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11. 宝物庫

 宝箱の下に隠されていた縦穴の底は、天井の低い小部屋になっていた。部屋に降り立った途端に襲い掛かってきた二体の人形兵士を難なく返り討ちにして、挑戦者たちは周囲の探索を始めた。

 地下三階から降りてくるために利用した梯子は中央にあり、四方に重厚な鉄扉が存在している。部屋の四隅には、今にも飛び掛らんと身構えた姿勢の獅子像が立っていて、挑戦者たちを再び警戒させた。


「宝の番人、ってとこですかい?」

「術がかけられている気配はあるけど、さほど強くは無いね。人形どもと違って、いきなり動いて襲ってきたりはしないだろうさ」

「だと、いいんですがねえ」


 斥候の男はランタンを少年に手渡すと、石像に触れないように気を付けながらその周囲を観察し始めた。獅子像の足元は継ぎ目無く台座と一体化しており、男は僅かに開いた口の方へと注意を向ける。

 像の正面に布をかざしてみても、口の中から矢が飛び出してくるようなことはなく、彼はようやく警戒を解いた。


 石像から離れ、鉄扉を調べ始めた男の背後で、年老いた女術士は扉に刻まれた文字を読み上げていく。


「武勇の間、秘術の間、霊薬の間、それから、探索の間、ねえ……罠はどうだい、ウィード?」

「どうやら罠は仕掛けられてなさそうですがね、押しても引いても動く気配なし、と。後は気になる窪みがひとつに、こいつは覗き穴か」


 ちょうど目線の高さにある横長の穴からは、秘術の光がわずかに漏れている。斥候の男は穴を直接覗き込むようなことはせず、懐から取り出した小さな鏡を使って、扉の向こう側を確かめていった。

 四方の扉をすべて調べ終えた彼は、部屋の中央に戻って説明を始めた。


「扉の先はどれも狭い部屋で、小さな台座がひとつだけ。台座の上には宝物、ってな具合ですな」

「宝物というと、何だい?」


 老女に問われて、男は扉をひとつずつ指差していく。


「剣、杖、薬瓶三本に、革袋のようで」

「やっぱり、こいつを使って開ける仕組みかねえ」


 地下三階の休憩所で手に入れた青い宝石を片手に老女が問えば、斥候の男は「でしょうな」と頷いた。


「つまり、どれかを選べってことかい」

「どいつにしやしょう?」


 男が尋ねると、老術士は少しだけ思案してから扉のひとつを杖で指し示した。


「霊薬ってのがが気になるねえ。万能薬(パナシーア)ってことは、ないだろうけどさ」


    †


 窪みに青い宝石が嵌め込まれると、ごとごとと大きな音を立てながら、重い鉄扉がせり上がっていく。少しずつ広がっていく扉と床の隙間から、明るい光が差し込んでくる。

 扉の脇で身を屈めていた斥候の男は、扉が開き切ったのを見て、慎重に小部屋の中へと侵入する。天井裏でまだ仕掛けが動き続ける音に眉をひそめつつ、彼は手早く仕事を進めていった。


「床にも台座にも、罠はありませんぜ」


 報告を聞いて、老女も小部屋へと入っていく。ランタンを持った少年は、背後を気にしつつ小部屋の入り口で立ち止まった。


「取っちまって構わないんだね?」

「ええ、どうぞ」


 もう一度念を押してから、彼女は薬瓶のひとつに手を伸ばした。透明なガラス瓶の中には、紫色の液体が並々と入っている。瓶に括り付けられた紙片に「英雄薬」と書かれているのを見て、老女は不機嫌そうに首を振った。


「アタシが欲しいのとは、ちょいと違うようだねえ……」

「他の扉はどうします?」

「上に休憩所があることだし、折角だから開錠(アンロック)の術を試してみたいところだね」

「ああ、そいつはいい考えで」


 上手く行けば、残りのお宝も頂いてしまえるかもしれない。どの扉から試してもらおうか。

 そう男が考え始めた瞬間に、小部屋を照らしていた秘術の光が消え去った。同時に、天井裏で動いていた仕掛けの音もぴたりと停止する。

 静かな暗闇の中で、老女は杖を構えて大声を上げた。


「無事かい、ウィード?」

「どうやら時間差の仕掛けだったようですな……おい、サイト! 明かりはどうした!」


 本来なら、ふたりの背後にはランタンの光があるはずだった。しかし、振り返っても光源らしきものは見つからない。

 口から出かけた悪態を飲み込んで、男は老術士に向かって声をかける。


「アンヌさんよ、すまねえが光をちょいと──」

「それは、困るよ」


 少年の声がした直後、老女の手から杖が消え去った。どこか遠くで、からん、と杖が転がる音が響いた。


「サイト、てめえ、どういうつもりだ!」

「どうもこうも、せっかくのチャンスを不意にはしたくないからね」

真名(マナ)で縛られているってのに、やけに強気じゃないかい?」


 老女が鼻を鳴らすと、少年は暗闇の中で肩をすくめた。


「そりゃあ、アンタたちに危害を加えることはできないし、他の誰かに名前を教えられないし、何か見つけたら必ず報告しなきゃならないし、一緒に行動できなくなったら死ねって命令されてるし」


 少年は指折り数えながら、ゆっくりと話し続ける。


「アンタの口添えが無けりゃ、街で復活もできないと来た。正直、こいつは詰んでるなって思ってたよ」

「そこまで分かってるなら、大人しく命令に従ってな」

「ちゃんと従ってるじゃないか。アンタたちに、危害を加えたりはしないさ」


 数ヶ月間、ずっと行動を共にしていて、ただ命令に従っていたわけではない。少年が気付いたことはいくつかあった。杖が無ければ、この老女は術を使うことができない。術が使えなければ、少年に対して新たに命令することができない。だからこそ、真っ先に老術士の杖を奪ったのだ。


「杖がその一本だと思ったら大間違いだよ。予備ならここにあるんだ」

「ああ、そいつならかなり前に、只の木の枝とすり替えておいたけれど。試してみたら?」

「……まったく、手癖の悪い坊主じゃないか!」


 暗闇の中、老女と少年との会話が続く。最初に異変を察知したのは、腰を落としてじりじりと移動していた斥候の男だった。かすかな異臭と共に襲ってきた目眩に気付くと、彼は咄嗟に口元を布で覆った。


「ふん、今ならまだ許してやるよ! いいから灯りを──」


 すぐ近くで、老女が床に倒れる音が、男の耳に届いた。ガスに気付かないまま、まともに吸い込んでしまったらしい。


「時間稼ぎかよ。いつの間に……」

「さあね。俺だって何が起きるかは知らなかったし」


 扉が開くときの音と光に注意を惹かれて、挑戦者たちは背後で起動していた罠に気付かなった。獅子像の口から吐き出されたガスはもう室内に充満している。ランタンの光さえあれば、まだ梯子を上って逃れることもできただろうけれど、そうもいかない状況だ。

 動かなければガスの餌食になるのは時間の問題だろう。そう判断した男は暗闇の中で短剣を構え、少年の声の方へと勢いよく飛び込んだ。

 しかし、彼の短剣が少年を捉えることはなかった。バランスを崩してたたらを踏んだ男の背後から、「っと、あぶね」と呟く声が聞こえてくる。そんな少年の様子に、男は小さく舌打ちした。


「どうやら、見えてるらしいな」

「さあ、ね」


 少年が倒れる音を聞いて、男は短剣を放り捨てた。彼は手探りで壁際へと移動すると、息を吐きながら座り込んだ。


    †


 三人の挑戦者たちが梯子を上ってくる様子は無い。数メートル下方からかすかに聞こえていた会話が途切れてから、かなりの時間が経過している。

 即効性の高い催眠ガスだけれど、空気中では十分ほどで分解され、無害になってしまう。あまり悠長にもしていられない。


「そろそろ、行かないと」

「俺が行ければいいんだがな……」


 宝箱に隠されていた縦穴は、相棒が通るには狭すぎるし、無理して下まで降りられたとしても、天井が低すぎてつかえてしまうだろう。すぐにガスが充満するようにと考えての設計だったので、こればかりはどうしようもない。


 フック付きのロープの端を、穴の中に放り入れる。足を滑らせないように気をつけつつ、急いで梯子を降りていく。一分かけずに宝物庫に降り立ち、腰に下げていたランタンを手に持って、周囲を見回し始める。


「えっと、サイト君は──」

「ああ、予想通り、嬢ちゃんだったかい」


 いきなり暗がりから声が聞こえて、私は慌てて振り向いた。部屋の隅で、獅子像の影に隠れるように、斥候の男が座り込んでいる。

 私の驚きようを見てとって、彼は口の端を上げてみせた。


「何で起きてるのか、って顔だな。可愛いねえ」


 慌ててフードを被り直した私の様子に、男はさらに笑みを深くする。


「ま、長時間息を止めるのは得意なんだよ。最初にちょいと吸っちまって、さすがにそろそろ限界だが……」


 男の右手が持ち上がり、弩弓(クロスボウ)の狙いが私に向けられる。


「とっておきの毒矢だ。悪いな」

「──っ」


 言うが早いか、男の指が引き金を引いた。

 狭い部屋の中で、狙いを外すような距離でも無く、黒い矢は一瞬で私まで到達する。私にできたことといえば、反射的に目を瞑り、なんとか避けようとわずかに体を捻った程度で──


 ──放たれた矢は、軌道を変えて壁に命中した。


「あ、《護符(タリスマン)》……」


 すっかり忘れていたお守りに、危機を救われた。失敗を悟った男は、力任せに弦を引き、二本目の矢を弩弓につがえ始める。

 予想以上の手早さにまた驚かされて、それを止めようと接近したものの、彼の方が先に行動を完了させた。


「無駄ですよ!」

「ああ、そうかい」


 弩弓は私ではなく、部屋の反対側に向けられる。つられて視線を向けると、そこにはうっすらと、倒れている人影が見えた。


「目当てはソイツだろ?」

「サイト君!」


 再び矢が放たれる。黒い矢は今度こそ狙い過たずに突き刺さり、少年のくぐもった声が聞こえた。


「安心しな。ソイツが死んでも、ちゃんと復活させて、やるからよ……」

「この──ッ!」


 男に視線を戻すと、彼は弩弓を取り落として倒れたところだった。どうやら、今の行動で本当に限界が来たらしい。

 ここで憤っていてもどうしようもない。私は弩弓を蹴飛ばすと、床に落ちていたロープの端を掴んで、少年の傍に移動する。


 脇腹に刺さっている矢をなるべく動かさないようにしながら、少年の胴体にロープを括り付け、力を込めて二度引っ張った。


「上げるぞ、ノッカ!」


 縦穴から小さく聞こえてくるワイスの声に、もう一度合図を送る。一拍置いて、ロープが強く引っ張られ始めた。


    †


 少年が壁に頭をぶつけたりしないように支えながら、縦穴をどうにか上り終えて。

 ロープを解いて床に寝かせた少年の顔色は悪く、息は荒くなっている。そんな様子を見て、相棒は顔をしかめて小さく唸った。


「毒か、こいつは」

「そうみたい。解毒薬とか持ってないし、どうしよう」


 ワイスに最下層まで運んでもらうにしても、時間がかかりすぎる。何か方法は無いだろうかと思案していると、相棒の手が私の頭を軽く叩いてきた。


「俺に任せておけ」

「え、でも」


 戸惑い、疑問符を浮かべる私にそれ以上構わず、ワイスは両手を少年の上にかざした。集中するように両目を閉じ、深呼吸を始めた相棒の手が、緑色に輝き始める。

 輝きは少年の体へと吸い込まれていき、それに合わせて彼の呼吸も落ち着いてくる。相棒に指示されて、包帯を巻きつつ矢を引き抜く。出血はすぐに収まって、私は安堵の息を吐いた。


「治療なんて、できたんだ。《秘術(アルカナ)》とはちょっと違う感じだけど」

「ああ、別物だ。お前さんの足もこいつで治したんだが……」


 そういえばちゃんと話してなかったか、と視線を向けてきたワイスに、聞いてないよと首を振る。いつもひとりなのに、大した怪我もせずに戻ってくるなあと思ってたけど、それも実は違ったのかもしれない。


「それより、どうする。そろそろ目を覚ますぞ」

「え、そんな。まだ寝てて欲しいんだけど」


 眠らせたまま彼を最下層まで連れて行って、ペコラスに《命令(コマンド)》を消去してもらう予定が狂ってしまう。


「毒だけ選んで治すなんて器用な真似、できるわけなかろうが」

「じゃあ、殴って気絶させるとか」

「……いいんだな?」

「えっと、まって、いまのなし」


 相棒を疑うわけではないけれど、ここは安全を重視した方がいいだろう。

 とはいえ、何か手段を思いつくこともなく。あれこれ悩んでいるうちに、少年の目が開いてしまった。


「ここは……」


 上体を起こした少年の視界に、角つきの大男の姿が入ってくる。目を見開き、声を上げかけた彼の口を押さえて、自分の方を振り向かせる。


「大丈夫、敵じゃないから」

「心臓に悪いぜ。えっと……」

「ノッカ、って呼んで。あの二人なら、まだこの下で寝てるよ」


 私の言葉を聞いて、彼は周囲を見回した。宝箱の前の縦穴を見つけて、肩の力を抜いたように見えた。


「ここならギリギリ許容範囲内だな。アイツらからこれ以上離れたら、たぶん死ぬまで暴れちまう」

「それならやっぱり、ここで解除するしかないかぁ」


 コートのポケットに手を入れて、できれば使いたくなかった切り札を引っ張り出す。手のひらに納まる大きさの水晶玉の内側には、複雑な秘紋(シジル)が幾重にも重なっている。


「《支配の宝珠オーブ・オブ・ドミネイト》。これに込められた《秘術》を使って、サイト君にかけられてる《命令》を上書きする、ってことらしいんだけど」

「ああ、なるほど。そんな方法があるんだな」


 ペコラスからの受け売りで《宝珠(オーブ)》の効果を伝えると、サイトは納得したように頷いた。


「え、今のでわかったの?」

「上位権限であの婆さんからの命令を無効にするんだろ。今後も一切命令を受け付けない、って感じにできればベストだろうな」

「いや、まあ、そういう方向で指示するようにって言われてたけど」


 なんとなく釈然としないものの、理解しているなら話は早い。黙って話を聞いていた相棒に視線をやると、彼は軽く頷いて部屋の外に出ていく。

 できれば縦穴を見張っていて欲しいのだけれど、《宝珠》の効果範囲内に他の人が居ると誤動作するかもしれない、と脅されているのだ。


「──時は来たれり。発動せよ(ヘーアー)


 《合い言葉(キーワード)》を告げた瞬間、《宝珠》から光が溢れ出す。秘紋の輝きが部屋を明るく照らす中、最後にもう一度だけ確認する。


「あとは、サイト君の真名を告げて、私の支配下に置けば命令し放題なんだけど。問題ない?」

「これでまた騙されてました、ってんなら、すっぱり諦めるさ。あの色ボケ婆さんよりはマシだろ」


 サイトはにやりと笑い返してくる。彼がどんな扱いを受けていたかは、しばらく聞かない方がいいかもしれない。


「でも、俺の名前、よく知ってたな。学校じゃ話したこと無かっただろ?」

「知らなかったよ。だから、駄目元で探したんだ」


 丸太小屋の物置に放り込んであった図書館の本の山から貸し出しカードをぜんぶ抜き出して、彼のものであろう名前をどうにか探し当てて。

 地図の片隅にその名前を書いておいて、合っているかどうか本人に確かめたのである。もし違っていたら、別の機会を狙うつもりだった。


「えっと、じゃあ、始めるよ」

「ああ、頼むぜ、ノッカ」


 右手の《宝珠》を正面に掲げて、左手の手帳(カンペ)をちらりと見る。名前が合っていても、指示を間違えたら洒落にならない。

 なんとか上手く片付きますようにと念じながら、私は視線を戻し、覚悟を決めて口を開いた。


「汝、浅井(あさい)とおるに命ずる──」


    †


 ──こうして、《黎明迷宮(ザ・ドーン)》の上層で起きていた問題は一応の解決を見た。


 最後の仕上げを残していた地下三階の改修作業も数日後に無事に完了して、私の借金は少しばかり目減りした。

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