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第八章 上る、上る、上る

 塔の外周は九八二歩あった。ほぼ円形だったから、直径は三百歩ほどか。

 五人で一周し、入口前までもどると、マリーがなにかに気が付いたのか、自分の荷物をあさりだす。やがて、

「ねぇ? この塔って、なんか……」

 そう言いながら荷物から取り出したのは、

「魔法使いの杖に似てない?」

 全員の視線がマリーの手の中の杖に集まる。その細長いフォルム。ところどころゴツゴツとしたでっぱりのある姿。確かにそっくりかも……

「さっきからヘンな感じだったのよねぇ~ なんか、周囲に魔力を感じないっていうか、吸い取られているっていうかなんていうか」

 マリーの説明では、魔法使いの杖というのは、自然界に豊富にある魔力を周囲から集め、制御するのに最適な形をしているのだとか。そんな杖とそっくり同じ形の建物が俺たちの目の前に建っている。当然、そんな形状だから、この建物も盛んに周囲から魔力を集めているのだろう。そのせいで、魔力の移動にともなって空気も動き、塔に向かって常に強い風が吹いているし、魔力が吸い寄せられているので、周囲に魔力を感じられないのではと推測された。

「って、ことはつまり、この塔の中には魔力が集まっているってことか?」

「ええ、おそらく。それに、魔力が一か所に集まっているから中で大量の魔物が湧いたりもするのかも」

「えっ?」

「魔物は自然界にある魔力が結実して発生するものだもの。魔力が集まっている場所なら、当然いっぱい生まれるに違いないわ」

「……」

 正直、なんと言っていいのか分からない。ただ、内部に生息しているはずの無数の魔物たちの姿を想像し、恐れおののきながら、塔を見上げていることしかできなかった。

「まあ、そんなことはこの際どうでもいいことじゃねぇか。どの道、俺たちは、この塔を上らにゃなんねぇんだしよ。そんじゃ、とっとと最上階まで上ろうぜ」

 お気楽なヤツめ!



 壊れたドアから塔の内部に足を踏み入れる。

 入口から差し込む光は、数歩歩くだけで、まったく届かなくなり、あたりは暗闇に包まれる。と、

 ポッ

 マリーの手の先から淡い光が浮かび上がった。ライトの魔法だ。

「おっ、サンキュー」

「うん、でも、やっぱり魔力が多いせいか、いつもよりも明るいわ」

 マリーは戸惑いながらも、どこかうれしげに口元をほころばせている。

 魔法使いとしては、普段よりも強力な魔法が使えて楽しいのだろう。

――うんうん、わかるよ。俺も、ここ数日、船に閉じこもってばかりいたせいでまともに歩数を計れなかったから、塔までの長い距離を歩いてこられて、本当にうれしかったもん。うんうん。

 さて、マリーの魔法のライトに照らされた塔の一階は、ただのだだっぴろい広間になっていた。明かりの届く範囲、どこにも障害となる壁みたいなものはなく、ただ、奥の方に上へあがる階段が見えるだけ。

 俺たちは、その階段へ向かって一直線に歩いていく。

「低層階は、次の階への階段までほとんど一本道になっていて、それほど迷う心配なんてないはずよ」

「えっ? なんでマヤがそんなことを知ってるの?」

「うふふふ、内緒」

 そういえば、ザイン大公の日記を解読する手がかりを持っていたり、ロムスの態度が普段と違っていたり、マヤって一体……?

 マヤに出会ってから、何度目になるか分からない疑問に首をひねりつつ、先頭を進むジャックの後ろについて階段を上る。

 どうやら、たしかにマヤの言う通りのようだった。二階は上がった階段からさらに真っ直ぐの一本道が伸びていて、その先に上への階段が見えている。

「へへへ。こりゃ、簡単だな。生還不可のダンジョンっていうからどんなところなのかと思ったら、拍子抜けもいいところだぜ。へへへ」

 ジャックが早速鼻歌交じりにお気楽なことを言う。

「あら、でも、本当なら、この階には、コボルトやら、ゴブリンやらの大群が待ち構えているはずだったのよ。もし、私がこの魔物除けのお守りを持っていなければね」

「けっ、コボルトなんざ、何匹いたって怖かねぇぜ。かかってこいってんだ」

「ふふふ、じゃあ、そこの横道へ入って、マリーの明かりの届かない隅の方へ行けば、好きなだけそのコボルトたちを狩ることができるわよ」

「……」

 もちろん、ジャックは俺たちと別れて横道へ進んでいくこともなく、列の先頭にたって、塔の中を進んでいく。



 魔物があふれている塔だという触れ込みのはずなのに、俺たちは一度もそんな魔物たちの姿を見かけることもなく、どんどん階を重ねていく。

 六階まで来た時だった。曲がりくねってはいても、相変わらず通路は次の階段までのほぼ一本道でまったく迷う心配はない。

 だが、不意に、ジャックが声を上げた。

「とまれ!」

 すでに立ち止っているジャックに並んで、その見つめる先を見てみると、五歩ほどですぐに行き止まりになる枝道がある。その枝道の先、行き止まりの壁の前にはほぼ原形をとどめた人間の骸骨が転がっている。その手が握っているものは……一握りほどの大きさの青い宝石。

 魔法のライトからの光を反射してキラキラと輝いている。

「へへへ、お宝発見! エド、ちょっと行ってくるわ」

 俺が止めるよりも早く、すでにジャックはその骸骨へ向かってするすると移動していた。

 だが、

――カチッ

 なにかのスイッチの入る音が響く。

「ジャック、戻れ、なにかやばいぞっ!」

 俺が叫び終わる前に、天井に開いた穴から無数の槍が飛び出してきた。

「キャァアアアーーーーッ!」「ジャック!」「な、なんてこと!」「ど、どうして!」

 俺たちが思わず悲鳴を上げる中、飛び出してきた槍は、出て来たときと同じように唐突に天井の穴へ引っ込んでいった。そして、その場には、無数の槍によって突き刺され、引き裂かれた無残なジャックの姿が残されているはずで……

 俺たちは直視する勇気を持てずに、四人とも顔を伏せていた。

「あぶね、あぶね」

 そんな耳に届いたのは能天気な声だった。声に釣られて眼を上げると、行き止まりの壁ぴったりに張り付いているジャックの姿がある。

 どこにも槍に刺された様子もなく、体を引き裂かれてもいない。まったくの無傷。完全に五体満足。

 俺たちがジャックの無事な姿を眼にして喜び、お互いに抱き合うようにして歓声を上げている中で、当のジャックはというと、その場にかがみこんで足元の骸骨がしっかりと握りしめている宝石に手を伸ばす。だが、手の中でそれをしげしげと眺めた後、

「なんだよ。ただのガラス玉じゃねぇかよ!」

 不満げにその宝石を放り捨てるのだった。

「けっ! その魔法のライトのせいで見間違えたじゃねぇかよ。ったく! つかえねぇな」



「あ、あんたねっ!」

「あん? なんだよ? 文句でもあんのか? ああ?」

 いつものようにマリーと口喧嘩を始めようとするのだが、見間違いでなく、その頬はどこか赤く、照れくさそうだ。まあ、それも当然か、目の前には今の出来事を本気で心配して、眼の端に涙を浮かべてまで自分が生きていたことを喜んでいてくれる女の子がいるのだから。

 だが、一方で、いつになく鋭い声でマヤがジャックを責めてくる。

「あ、あなたね。ちょっとは頭働かせなさいよ」

「えっ?」

「こんなダンジョンで死体が転がっているってことは、そこには死体ができるだけの理由が必ずあるってことじゃないの!」

「……」

「死体は自分で動いたりなんかしないのよ!」

「ご、ごめん……」

 マヤに怒られてしょげかえっているジャックのはずだったのだけど。

――おいっ、なんだよ。マヤには見えないように顔を伏せてはいるが、その頬緩んでんじゃねぇかよ! ったく、こいつは!

「とにかく、今後、二度と勝手なことはしないで頂戴。今回はたまたまあなただけが罠にかかりそうになっただけだけど、次は、私たちまで巻き添えにされちゃうかもしれないのよ。いい? わかった?」

「ああ……」

「わかったなら、『ああ』じゃないでしょ。『はい』でしょ」

「うっ…… はい。分かりました。二度と勝手な真似はいたしません」

「約束よ。絶対よ」

 そうして、マヤが小指を差し出してくるのに、顔の表情を通報レベルにまでとろけさせながら、自分の小指を絡ませようとする男がいるのだった。

――はぁ~ なにやってんだか。本当に反省しろよな。でも、まあ、ホント無事でよかった……



 そして、七階に上がった直後だった。

 ジャックがなぜか真っ青な顔をして、すぐ後ろを歩く俺を振り返る。

「な、なぁ? 俺、さっきガラス玉を捨てたよな?」

「えっ?」

 怪訝な顔で見つめ返す。

――今さらなにを言いだすんだ? さっきの罠のところで、ジャックは青いガラス玉を宝石じゃないから捨ててたじゃないか?

 と、ポケットの中から何かをつかんで、俺の目の前に差し出す。その手のひらに載っていたのは……

「さっきの?」

 そう、六階でジャックが罠にかかりそうになってまで手に入れようとした骸骨が握っていた青い宝石が今そこに……

「それって……」

 俺が口を開くよりも早く、ジャックはその宝石を全力で遠くへ抛り捨てるのだった。

 だが……

 そのしばらく後、八階への階段に足をかけようとしたときだった。

「ひっ」

 悲鳴を上げつつジャックがポケットの中から取り出したのは……さっきの青いガラス玉で。

「呪われたな」「呪いだな」「呪いね」「呪われちゃったね」

「誰か助けてくれよぉ~」

 世にも情けない悲鳴があたりに響くのだった。



 順調に俺たちは階数を重ねていく。

 次第に通路は入り組んだものになっていき、一本道ではなくなり、迷路状にかわってきた。

 通路は普段、大量の魔物たちが出入りしているせいか、ホコリなどは目立たないが、窓のない密閉された空間なだけに、隅の方には湿気がたまって、カビやコケ、キノコ類が生えている。

 けれど、そんな迷路の中でも、俺たちはほとんど迷うことなく道をたどることができたのだ。

 そのことに一番貢献したのは、意外にもマリーだった。

 分かれ道にでくわすたび、マリーが前に出て、静かに立ちどまり、眼を閉じる。

 しばらくして、こっちと指さす方向には、必ず上への階段があった。

「なぁ? なんで道が分かるんだ?」

「フンッ、そんなの決まってるじゃない、女の勘よ! よく覚えてらっしゃい。女の勘は鋭いのよ」

「はぁ? なんだよそれ?」

 女の勘で道が分かるなら苦労はいらない。大体、このパーティの中にいるもう一人の女性で、マリーよりもはるかに女子力が高そうなマヤが勘で差す方向はことごとく外れているのだから。

「なぁ? なにか秘訣があるなら俺たちにも教えてくれないか? 分かれ道に来るたびに、女のマリーを危険な先頭にださなきゃいけないのは、正直心臓によくないんだ。もし、俺たちでも真似できることならば、そんな危険を犯さないで済んで助かる」

 いつも喧嘩ばかりしているジャックではなく、ロムスが真面目な顔でそう言うからか、マリーも素直に答える気になったようだ。

「ほら、この塔って杖の形しているじゃない?」

「ああ、だな」

「杖ってのは周囲から魔力を集めて、流れる方向を制御し、一旦、杖の先端に集中させて術者が放つ魔法に利用するためのものなんだけど、その杖に似ているせいか、この塔の内部では、常に下から上へ膨大な量の魔力が上昇していってるの」

「そ、そうなのか?」

 マリー以外の人間は一様にキョトンとした顔をしてマリーの説明を聞いている。まあ、魔法の心得がない俺たちには、魔力の動きを感知するなんてこと自体不可能なんだけど。

「うん、そうなの」

 マリーはそんな俺たちに構わず、説明を続ける。

「でね。魔力は壁とか天井とか全然気にせず上へ上へ登っていけるのだけど、その魔力の移動につられて、空気も上へ上へ流れようとするのね」

 そういえば、塔に入る前、周囲の森から激しい風が塔に吹き付けていた。あれもたしか魔力の移動が関係していたはず。

「けど、空気の方は壁とか天井とかがあったら遮られちゃうでしょ?」

 そういって、ぐるりと周囲を囲む壁や天井を指し示す。

「だから、どうしても、空気は下の階段から上の階段に向けて、通路に沿って流れることになっちゃうわけ。ほら、感じない? 今、かすかに風が頬を撫でてるの?」

 眼を閉じて、さわやかにそんなことをいうのだけども。

 俺たちがマリーを真似して、眼を閉じても、

「感じない」「全然」「どこに」「風なんてあるのか?」

 だれも感じ取れなかった。

 結局、その後も心配顔のロムスをよそに、女であるマリーが分かれ道のたびに先頭に立つのだった。



 二十四階に到達した。

 マヤの話では、全部で五十層に分かれているこの塔の内部。ようやくもうすぐ半分ってところだ。

 相変わらず、分かれ道のたびにマヤが先頭にでて、行く手を指し示す。

 古代の森で手に入れたお守りのおかげもあって、ここまでまったくモンスターは出現せず、俺たちは戦闘らしい戦闘を経験することはなかった。

 それでも、途中、何度かネズミの大群に出くわし、それをかき分けながら進むと、いつの時代に死んだのか、バラバラになった冒険者の白骨死体が転がっており、その鎧や兜の内部をネズミたちは住処にしているのだった。

 この二十四階にも、そんな冒険者の何体もの遺体が散らばっていた。

 なにか強い力で殴られたのか、鎧の前面が大きくへこんでいたり、頑健なつくりのはずの篭手が酸で溶けていたり。

 二十四階という中層まで登ってこれた冒険者たちの遺骸。当然、名のある優れた冒険者に違いないだろうし、身に着けているものもかなり貴重で値打ちのあるモノばかりに違いない。

 ジャックも気になるようで、そういう遺骸を足元に見つけるたびに、物欲しそうな顔で眺めていくのだが、さっきマヤに怒られたのが効いたのか、決して、盗ろうとはしなかった。

「ハンッ! もっと上の階なら、もっとレベルの高い冒険者の死体がごろごろ転がっているはずだぜ。こんなところのせこいやつらの装備なんざはぎとっても、荷物になるだけだぜ」

 どうやら、違ったようだ……



 上への階段に到達し、登り始める。

 二十一、二十二、二十三……?

 二十七、二十八、二十九!

 階段は二十九段で上の三十五階の床の高さになった。

「おいっ、なんか、ここの階段、今までのよりも段数が多いぞ」

 俺がそう指摘すると、他の仲間たちにも気が付いているのがいて、

「ああ、なにか違う感じだったよな」「ええ、そうね」

「ん? そうか? 他と変わらなかったように思うが?」「同じじゃなかったの?」

 はぁ~ ま、そんなもんか。

 ともあれ、これまですべての階段では段数は二十三段だった。なのに、この階だけ六段多い二十九段。

「さっきの階、天井は別に高くなかったよな?」

「ああ、今までと変わらなかった」

「見るところ、こっちの階も同じぐらいだよな?」

「ああ、だな」

 なんて確認を取り合いつつ、段々と確信に近いなにかを覚えてきて、

「ってことは、床か?」

「ああ、床だな」「床よね」

「おめぇら、さっきからなに騒いでやがるんだ?」「なにあんたたちだけで納得してるのよ?」

 分かってないヤツもいるので説明する。

「下の階とここの階の天井の高さが一緒で、階段だけ長いってことは、下の階の天井とこっちの階の床の間にはなにか余分なスペースがあるってことだろ?」

「……」「……?」

「たとえば隠し部屋だったり…… あるいは……」

「落とし穴か!」

 ようやくピンときたみたいだった。だったのだけど、その隣からは、

「ん? なんで? どうして? なんで階段が長いとヘンなの?」

 う~ん……



 三十五階に出ると、そこは迷路にはなっていなかった。迷路の代わりに、一階と同じような一面の大広間。

 床は黒と白の市松模様に塗り分けられ、力尽きた冒険者たちの屍骸もなにもない。ただだだっ広いだけのなにもない空間。

「どうだ? どこに落とし穴があるか分かるか?」

 俺の質問にジャックはにやりと片頬を上げて笑う。

「落とし穴ってのは、必ず蓋が動くものだろ? とくに、普段から魔物がうろつきまわっているなら、引っかかるヤツも結構いるよな?」

「ああ……」

「当然、ダンジョンの中ではよく動けば動くものほど、手入れがされてなくてもホコリなんてつきにくい。それに、よくよく見てみれば、犠牲者が最後の瞬間に落ちまいと必死になってしがみつくから、ひっかき傷が蓋に無数についていたりしてよ。横から光を当てて、じっくり観察してみりゃ、すぐにわかるってもんだぜ」

 そう、自信満々に言うのだが……

 ジャックの言う通り、横から光を当てて、床の上を観察してみると、

「なあ? なんか、床一面、どこもかしこもひっかき傷だらけじゃねぇか?」

 素人目の俺にだって見分けがつく。魔法のライトに横から照らされて、見える範囲の広場内すべての床の上に犠牲者たちの最後のあがきの傷跡が白く光っている。

 しかも、広場の中、どこにも塵一つ落ちてもいない。

「お、おかしいな…… ま、まさか、傷跡まで最初から偽装してるとか?」

 そう言って、確かめるように、ジャックは一番手前の床に足を置こうとしたのだが。

 ガバッ!

 盛大な音が響いてきた。広場の床一面、落とし穴の蓋が開き、その底に鋭くとがった杭が立ち並んでいるのが現れた。

 よく見ると、入口近くに集中して杭に刺し貫かれた冒険者たちの遺骸が……

「ひっ……!」

「な、何だこりゃ!」

 驚きの声を上げるのも無理はなかった。俺たちが想像していたような、ところどころに落とし穴が仕掛けられているってもんじゃなかった。そうじゃなくて、広場全体がそもそも落とし穴だったのだ。

「な、なんてこった……」



「どうする? 私、一人ずつ抱えて、魔法で飛んで向こうの階段まで行こうか?」

 足元一面に杭が並んだ異様な光景を眺めながらマリーがそう提案するのだが、

「それはやめておいた方がよさそうだな」

 ロムスが指さす先を見ると、天井には無数の穴。そして、その穴の真下の杭に突き刺さっているいくつもの魔法使いのローブ姿。

「横の壁にも、穴があるみたいだし、矢とかの仕掛けがあるのかもな」

「う……」

「じゃ、どうするよ。これ? 進めないじゃねぇかよ。万事休すかよ」

 ジャックが頭を抱えていると、突然、また、

 ガバッ!

 大きな音がして、広場全体に床が戻った。元の何もない殺風景な広場。

「く、くそーっ! バカにしやがって!」



 俺たち五人、頭を抱えていた。どうすればいいか分からない。どうすれば……

「いっそのこと、杭の上を歩くってのはどう? とがった先端のすぐ下は角度があるけど、しっかりと両足で踏ん張れば体を支えられないこともないじゃない?」

「その方法は、いざとなりゃ、俺やロムスならできるっちゃできるが、体力のないエドやマリー、マヤちゃんには無理だな」

「そ、そんなことないわよ。私だって」

「ああ、確かにマヤちゃんなら杭の間に踏ん張って立つくらいのことならできるかもな。けど、そこから歩けないだろ? 体支えるのに精いっぱいでさ」

「そ、そんなことは……」

 提案したマヤ自身、ジャックの反論を認めざるを得ないみたいで、それ以上、なにも言えなくなる。

 重苦しい沈黙があたりに立ち込め、だれもが口数が少なくなる。沈鬱な顔で黙考にふける。

「せめて、下に落とし穴だけで、杭なんてなければなぁ」

 そうロムスがぽつりとつぶやいた。

――そう、たしかに、下に杭が並んでいなければ、落とし穴の底を歩いて、向こうの階段まで行けるのだが……

 俺がそう考えている途中だった。勢いよくジャックが顔を上げる。

「そうか! もしかすれば!」

 ジャックは立ち上がり、背後の階段を駆け下り始めた。やがて、階段の途中から、

「おい、有ったぞ!」

 何かを見つけたのか俺たちを呼ぶ。その場所、ちょうど六段下あたりに来ると、ジャックが壁のでっぱりをいじっている。

「なんだ? なにを見つけた?」

「ああ、まあ、そこで見てろって」

 やがて、そのでっぱりが動き出した。ジャックの指につままれて、でっぱりが外へ伸びてくる。

 次の瞬間、その場所にぽっかりと人が通れるぐらいの空間が開いていた。

「やっぱり、隠し通路だぜ」

 ジャックは得意そうに鼻の下をさするのだった。



 だが、事態はなにも変わらなかった。

 その開いた空間の向こうには、林立する杭の群れ。

「って、これって、落とし穴の底に横から入れるようになったってだけよね? 落ちて杭に刺さる心配はなくなったけど、杭が邪魔して、移動できないことに変わりはないわよね?」

 マヤの厳しい指摘に、ジャックの額に冷や汗が……

「そ、そんなことは…… な、ないぜ…… あ、そうだ。たとえば、こうやって、杭を抱えて、思いっきり持ち上げれば……」

「それでどうなるっていうのよ? なにも起きてないじゃない。全然、持ち上がってないじゃない。動いてないじゃない」

「あれ? おかしいな。そんなはずは……」

 顔を真っ赤にして力を込めても、やっぱりびくともせず。押しても引いてもダメ。もちろん別の杭を試してみても一緒。

「くふぅ…… うまくいくと思ったのに……」

 ジャックがしょげ返っていたのだが、杭の群れを横から眺めていて、気が付いたことがある。

 杭と杭との間隔は等間隔ではなくそれぞれにバラバラで、広い場所、狭い場所いろいろだ。さっきジャックが抱えた杭周辺のように、腕がやっとねじ込める程度の隙間もあれば、人間一人横になればなんとか通り抜けられそうな空間もあったりする。

「これは……」

 俺のつぶやきに、ロムスが視線を向けてきた。

「なにかわかったのか?」

「ああ、たぶん……」

 そうして、俺が先頭に立ち、再びさっきの階段を駆け上がる。そして、足先で広場の床を押して、床を消し、再び無数の杭を見下ろす。

 やっぱりそうだ。杭の間を縫うように、人が通れそうな細い隙間が遠くまで延々と伸びている。

「見つけた! これなら向こうの階段まで行けるかもしれないぞ!」



 俺たちは上から見下ろしながら杭の隙間の見取り図を作った。

 メモ帳に鉛筆を走らせ、何本目の杭のところで曲がるか、丁寧に書き記していく。

 隙間の通路も、ほとんど迷路といってよく、気を付けないと、途中、人が通れないほどの細い隙間に変わっていたりする。なのだが、隙間自体は空いているので、図の作成段階では、その違いになかなか気づくことができず、このあと、実際に見取り図通りに歩いてみて、通れないことが判明したりした。

 おかげで、何度も階段まで戻って、見取り図を修正しなければいけない羽目に。

 そんな苦労もありつつ、それでも、長い時間の試行錯誤の末に、俺たちはとうとう反対側の階段にまでたどり着くことができたのだった。

 くぅ~ 疲れた……



 向こう側では、落とし穴の底にまで階段がつながっていて、そこから上の階へあがっていける。おそらく、段数はさっきの階段と同じ二十九段だろう。

 疲れた体を引きずるようにして階段をのぼりはじめてすぐだった。先頭を行くジャックが杭の上に顔を出したあたりで、愕然とした顔で立ち止まった。

「どうした? なにがあった?」

 声をかけると、今にも泣きそうな顔で力なく杭の上を指さして、

「あははは、そうだよな、こんな手があったよな」

 指差す先を見ると、そこには、杭の先に覆いかぶさるようにいくつもの大盾が並んでいる。

 そう、下の階で亡くなっていた何人もの冒険者たちの遺骸から、大きな盾を複数枚拾ってきて、杭の上にかぶせてやれば、即席の橋ができるのだ。あとは、通り抜けた先から外して、前にもっていって、次の移動先の杭の上に置いてやればいいだけだ。

「俺たちの今までの苦労はなんだったんだ?」

 全員の口からは、あきらめにも似た渇いた笑いしかでなかった。



 それから、さらに同様の苦労の末、四十七階にまでやってきた。あと、三階だ。

 今度は階段の段数も他と変わらず、天井にも床にも壁にも、おかしな穴や細工の様子もない。今までと同じような通路が延々と続いているだけのようだった。

 俺たちは、それでも慎重な足取りで歩を進めていく。

 途中、枝道があり、そこには、ブーツの裏をこちらに向けた三人の冒険者の遺体がつま先を上にして並んでいる。だが、その姿はとても大きく。まるで巨人族のようだ。

 まあ、こんな場所まで攻略できた冒険者なのだから、体格も大きく強大な力をもった者たちなのは当然なのだろうが……

 これまで見かけた遺体のように魔物たちに食い散らかされたという形跡もないようだから、おそらくこの場所には毒ガスかなにかの罠があって三人とも命を落としたのだろう。当然、そんな罠があるから魔物たちも近づけない。

 心の中で死んだ冒険者たちの冥福を祈り、さらに歩を進めていく。

 なのだが……

 なにかヘンだ。さっきから違和感のようなものを強く感じる。なんだ?

 首をひねりつつも、前を歩くジャックの帽子に飾られた羽根が左右にぴょこぴょこ揺れ動くのを眺めながら歩いていると、予告もなく、突然、ジャックが足を止めた。それからゆっくりとした動作で振り返り、俺を見上げてくる。なにかに驚いているのか、いっぱいに眼を見開いている。

「な、なあ?」

「ん? なんだ?」

 そうして、ジャックがポケットから取り出したのは……例の青い偽宝石、ガラス玉。

 六階で呪われ、捨てても捨ててもジャックのポケットにいつの間にか戻っている例のあれだ。

 それに視線を向けると、確かにおかしい。

 ジャックがあの時、俺に見せてくれたのは手のひらにすっぽりと納まるぐらいの大きさの青いガラス玉だった。なのに、今そのジャックの手の中のものは、片手では納まりきらないほどの大きさになっていて……

「デカくなってる……?」

 そうつぶやくと、ふとジャックと眼があった。首を少し下げ気味にして、俺が見下ろしている。

 おかしい。ジャックは俺よりもほんの少し背が高いはず。見下ろして眼が合うなんて。そういえば、さっきジャックの帽子の羽根が俺の目の高さで揺れていた。これは一体……

「お前、小さくなってる?」

「うっ……」

 ぐるりと振り返り、背後のマリーに視線をむけると、俺よりも小柄なはずのマリーと目線が同じで。

「いや、違う。俺たちも小さくなってる。ほら、見ろ、通路の幅、さっきよりも断然広がってるじゃねぇか!」

「あっ……」

「もどれ! 一旦、階段まで戻れ!」

 そう叫んだのだが、さっきの枝道の前で俺は全員の足を止めさせるのだった。

「待て! 全員、そこで止まれ!」

 パーティを見回してみると、今先頭を進んでいるロムスが、この五人の中で一番背が高いはずだというのに、マリーとほとんど同じ背丈になっている。

「動くな。歩くと縮むぞ!」

 どうやら、この階の仕掛けは、一歩踏み出すたびにどんどん小さくなっていくってもののようだ。

 その証拠にこういう風に止まっているときには、背丈の縮小は止まっている。

「どうするのよ? 歩いてたら背が縮むなんて……」

「なら、私、飛ぼうか?」

「いや、待て、それは最後の手段だ。飛んだからといって背が縮まらない保証はなにもない。まだ、なにか方法があるはずだ。マリーにこれ以上危険を犯させるわけにはいかない」

「けど……」

 仲間たちが口々に言葉を交わしあい、なんとか打開策がないかを検討している。その横で、俺は頭の中で計算していた。

 ここからさっきひきかえした場所まで、行きで三十四歩かかった。なのに、帰りは五十五歩。この調子で上ってきた階段のところまで引き返すと、俺たちは蟻並みのサイズになっているだろう。幸い、この階に入ってからずっとネズミなどの小動物を見かけることはなかったから、大丈夫だとは思うが、それでも、そんなサイズの俺たちでは太刀打ちできる相手ではなくなってくる。

 それに、もう一つ考えなくてはいけないのが、ジャックを呪っているあの青いガラス玉。あれだけはこの階に施された魔法にも反応せず、大きさが変わっていないようだ。とすると、引き返す途中で確実にジャックがつぶされてしまうだろう。そんなのはだめだ。

 このまま引き返すのはだめだ。ただでさえ普通の大きさでも直径で三百歩ほどある塔の内部、おそらく、まだこの階の道のりの半分も通り過ぎていないはず。当然、向こう側の階段に到着する前に、俺たちは動けなくなる。どうすれば……

必死に考えをめぐらせ、打開策を探ってみる。

 ふと見ると、さっきの枝道により大きくなったように見える三体の遺骸がある。

 さっきは巨人族の冒険者かなにかと考えたのだが、こうなってみると、おそらく、あれが本来の人間サイズなのだろう。俺たちが縮んでしまったから大きく見えるだけで。

――ここまで来て、毒ガスにやられたのか。かわいそうに。

 そう考えて、また思案に暮れようとしたのだが、

「ん? 毒ガスにやられた? 背丈の縮小で消滅したのじゃなくて? それに、あの遺体は人間サイズ? なんで? なんで、彼らは縮まらなかったんだ?」

 まじまじと遺体を見つめてしまう。

 こちらにブーツの裏を見せて、並んで命絶えてしまっている三人の冒険者。つま先を上にして、頭蓋骨の眼の穴をうらめしげに天井に向けていて……



 全員が深刻な顔をして考え込んでいる。だれもがこの場所から進むことも引き返すこともできないと理解している。それを打破する方法はないかと脳をフル回転させて考えている。

 だが、だれにも妙案なんて浮かんではこない様子だった。

「ねぇ? やっぱり、私、飛んでみようか?」

 マリーの提案に『もうそれしかないか』と同意しそうになる。けど、だからといって、それでマリーの身になにかの危険がないとは言えない。危険に陥ったとしても、俺たちは助けに駆けつけることはできない。

――そんなのはいやだ!

 マリーに危険なことをさせたくはない。それは、ジャックもロムスも同じ考えで。

 だとしても、ここから抜け出せるような方法はまったく思いつかないし……

 その場に突っ立ったまま腕組みし、何度も首をひねって、うんうん唸っている。天井を見上げ、足元を睨みつけ、唇を尖らせ、口をゆがませ。やがて、立っているのがつらくなってきた。次第に足がふらつきだす。思わず、体を支えるように壁にもたれかかる。

「おっと……」

「大丈夫か?」

「ああ、ちょっと考えすぎてふらついただけだ」

 ロムスに助け起こされながら、ふと視線が俺の足元のブーツに向かった。つま先に汚れが付いている。見回すと、五人全員のつまさきにも同じような汚れが付いている。

――まあ、当然か、みんな前を向いて歩いているのだから、当然、床のホコリが真っ先につくのは、つま先になるだろう。

 ふと気になって、毒ガスでやられたと思しき遺骸の方へ眼を向けた。もちろん、天井を向いたそのつま先にも汚れがこびりついていて……

――つま先が天井?

「なぁ? 進行方向に頭を向けながら、仰向けに倒れるってどういう状況だ?」

 俺のその唐突な質問に全員が『えっ?』という顔をして視線を向けてくる。

「ほら、あそこの冒険者たちの遺骸」

 俺が指さす先に全員が視線を向け、そして、俺の質問の答えに思いをめぐらす。

 やがて、

「そ、それって……」

「ああ、あの冒険者たちって、縮んでないよな?」

 俺たちはお互いの眼を見交わして、うなずき交わすのだった。



 俺たちは、あれからほどなくして、反対側の階段にまでたどり着いた。

 今までよりも格段に大きく感じる段差の一段目に足を置いた途端、ポンと音を立てて体が膨らむ。元の大きさに戻る。

 思わず、お互いにハイタッチを繰り返すのだった。

 なんのことはない。この階を抜ける方法はとても簡単なものだった。

 俺たちは前を向いて進んでいたから、この階にかけられた魔法の影響でどんどん背が縮んでいったのだ。

 だが、あの毒ガスの罠にかかって死んだ冒険者たちのように、後ろ向きに歩けば、それ以上、背が縮まるなんてことはなかったのだ。

 あの冒険者たちはいち早くそれに気が付いて通路をすすんでいたのだろうが、運悪く毒ガスの罠にかかって命をおとしたのだろう。

 だから、彼らは俺たちに足を向けて、仰向けに転がっていたのだ。

 普通に歩いていたら、うつ伏せで倒れているはずなのに。

 こうなってくると、おそらく、マリーが飛んだとしても、体の縮小は起こっていたのだろう。

 あのとき、どうしようもなくなったからとマリーの魔法に頼らなくて本当によかった。

 俺たちは、心の底からホッとするのだった。

 その後、俺たちは、本来は巨大で強力な大ボスクラスの魔物が巣くっているはずだった四十八、四十九階の大空間を素通りし、とうとう最上階の五十階に到達したのだった。

 うん、すべて、古代の森のお守りさまさまだ。うん。

 いや~ ホント疲れた。


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