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14. 地図制作

 出来立ての柔らかい大福は、塩味がほんのりと効いていた。こいつはなかなかの業物であるなとしみじみ堪能していると、テーブルの反対側で同じように大福を食べていた白衣の灰妖精が会話を再開した。


「竜玉というのは、ざっくり言ってしまえば、竜の卵のことだ」

「……タマゴ、かぁ」


 なるほど、それはさぞかし希少なことだろう。竜の卵であれば、都に家を持って、しばらく遊んで暮らせるだけの褒賞を与えてもお釣りが出るくらいの価値はありそうだ。


「どれくらいの大きさなのかな」

「実際に見たことは無いが、両手でどうにか抱えて持ち上げられる程度だと、何かに書いてあった覚えがあるな」

「それはちょっと、大変そうだなあ」


 深い甘みのある薬草茶(ハーブティー)を啜りながら、どうにかして運ぶ方法は無いだろうかと思案していると、訝しげな視線が私に向けられた。


「もしかして君、竜玉を手に入れようとか考えてないか?」

「それで借金が減らせたらいいなー、くらいには考えてるけど」

「そもそも、何処にあるのかも知らんのだろうに……」


 どうせ無理だろうし、皮算用くらい許して欲しいところである。

 ペコラスは呆れたように首を振りつつ、紫瓜の浅漬けを一切れ、口の中に放り込んだ。


「万が一、運良く見つけられたとしてもな。卵を持っていくのを親竜が黙って見過ごすわけないだろう」

「……いやいや、子供を無理矢理連れ去るとか、有り得ないですし」

「なあ、さっきまでと言ってることが逆じゃあないか?」

「口の中に食べ物入れたまま喋るの、行儀悪いよ」

「む……」


 赤い瞳で私を睨みつつも、灰妖精は湯飲みへと手を伸ばした。目を逸らし、口笛をすーすー鳴らしながら言い訳を考える。とはいえ、すぐに何か思いつけるわけもなかった。


「どうせ君のことだ。親が居るということにまで頭が回らなかったんだろう?」

「ち、違いますし。報奨金に目がくらんでただけだし」

「より酷いじゃないか」

「ぐぬぬ……」


 これ以上喋っても墓穴を掘る一方だろう。心を落ち着かせるべく浅漬けをぼりぼりと噛んでいると、顎に手を当てて思案していたペコラスが「しかしなあ」と呟いた。


「えっと、何か気になる?」

「ああ。万が一のことを考えると、卵の所在だけははっきりさせておいた方がいいかもしれないぞ」


 このまま放っておいて、どこかの誰かが卵を盗み去ってしまったら、それに気付いた親竜が怒って暴れまわるかもしれない。そうなれば、山脈にある《黄金城砦(フォート・ブライト)》や地中の洞窟に棲んでいる人々にも被害が及ぶ可能性が高い。

 卵の在り処が判っていれば、そこに近づこうとする挑戦者たちを排除したり、罠を仕掛けたり、いろいろ対策を考えられるだろう、とペコラスは告げた。


「だったらさ、ほら、《物体測位ロケート・オブジェクト》とかでどうにか見つけられないの?」

「探知系の《秘術(アルカナ)》は、対象を見知っていないと効果が弱いんだ。逆にきっちり特定できるなら、かなり正確な方角を示してくれるんだが……」

「そういう制約、結構多いよねえ」


 肝心なときに使えないやつである。不満げな私の様子を見て、彼はにやりと笑って言葉を続けた。


「ほとんど制限が無い、上位版の《秘術》もあるぞ」

「でもお高いんでしょう? 《宝珠(オーブ)》みたいにー?」

「当然だ」


 予想通りである。これ以上、余計な借金を増やすつもりは無いし、別の手を考えるしかないだろう。


「そういえば、《黎明迷宮(ザ・ドーン)》の仕事はしばらく休むって聞いたが?」

「ばっちり顔を見られちゃったみたいだし、用心のために少し様子を見た方がいいだろうって。あと、姫様のところで地図制作(マッピング)の依頼も受けちゃったしね」

「なるほどな」


 少しばかり残念そうな様子に見えるのは、私の勘違いだろうか。

 それはそれとして、すっかり忘れていたキンカ姫からの依頼についても計画を練っておかなければ。


「あー、地図作るついでに、竜玉が見つかるといいんだけどなー」

「うっかり親竜に喰われたりしないようにな」


 まあ、そうそう見つけられるとは思わないが、と灰妖精は肩をすくめた。


    †


 甘味処を出てペコラスと別れた後、《市場(バザール)》を通り抜けて丘を登っていくと、丸太小屋の前に大きな荷車(リヤカー)が止まっているのが見えてきた。

 大小さまざまな木箱を載せた荷車の横では、緑色の肌の男がワイスと何やら話している。


「そういえば、もうひとり落人(フォールン)が増えたって聞きましたぜ」

「耳が早いのは結構だが、そいつならもう還る日が決まっとるぞ」

「なんだ、そうなんですかい?」


 相棒の言葉を聞いて、どうやら商売にならないようだ判断したのか、男は残念そうに肩を落とした。

 元の世界への《転送陣(トランスポーター)》を開く日まで時間が無いということで、サイトは協会(ギルド)の施設に泊り込んで色々な手続きや調べ物を行っている。どうやら今日も、この丸太小屋に戻ってくるかどうか微妙であるらしかった。

 一度、協会まで様子を見に行ったほうがいいかもしれないな、と考えながら歩いていると、男たちの視線がこちらを向いた。


「おう、戻ったか」

「ややや、ノッカの(あね)さん! 今日もいいお日和で!」

「あー、えっと、ホブも元気そうだね……」


 揉み手をしながらぺこぺこと頭を下げてくる緑肌の男に若干引きつつ、荷車の上の木箱を覗いてみる。

 穀粉が詰まった袋が数種類。調味料の入った容器も種類ごとに何本かずつ。他にも日用雑貨のあれこれが満載されていて、かなりの重量だろうと思われた。


「こんな辺鄙な場所まで御用聞きとか、大変じゃない?」

「だからこそって奴ですぜ。《市場》から離れてた方が、いろいろ注文して貰えるって寸法で」


 なるほど確かに、重いものを家まで運びたくないって人には重宝されそうだ。


「姐さんも、何か入り用じゃありませんかね?」

「んー」


 取り急ぎ必要なものは、ちょうど《市場》で買ってきてしまっている。

 生活面で困っていることは、今のところ特に無い。相棒の方に視線を向けると、久々に意地の悪そうな笑顔が返ってきた。


「ノッカは迷惑掛けられた身だろう? 何でも言ってやればいいさ」

「そう言われてもなあ」


 私がこの世界に落ちてきたあの日、初めて出会った二人組の片割れであるホブは、《命令(コマンド)》を使える術者を呼びに行こうとしたところでワイスと鉢合わせて、悪巧みをあっさり白状したらしい。

 結局、私の真名(マナ)を聞き出そうとする試みは未遂に終わったものの、彼らのやらかしたことは《市場》中に知れ渡ってしまい、随分と肩身の狭い思いをしているという。

 自業自得とはいえ、ホブの方は半ば押し切られていた感じもあったので、この辺りで手打ちにしてあげてもいいのだけれど。


「そいえば、ヨブはどうしてるの?」

「しばらく知り合いのダンジョンに引き篭るっつって、こないだ荷物まとめて飛び出しちまいまして」

「お前さんはついて行かなかったんだな」

「こんなのでも仕事を回してくれてる人がおりますんで」


 放り出すわけにもいかんでしょう、と頭をかく彼の腕に《腕輪(ブレス)》があるのを見て、ふと思いついたことを口にする。


「だったら、被召喚者(サモニー)の仕事でもいいかなあ」

「と、いいますと?」


 何を言われるのかと身構えるホブの横で、ワイスが納得したように頷いて、ホブの肩をがっしりと掴んだ。


「いいんじゃねえか。お前さん、毎日忙しい訳じゃなかろう?」

「……ええ、まァ」

「別にそんな物騒な話じゃないから、大丈夫だってば」


 挑戦者たちと一戦交えるお仕事とかは、戦闘の鬼(F.O.E)さんに任せておけばいいのである。詳しい話をするべく、私と相棒はホブを小屋の中へと連行した。


    †


 それから二日後、《黄金城砦》の基底部。転がる岩(ローリング・ボルダー)の終点に位置する砂地の広間で、私とホブは測量の準備を始めた。

 ほぼ白紙の地図にここまでの通路を書き込んでいると、隣で背負い袋から道具を取り出していたホブが話しかけてきた。


「こんなロープで、ちゃんと測れるんですかねえ?」

「元の世界の話なんだけどさ。昔、国中を歩いて回って、正確な地図を作った人が居たんだ」

「へえ、徒歩で、ですかい」

「何でも、常に一定の歩幅で歩くことができたみたいでね」


 うろ覚えだけど確か、正確な距離と方角さえ記録できればちゃんと地図が出来上がるぜ、みたいな話だったはずだ。


「そいつはまた、珍妙な能力で」

「だよねえ。まあ、そんな異能持ちのタダタカさんにあやかって用意したのが、そのひみつ道具なんだけど」


 暗く足場の悪い洞窟で歩幅を一定にするなんてどう考えても無理なので、今回は長くて丈夫なロープを用意している。距離を正確に知ることができるように、ロープには一定間隔ごとに赤い印をつけ、小さなタグを結び付けてある。

 ホブからロープの端を受け取って、私は広間から通路へと足を踏み入れた。しばらく進んでいくと、背後から呼び止める声が聞こえてきた。


「姐さん、見えなくなりましたぜ」

「もう?」


 足を止め、ランタンを振って合図を送ると、ロープがぴんと引っ張られた。


「距離は?」

「あー、十三で」

「ほいさ。方角をどうぞー?」

「ちょいと、お待ちを」


 ホブはロープと一緒に持っていた方位磁針(コンパス)を覗き込み、私のランタンの方位を確認する。


「北北東、でさァ」

「おっけー。そんじゃ、こっちまで来て」

「こいつは予想以上に、地味な作業で……」


 北北東に、十三マス。ホブの呟きを聞き流しつつメモ帳に書き留めて、地図にも通路を書き込んでいく。

 確かに地味で、時間はかかりそうな感じだけれど、これなら上手いこといけるんじゃないだろうか?


    †


「……そんなふうに考えていた時期が私にもありました」

「その様子だと、駄目だったんだな」


 丸太小屋の居間で何日かぶりに対面したサイトは、どこで手に入れたのか、また眼鏡をかけていた。

 《恩寵(ギフト)》があるから眼鏡なんか必要ないんじゃないかと尋ねたところ、「日本に戻った後で何も見えないと困るだろう」と返されてしまった。眼鏡をかけても問題ない辺り、さすがは《恩寵》さんだった。


 ついでに髪も切り揃えたためか、なんとなく男子高校生っぽさを取り戻した様子の彼にも見えるように、努力の痕跡たる地図をテーブルの上に広げてみせる。


「最初は順調だったんだけど、先に進んでみたらこれがなかなか大変でさ」


 分岐路をいくつか通り過ぎた辺りから、狭い通路や縦穴に行く手を阻まれ始めた。屈んで進まなければならないくらい天井が低い場所もあり、そんな中からどうにか進めそうな道を選んで調査を続けていったものの。


「あちこち歩いてるうちに、こんなんなっちゃって」

「ああ、なるほどな」


 坂道や階段による上下移動を考えてなかったために、地図上のあちこちで通路が交差してしまっている。

 それでもしばらく頑張った末に、これでは駄目だと引き返すことにした後にも、新たな問題が発覚した。


「コンパスの針が変な方向を向いちゃう場所があってさ、気付かなかったら危うく別の道に迷い込むところだったよ」

「ほう、そいつは興味深いな。もしかしたら、近くに天然の磁石でも埋まって……ああ、いや、大変だったな」

「いいよもう。一応、無事に帰ってこれたし」


 下手な慰めはいらないし。どこまで信用できるかも判らなくなった地図を丸め、テーブルの上に両手を伸ばしてうつ伏せになってみる。


升目(グリッド)でマッピングできない上に、方角もはっきりしないとか、わりと手詰まりなんですけどー」

「地図作りに役立つような《秘術》は無いのか?」

「いまいちかな。《鷹の目(ホークアイ)》は屋外でしか使えないし、《天鼠の耳(エコーロケート)》は大して範囲広くないし」


 後者については、自前の《恩寵(ギフト)》の方が高性能だろうと言われてしまっている。

 つい先日、ペコラスから聞き出したいくつかの《秘術》についてサイトに伝えると、彼はしばらく思案した末に、天井を見上げたまま口を開いた。


「それなら、《物体測位》はどうだ」

「え、だってそれ、物探しの《秘術》じゃん」

「忘れたのか? 協会のあの装置、座標測定に探知系の《秘術》を使ってるって言ってただろ」


 そうだっただろうか。彼がアグラ女史と何やら難しい話をしていたのは覚えているけど。

 なんとか思い出そうと首を捻っていると、サイトは眼鏡の端をくい、と持ち上げた。


「《物体測位》を使えば、対象物が存在する方角を正確に知ることができる。その方角を常に指し示すコンパスみたいな道具も、《固定化(ステイブル)》を利用して作れるだろう。ここまではいいな?」

「えっと、うん」

「そこでだ。その道具を二個……いや、三個用意して、それぞれの対象となっている品物を離れた場所に置いておく」


 再び広げられた地図の片隅、《黄金城砦》と記されたエリアに、小さな丸が三つ描かれた。そうした後、彼は地図の別の場所に印をつけて、そこから三つの丸へと線を引いた。


「こうしておけば、あとはどこに行っても道具が示す方角と鉛直方向との組み合わせで、現在位置を知ることが──」

「ごめん、もう、理解が追いつかないんだけど」

「……まあ、GPS(ジーピーエス)みたいなもん……でもないか」


 サイトはどう説明したものかとしばらく唸った末に、諦めてペンを放り投げ、私の顔をじっと見据えた。


「数学の授業で、三角関数とか、配列とか習ったよな?」

「えっと、その辺は専門外なもので、ちょっと……」

「だったら一体、何が専門、いや、言わなくていい」


 ダの一文字を口にするより早く、彼の片手が発言を遮ってきた。小さく溜息をつき、テーブルをとんとんと叩きながら、サイトは考えをまとめるように言葉を続けていく。


「となると、協会経由で《学院(アカデミー)》に依頼して、ちゃんとした装置を作って貰った方がいいか。低位の《秘術》をベースにするなら、費用もそんなにかからないだろ」

「ちゃんとした、装置?」

「基点に対する三軸座標を、自動演算して表示してくれる感じの奴な」

「おお、宝石の護符アミュレット・オブ・ジュエルズ!」

「何だそりゃ」


 ご存知、ないのですか。まったく不勉強な奴である。

 肩をすくめて首を振る私には構わず、サイトは地図を裏返し、ペンを拾い上げて何やら書き始めた。


「……依頼書?」

「ああ。こんな感じの装置を頼むって書いておくから、後は協会と交渉してくれ。俺が直接、説明できればいいんだが」


 そこで言葉を切って、彼は壁にかかっている時計を見上げた。そういえば、サイトのための《転送陣》が開かれるまで、あと一日も残されていなかった。


「なんか、最後までバタバタさせちゃってるねえ」

「気にするなって。これも恩返しの一環だぜ。それに……」

「それに?」

「いや、なんでもない」


 私の問いかけには答えず、サイトはそれきり口を閉ざして作業に没頭し始めた。

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