああ、最近ノッカが悪巧みに使っているという場所か。どんな感じなんだ?」


 あれよあれよと話題が逸れていくのを聞きながら、私は口を閉ざすことにした。

 まあ確かに、ペコラスの言う通り、「ノッカーズ」がどこで何をしようが私とは関係ないわけだし。


「見たまえよ。あれがまだ自分は巻き込まれないと信じている者の顔だ」

「なるほど、おめでたいですね」

「ばっちり聞こえてるんだけどー?」


 ああ知ってるとも、そういう《恩寵(ギフト)》なんでしたっけ、と返されて、ため息をひとつ。

 これはもう、どうしようもない奴に違いなかった。

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