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17. 隧道闇市

 竜の背(ドラゴンスパイン)というのは、大陸を分断する山脈の名前だった。山脈の東側には四つの王国があり、汎人(コモニア)を中心とした文明が広がっている。

 それに対して山脈の西側は、凶暴な怪物たちが跋扈する危険地帯だ。西側全土を支配していた帝国は大昔に滅んでしまっていて、今では小さな集落や町が点在するのみである。


「腕利きの挑戦者なんかは、手つかずのお宝探しや怪物退治のために遠征隊を組むらしいですぜ」

「でもさ、山脈を越えるだけでも大変なんだよね? 片道で半月くらいかかるって聞いたけど」

()国の港から、船で迂回するルートもありやすがね。南の海は大荒れするんで、そっちも楽じゃねえでしょう」

「……じゃあ、北の方は?」

「上手くいったって話は聞きませんぜ。霜巨人の縄張りを通るのが、一番厳しいんじゃないですかい」

「んー、なるほどねえ」


 そんな危険を冒してまで山脈越えに挑む者がいるということは、成功した時の見返りも大きいのだろう。ダンジョンでもないのに、そんな真似をする気にはならない。身の丈を知って、こつこつ地道に借金を返していくのが私にはお似合いである。

 ちょっとした雑談を打ち切り、安物の薬草茶(ハーブティー)で口を潤してから、広い作業机の上に並べられた図面の方へと視線を向ける。


「さて、と。もうひと踏ん張りして、切りのいいとこまで片付けちゃおうか」

「了解でさァ」


    †


 《黄金城塞(フォート・ブライト)》からこちら側に戻った私たちは、《市場(バザール)》の一角に立つボーリィ商会──ホブがひとりで切り盛りしている雑貨用品店である──の二階で、地図作りを進めていた。

 元々はホブの相棒であるヨブが使っていたという一室は、すっかり作業部屋と化している。ワイスの丸太小屋はこういった作業をするには手狭だったので、丁度いいスペースがあって助かった。本人の了承は得ていないけれど、彼もどこかのダンジョンの中で喜んでくれているに違いない。

 協会(ギルド)からも遠くないし、丸太小屋に置いてある荷物を少しばかりこっちに移してもいいんじゃなかろうか。というのは置いておいて。


 結局、立体的な迷宮を平面の地図に落とし込むための上手い方法は思いつけなかった。およその深さごとに紙を分けて、断面図のような形で書いていくことしたのだけれど、これがまた面倒な作業だった。


「この分岐点、どっちの階層に入れればいいかな」

「その先は、確か……どの道も下りになってたハズなんで、下の方がいいんじゃねえですかい」

「それじゃ、ホブの仰せのままにー」


 予想外に役立ったのは、ホブの記憶力と絵の腕前だった。私が鉛筆で記した分岐点の情報を元に、彼がフリーハンドですらすらと地図を描いていくおかげで、数字の羅列された測量記録を見て頭を悩ませることはほとんどなかった。

 おかげで作業が捗っているし、ボーナスを出すことも検討した方がいいだろうか。なんてことを考えていると、ホブが手を止めてこちらを見た。


「どうかしましたかい、姐さん」

「えっと。そろそろ何枚か見繕って、いちど姫殿下に見てもらおうかなって」

「こっちとしちゃあ、駄目出しは早い方が好都合ですぜ」


 作業の手を止めて、キンカ姫に見せるための適当な図面を漁り始めた緑肌の男を横目に、私はもうひとつの懸案事項について思案を始めた。


    †


 蜥蜴人たちに対する聞き込みの成果は今一つだった。竜玉が何であるかは知っていても、その所在については誰もが尻尾を横に振り、竜の背のどこかに存在する可能性があるという話をすれば、逆に驚かれるばかりだった。

 とはいえ、まるっきり収穫が無かったわけでもない。あまり口外しないようにと前置きされた上で、テルナガは別の話をしてくれたのだ。


 蜥蜴人の居住区からさらに下の方へと降りて行くと、その先にははるか昔に東西の交易路として掘り抜かれたという大隧道(トンネル)が存在する。

 放棄された大隧道は落盤や地割れなどによって寸断されていて、正しい迂回路を辿るための知識があったとしても、無事に通り抜けるのは困難である。


 それでもなお、地中を通るルートを利用する隊商(キャラバン)が絶えないのは、いくつか理由がある。そのひとつが──


隧道闇市(トンネル・マーケット)、ねえ」


 季節の変わり目、年に数日間だけ、大隧道のどこかに市が立つらしい。その日に限っては、洞窟の住人たちも侵入者への攻撃を控え、自らも取引に参加するのだという。

 その闇市に行けば、竜や竜玉に関する情報が手に入れられるかもしれない、というのがテルナガの提案だった。


「行ってみるんですかい?」

「そんなに危険は無いって話だし、闇市そのものも見てみたいからさ」


 次回の市は近いうちに開かれるという話だし、タイミング的にも申し分ない。駄目元で行ってみる価値はあるだろう。


「……『(ドラゴン)殺し』、いくら払えば買えやすかねえ」

「もしかして、買うつもりなの? っていうか、ホブも行くつもりなんだ」


 ついて来られても別に困らないからいいのだけど。

 それにしても、まだ『竜殺し』を諦めていなかったらしい。仮に手に入れられたとしたら、誰かに売るんだろうか。それとも自分で飲むつもりだろうか。


    †


 それから数日後。《黄金城塞》でキンカ姫に地図を渡した後、私たちは再び蜥蜴人の居住区に足を踏み入れた。

 テルナガの計らいによって闇市へと向かう一団に加わり、地底湖から小舟に乗り込むと、舟は水門とは異なる方角に口を開けた水路へと進んでいく。


 やがて、奥の方からざあざあと水の流れ落ちる音が聞こえ始めた。この先に滝でもあるのだろうかと耳を澄ませているうちに、小舟は船着き場らしき岸壁へと辿り着いた。

 水路の先は鉄柵で閉ざされていて、これ以上は船で進めないようになっている。鉄柵の方にランタンの光を向けてみても、その光が何かを照らし出すことはなかった。


「こん先ば縦穴になっちょう。落ちたらまず生きとれんばい」


 一足先に岸に上がっていたテルナガは、私たちにそれだけ告げて、後からやってきた別の小舟の方へと歩いて行った。大きな樽を載せた小舟がゆっくりと接岸すると、蜥蜴人たちは慌ただしく動き始めた。

 荷揚げの作業の邪魔にならないように、私も岸辺に上がって鉄柵の方へと移動した。もう一度ランタンで鉄柵の向こう側を照らしてみると、一辺が十メートルほどの四角い縦穴が上下にずっと伸びているのが見て取れた。


 目を閉じて、背後からの雑音を切り捨てていく。

 水路から流れ落ちる水は、数百メートル下で縦穴の底にぶつかって、轟音を立てている。かなり距離があり、音が反響していまいち判然としないものの、水はそのまま別の通路へと流れているようだった。

 縦穴の上の方へと意識を向けてみる。どうやら別の場所からも水が流れ込んでいるらしく、縦穴の全容を音だけで把握するのは難しそうだった。


「これ、どこまで続いてるんだろ……」

「地表まで繋がってるんじゃないですかい」


 鉄柵の隙間から暗い縦穴を見上げていると、ホブの声が横から聞こえてきた。いくら夜目の利く妖鬼族(ゴブリン)の視力でも、この角度では大して見通せないだろうに、適当な発言である。


「ここが山脈のどの辺なのか知らないけどさ。かなりの標高だろうし、さすがにそれはないんじゃない?」

「うんにゃ。ここを登っていけば外に出られるばい」


 振り返ると、ちょうど作業を終えたテルナガが近づいてくるところだった。

 目の前の縦穴は大隧道の換気や保守のために作られたもので、途中で何度か折れ曲がりながらずっと上まで続いているのだ、と彼は言葉を続けた。


「昔の昇降機やら何やらはほとんど使えんで、登るのは大変やが」


 そう言いつつ、テルナガは鉄柵のすぐ横にあった頑丈そうな扉の前に立つ。腰帯から下げた袋から小さな鍵を取り出すと、それを扉の鍵穴へと差し込んだ。

 ゆっくりと開かれる扉の隙間から、縦穴に突き出た踊り場が見えてくる。


「ばってん、ここから降りる分ばきっちり手入れしちょう」

「えっと、もしかして、それに乗るってことですか」


 テルナガが指し示した扉の先、踊り場のすぐ横では、太いワイヤーによって支えられた木製の吊籠(ゴンドラ)がふらふらと揺れていた。


    †


 私とホブは、促されるままに吊籠へと乗せられた。同乗したテルナガが内側に取り付けられたレバーを引き下げると、吊籠はゆっくりと降下を始めた。

 どんな仕組みになっているのだろうかと、ワイヤーを動かしている滑車やベルト、歯車の連なりを目で追っていく。流れ落ちる水の中で動力源らしき水車が回っているのを見つけたところで、仕掛けはランタンの光から外れて消えていった。


「これって、どれくらい下まで行くんです?」

「確か、百メーテくらいじゃったか」


 およそ百五十メートルの道程を降りていくにつれて、縦穴の底から聞こえてくる水音が大きくなってくる。それと共に、下の方から吹き上げてくる水飛沫が少しずつ強くなってきた。

 髪が濡れないようにフードを被ると、恨めしそうな表情のホブと目が合った。悪いなホブ、この外套(クローク)は一人用なんだ。


 水飛沫の洗礼を浴びて辟易した様子の妖鬼に対して、細かくレバーを操作している蜥蜴人の方は平気そうな様子だった。彼らは多少濡れていた方が元気なのかもしれない。

 そんなことを考えているうちに、吊籠は別の踊り場に到着した。ぐらぐら揺れる籠から飛び降りて、すぐ傍にあった扉を抜けて小さな広間へと逃げ込んだ。


 背負い袋を降ろし、中身が濡れてしまっていないことを確かめてほっと一息ついていると、ほとんど間を置かずに酒の詰まった大樽たちが次々と運ばれてきた。不安定そうに見える吊籠を慣れた様子で扱う蜥蜴人たちに感心しながら、広間の隅に寄って作業を傍観する。

 大きな酒樽は、事前に用意してあったらしい荷車に載せられ、布を被せられていく。その様子を見て、ホブはため息をついた。


「あれだけあるんなら、少しくらい先に売ってくれてもいいと思うんですがねえ」

「そんな贔屓とか抜け駆けとか許してたら、切りが無いんじゃないの。それより、今のうちに座標チェックしよっか」


 未練がましくぶつくさと呟くホブの背中を叩いて、《測位儀(ロケーター)》の準備を始めさせる。もう一度来られるかどうか微妙な場所だし、ちゃんと記録しておいた方が良さそうだった。


    †


 目的地である大隧道に辿り着いたのは、蜥蜴人の居住区を出てから半日ほど経った頃だった。薄暗い洞窟に神経を使いながら、どうにか荷車の後を付いていった先には、巨大な空間が存在していた。


 幅五十メートル以上はありそうなトンネルは、天井のあちこちから《秘術(アルカナ)》によるものらしい白い光が降り注いでいる。天井を支えるために整然と並んだ太い柱には、様々な装飾が施されていて、これを作った人たちの技術力の高さを思わせた。

 中学生の頃、親にねだって見に行った地下放水路をなんとなく思い出しつつ、奥の方へと視線を向ける。長い年月によって劣化したためか、隧道は少し先の方で落盤によって行き止まりになっている。反対側もまた、同様に塞がれているように見えた。


 周囲を見回しつつ、荷車に続いて進んでいけば、広い空間のあちこちに先客の姿を見つけることができた。

 硬そうな表皮を持つ甲殻人の一団が、運んできた荷物を地面の上に広げ始めている。別の場所では、黒い肌の妖精族がひそひそと語り合っている。大きな袋を担いだ小人たちは、どこに陣取るべきかきょろきょろと周囲を見回していた。


「外の連中はまだ来てないんですかね」

「それっぽいのは見当たらないけど……」


 私たちが歩いてきた通路以外にも、この場所にはいくつもの横道が繋がっている。どれが山脈を横断するための正解ルートなんだろうかと考えているうちに、蜥蜴人たちは足を止め、荷車を覆っていた布を取り払った。


 ざわめきが止み、周囲からの視線が荷車の方へと向けられた。若干の居心地悪さを感じつつ、注目を浴びている意味を思案する。


「これは早いとこ交渉しないと、お酒、無くなっちゃうかもね」

「やや、ここまで来てそいつは勘弁ですぜ」

「いいけどさ、聞き込みも忘れないでよ?」


 慌てた様子で自分の荷物を漁り始めたホブに釘を刺しておいてから、私はさっきから小さく聞こえてきていた重い足音の方に意識を向けた。


    †


 斥候らしき軽装の男に続いて、犀のようなずんぐりとした輓獣(ばんじゅう)が、大きめの横道から姿を見せた。数人の護衛を引き連れ、頑丈そうな四輪の荷車を曳きながら、灰色の獣がゆっくりとした歩みで大隧道の中へと入ってくる。その後からさらに二組、同じような集団が現れて、この場の緊張の度合いを少しばかり高めたようだった。


 新たな来訪者に気付いた人たちに警戒されつつ、彼らは壁際に居所を定めて荷物を降ろし始めた。しばらくして、集団の中から恰幅の良い男性がひとり歩み出てくると、こちら側からも代表者と思しき黒妖精が近づいていく。

 大隧道の真ん中で向かい合った二人は、どちらからともなく懐から小さなメダルを取り出して、互いに見えるように差し出した。遠くてよく見えないけれど、符丁のようなものだろうか。


(いにしえ)の盟約に従い、我らに一夜の平穏を」

「光届かぬ地の底なれど、我ら銀月に誓わん」


 黒妖精の言葉に商人が応えたのを合図に、周囲の人たちが慌ただしく動き始めた。横にいたはずのホブも、いつの間にか酒樽の方へと走り去っている。取引の様子を観察するべく、私も一巡りしてみることにした。


 甲殻人たちが床の上に広げていたのは、どうやら地底で育った植物や菌類のようだった。ダチョウの卵めいた大きな白い茸や、青く光る苔玉が、金貨と引き換えに行商人の手に渡っていく。

 黒妖精が商っているのは様々な装飾品や武具だった。その中には挑戦者たちの遺品も含まれているようで、目録を手にした男が目当ての品物を探して物色を続けていた。

 毛深い小人たちが持ってきた袋の中からは、彼らが掘り出したらしい鉱石の塊が大量に現れた。貴腐銀(ノーブル)緋相銅(スカーレット)といった珍しい金属に加えて、宝石を削り出す前の大きな原石がずらりと並べられている。


 西側からやってきた隊商の荷車には、遺跡から発掘してきたらしい骨董品や、何処かで仕留めた怪物の死体が積まれていた。対して東側の商人が持ち込んだのは、質の良さそうな布や薬品、外でしか手に入らない香辛料や食材といった品々だった。物々交換での取引もあちこちで行われていて、商品代わりの無数の木札が集団の間を行ったり来たりしている。

 いろいろと気になる品はあるものの、絶賛借金中の私に手が出せるはずもない。情報を集めようにも粛々と行われていく取引に口を挟むこともできず、仕方なくウィンドウショッピングと決め込んでぶらぶらと歩いていると、いきなり背後から肩をぽん、と叩かれた。


「──ひゃあッ」

「あ、いや、面目ない。見知った顔があった故、つい手が出てしまった」


 慌てて振り返った私の目の前には、黒髪の剣客(フェンサー)が立っていた。黒漆の塗られた合皮の具足に、腰から吊るされた細身の直剣。傷のある顔には見覚えがあった。

 そう。彼とは確か、《黎明迷宮(ザ・ドーン)》の地下一階で少しだけ言葉を交わしたことがある。あの時も今も、私はフードを被って顔を隠しているというのに、気付かれるとはどういうことだろうか。


「えっと、人違いじゃないですか」

「その外套に腰の得物、所作、その声にも覚えがあるでござるよ。まさか、こんな所でまた会うとは思わなんだ」


 ござるの人は、両手を広げて敵意が無いことを示してくる。この様子だと、私がサイトを助け出した一件については知らないようだ。今ここでどうにかされる心配は無さそうな感じだけれど。

 黙ったままじっと見られている状況をどう受け取ったのか、彼は姿勢を正して軽く頭を下げてきた。


「おっと、挨拶がまだでござったな。拙者はモンツァと申す」

「ノッカ、ですけど。モンツァさんは護衛の仕事ですか」

「左様、元々こちらが本業にござる。あの時はたまたま(ハク)都で暇ができた折に、ちょうど挑戦者の枠が空いていると耳にしてな」

「なるほど……」


 ろくに情報収集もしていない様子だったのは、やはり本腰を入れての挑戦ではなかったからか。


「なかなかいい所まで進めたのでござるが、うっかり気を抜いてしまってなぁ」


 いやはや参ったと笑う彼が、いったい《黎明迷宮》をどこまで攻略できたのか。つい気になってしまって、私はモンツァを見上げた。


「詳しく聞いても?」

「構わんでござるよ。どうせしばらく暇でござるからな」


 近くの柱に寄りかかると、モンツァは顎に手を当てて記憶を掘り返し始めた。


    †


 およそ二月前。地下一階の広間で露店を開いていた私と別れた後。


 地下二階に進むために必要な鍵を探して彷徨い歩いていたモンツァは、後からやってきたチンピラ二人組──おそらく私に絡んできた軽戦士と術士だろう──と鉢合わせた。


「どうにも気が立っておったから、脳天に軽くお見舞いして大人しくさせてな」

「はあ」


 あっさり降参した二人組が先に見つけていた鍵を巻き上げると、モンツァは無事に地下一階を突破した。

 その後も彼は勘だけで歩き回り、どうやら仕掛けられた罠をことごとく起動させたり怪物に囲まれたりしながらも、それらを力技で乗り越えていったらしい。そうしてとうとう地下三階に──


「って、石像の謎解きはどうしたんですか」

「む? ……いや、さすがに細かいところまでは思い出せぬぞ」


 迷宮内での記憶に関しては、大筋でどんなことがあったか、どういう結末になったかの二点を除いて、ほぼ忘れられてしまう。

 五人の勇士像を正しい位置に配置しないと先に進めない仕掛けだった筈なのだけど、彼はどうやって突破したのだろうか。


「……まあ、いいですけど。その様子だと、地下三階も似た感じですかね」

「うむ。三階と言えば、噂の石巨人はやはり強敵でござった。あれは忘れられぬ」


 なんと、石巨人(ゴーレム)をひとりで倒してしまったらしい。頭の方はともかく、戦闘に関してはワイスといい勝負ができるレベルじゃないだろうか。

 とはいえ、モンツァの快進撃もそこまでだった。石巨人との戦闘で疲労していた彼は、通路の天井に張り付いていた粘体(スライム)に気付くことができず、不意打ちを食らってしまった。


「すぐに振り払いはしたのでござるが、そやつに利き腕をやられてしまってな」


 大した傷は負わなかったものの、手甲と剣を溶解液で溶かされてしまったモンツァは、その場を離れてすぐに《帰還(レディティウム)》の秘術符を使い、地上へと戻ったらしい。

 彼の実力ならまだまだ行けたんじゃないかと思うけれど、ひとりでの挑戦なら仕方ない。無理をして動けなくなってからでは手遅れになりかねない。


「手甲は兎も角、剣の方は特別製でな」

「特別製、ですか」


 モンツァは腰に下げていた剣を、半分ほど鞘から抜いて見せてきた。青みがかった暗色の刀身は、大部分が赤茶色に変色してしまっている。


「予備の武器では心許ないゆえ、近いうちに緋国に立ち寄って打ち直して貰わねばと考えて──」

「えっと、よく見せてもらってもいいですか」

「何か、気になる事でも?」


 さらに少しだけ引き抜かれた剣の近くに寄って観察しながら、綺麗な部分を人差し指で弾いてみる。どうやら芯までは腐食していない感じだし、これならいけるだろうか。


「もしかしたら、ここで直せるかもですけど」

「なんと。本当であれば願ってもない話でござるが……」


 疑惑の眼差しに頷きを返す。見た目と音からして、剣の材質は闇青鋼(ブルー・メタル)だろう。硬くて錆びに強いのが特徴だけれど、粘体の溶解液には勝てなかったらしい。

 闇青鋼なら小人たちが扱っている鉱石の中にあったはずだ。それを少しばかり分けてもらえば、《修繕の杖ワンド・オブ・メンディング》の力でなんとかできるだろう。

 多分、似たような《秘術》を使える術士も探せばいると思うけれど、それについては黙っておこう。


「とはいえ、今はそれほど持ち合わせが、なあ」

「材料費だけ払って貰えれば。その代わりと言っては何ですけど」

「ふむ。何でござろうか?」


 外からやってきた隊商の人たちへの聞き込みを、彼に手伝って貰うことにしよう。私なんかより、ずっと適任に違いない。

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