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第六章 追跡

 ロムスとマヤが夕闇の中、街道を進んでいく。その後ろを物陰伝いに男が一人追いかけ、そして、さらにその後ろを俺たち三人が気配を消して付いていく。

 この辺りは昼間移動するのは危険だということが知れ渡っているので、足元が暗いというのに結構な数の人の往来があり、さっきから何人もの人とすれ違っていた。

 俺たちのすぐ前方では、それぞれの旅人が手にしている明かりの届く範囲内に、明かりも持たないジェミンの手下が突然現れるものだから、すれ違う旅人たちが次々と驚きの声を上げている。

――そりゃ、まあ、なんといっても盗賊団の一員。人相のあまりよろしくないヤツが暗闇の中からぬっと無言で現れたら、だれだってびっくりするよな。うん。

 俺たちも、前の二組を追跡するために明かりを持たないってことも考えなくはなかったが、さすがに無灯火の人間が前後して歩いていたら、必要以上に不審に思われかねない。それに、これだけ人の往来が激しければ、むしろ明かりをつけていない方が不自然だ。

 だから、俺たちは明かりを灯してロムスたちを追っていた。

 やがて、

「うしろ、やつらが来たぞ」

 ジャックが警告の声を出す。それに合わせて、俺たちはそれぞれ顔を伏せるようにして歩き出す。そのまま、のんきな足取りで街道を進むのだが、

「邪魔だ、どけ!」

 突然、男たちが俺たちを押しのけるように追い抜いて行った。

「おわっ!」「ぎゃっ!」「きゃぁ~!」

 それぞれにわざとらしい悲鳴を上げ、顔を見られないようにして道脇に倒れこんで見せる。もちろん、そんな俺たちにだれも注意を払うことはなく、ジェミンたちは先を急ぎ通り過ぎていった。

「ったくよ。乱暴なやつらだ」

「まったくだな」

「もう、土の上に倒れたせいで、ローブがドロドロじゃない!」

 それぞれに文句を言いつつ、立ち上がる。

 そして、視線は暗闇の中を去っていく男たちの後姿を追っていた。



「そんじゃ、あいつらを本格的に追いかけるか」

「ああ、そうしよう」「当然じゃない、そんなこと」

 三人でうなづき交わし、さっきよりも足取りを速める。速めるのだけど。

 って、おい、ジェミン。たとえ明かりを持っているにしても、お前らみたいな人相の悪いゴロツキ連中が一団になって夜の道を突進して来たら、すれ違う人、すれ違う人、殺されかけたみたいに悲鳴をあげるってわかりきってるじゃねぇかよ?

 なぜ気が付かない? さっきから、すぐそばを悲鳴を上げながら逃げ惑う旅人たちがいるってゆうのによ。

 当然、そんな悲鳴は前方にも届く。

 不意に、すこし先でロムスたちの明かりが止まった。次の瞬間、その明かりがふっと消えた。

「追われてるのにやっと気が付いたみてぇだな」

「ああ」

「って、なに、のんきなこと言ってんのよ。助けにいかなきゃ!」

 そうして、俺たちも明かりを消して、駆け始めるのだった。



 三組の無灯火の集団が夜の街道を駆けている。

 ロムスとマヤの二人連れ、ジェミンとその手下たち、そして、俺とジャックとマリー。

 新月近くの時期なので、月こそ出てはいないが、このところの日照りのせいで空は晴れていて満天の星空。星明りがあれば夜目の利くジャックなら日中のようになんなく進めるが、俺もマリーもなんとか街道をたどるだけで精いっぱいだった。

 それはロムスたちも同様で、あっという間にジェミンたちに距離を詰められている。

 とうとうロムスたちがジェミンたちに囲まれたのは、左手遠くに古代の森の黒々とした影が望める場所でだった。

「よお、また会ったな」

「ちっ、また、お前か。しつこいな。どうしてここが分かった?」

「はんっ! そんなことはどうでもいいぜ。それより、こっちはお前らに訊きたいことがあるんだぜ。正直に答えれば、女の方だけは助けてやらねぇこともねぇぜ」

「……断る!」

「ほお、そうかい。じゃ、あのとき、素直にしゃべってたらよかったと、あの世ででも後悔してな!」

 たちまち、男たちがそれぞれの得物を構える。それに合わせて、ロムスがマヤを背後にかばい、腰から剣を引き抜く。

「女は傷つけんじゃねぇぞ。あとでたっぷり可愛がってやんだからよ。男はお前らの好きなように料理しな」

「「「へぇ~」」」

「それ、お前ら、やっちまえ!」

 相変わらず、ジェミンだけはさっさと後ろに下がって高みの見物。全部、部下任せ。

「なに、あれ、最低ェ~」

 マリーが呆れたように隣でつぶやいている。

「まあ、男女二人連れでしかないヤツを何人もの連中で襲ってること自体、そもそもどうかと思うけどな」

「で、どうするよ。このまま、飛び込んでいくか?」

 俺たちがなんとか追いついて、近くの岩陰で隠れて見ている間に、対峙するロムスとジェミンの手下たちはしだいに街道を離れ、道脇の草原の方へ移動していった。

 通りがかった旅人たちも、巻き込まれないように、そんな騒動から距離を置いて遠回りして駆け抜けていく。たぶん、その中の何人かは、このまま走り続けて、一番近い町のチェッレに知らせに走るだろうが、多分、チェッレの町から誰かが駆けつけてくるころまでにはもう決着はついてしまっているだろう。

 なんといっても、多勢に無勢なのだから。



「言っとくけど、私、攻撃魔法なんて使えないわよ」

「分かってる。最初から、そういうのは期待してないから」

「それはそれで、不愉快なんですけど」

 俺の隣でマリーが頬を膨らませている。

「可能ならさ、俺たちがここにいるってことは、あいつらには知られたくはねぇな。嫌でもこれからもアラセル一家とは付き合いが続くんでな」

 反対側からはジャックの無茶な要望も飛んでくるし。ったく!

 その間も、少し離れた草原では、ロムスが剣を振るってジェミンの手下たちの攻撃をかわしてはいるのだが、やはりマヤを背後に守りながらでは分が悪そうだ。

 どんどん追いつめられていっている。

 とはいえ、ジェミンの手下たちの方もロムスが凄腕だということをこれまでの二度の戦いの中で認識はしていて、慎重に距離を取りながら、連携して常に複数の方向から攻撃を仕掛け続け、ロムスの疲弊を待っている様子だった。だというのに、

「こらっ! お前ら、何ちんたらやってやがる! 相手は一人だけだぞ。そんなヤツなどとっととやっちまえ!」

 状況をきちんと理解してはいないバカが近くでやいのやいのと……

「はぁ~ なんかあいつらにも同情するな」

「ああ。だな」

「……」



 そういえば、こいつらがチェッレの町についたのは俺たちよりも前、一昨日のことだったとジャックが言っていたはずだ。移動の道中自体は早歩きでも、途中の町々に立ち寄っては、隊列の組み換えを何度もしてきたキャラバン隊の俺たちよりも、こいつらが早くつけたのは、ある意味当然だろう。で、先にチェッレに着いて、それからずっと町に滞在して、北から来る人間たちを監視していたに違いないわけで。

 その間には……

「あっ」

――もしかしたら。

 俺は思いついたことを隣のマリーに耳打ちする。それから、ジャックに小声で指示をだして、その場を離れさせた。

 するすると夜陰の中をジャックが移動し、街道添いの木立の陰に立った。それから、俺たちに向けて、その場で点けた明かりで大きく丸を描く。準備完了だ。

「よし、マリー頼む」

「うん、任せといて」

 マリーはそうつぶやくと、眼を閉じて、口の中で呪文をつぶやき始めた。やがて、詠唱を終えると、まぶたを開き、上空の星空をにらむ。

 次の瞬間だった。突然、上空から強風が吹き下ろしてくる。

――ゴゴゴーーーー!

 空から吹き降ろしてきた風が地面にあたって、四方へ散らばる。それにあおられ、ロムスたちのマントがバサバサと音を立ててたなびき、日照りが続いて乾燥しきっている草原から砂埃が舞い上がり、星空を隠した。

「な、なんだ?」「なんだ、一体?」

 ジャックの手下の男たちが、攻撃の手を一旦休め、思わず空を見上げる。もちろん、ロムスたちも。

 だが、直後に、その場にいた全員が硬直することが起こった。街道の方から叫び声が上がったからだ。

「で、でたぁ~ 羽トカゲがでたぞぉ~!」

「そ、そんなバカな。やつら、昼にしか出ねぇんじゃなかったのかよ!」

 誰かがそう呻くように言ったのだが、それをあざ笑うかのように、

「う、うわっ、こ、こっちに来るぞ! 逃げろ! みんな逃げろぉ~!」

 そして、また、上空から強烈な風が吹き降ろしてくる。

――ゴゴゴーーーー!

「う、うわぁああ~~~~」

 舞い上がった砂埃が眼に入って、絶叫をあげる手下たち。それが、男たちの最後の理性を吹き飛ばす。

 たちまち、男たちは震え出し、真っ青になって我先にその場を逃げ出した。チェッレの町のある方向へ散り散りになって走り出す。

「ぐわぁあああ~~~~」「うぐわぁああああ~~~~」

 その背を追いかけるように、

「に、逃げろぉ~ 逃げろぉ~」

 街道から逃走を呼びかける警告の声。そして、再び男たちへ上空から三たび強風が吹き付けるのだった。



 手下たちがいなくなり、舞い上がった風が収まった草原では、自分のマントでマヤをくるむようにして、その場にしゃがみこんでいるロムスの姿が残っていた。

 その近くでは、腰を抜かせたまま、頭を抱え込みながら地面に伏せているジェミンの姿もある。また逃げ遅れたようだ。

――まあ、あのジェミンだし。当然か。

 仕方がないので、俺が覆面をかぶって、正体がバレないように気を付けつつ、ジェミンの傍へ移動し、背負っていた荷物を首筋に叩き込んだ。

「ぎゃっ!」

「ったく、手間かけさせやがって」

 完全に気を失っていることを確認してから、ジェミンの体を引きずり、街道沿いの木立の根元に運ぶ。もちろん、その胸には『失神しています。こいつをチェッレの町へ連れて行ってやってください』と書いた紙を張り付けておくのも忘れない。夜とはいえ、人通りの多い街道、誰かが見つけて、運んで行ってくれるだろう。

 けど、その人がジェミンに感謝してもらえるかどうかは分からないが……

 なにしろ、あのジェミンなわけだし。



 ジャックも合流して、しゃがみこんだままこちらを警戒しているロムスたちのもとへ近寄って行く。

「だれだ?」

「なに言ってんだよ。俺たちに決まってんだろ」

「むっ? その声は…… もしかしてジャックか?」

「もしかしなくてもそうだぜ。それにエドもマリーもいるぜ」

「よお」「久しぶり、ロムス」

「な、なんでお前たちが……」

「マヤちゃんも、大丈夫だった? 怪我とかしてない? 怖い思いさせてごめんな。このマリーのバカが、さぼってないでしっかり魔法の勉強してりゃ、もっと早く助けてやれたんだけどさ。ホント、こいつ、使えないぜ!」

「あ、あんたね!」

「なんだよ、事実じゃねぇかよ!」

――って、ジャック、もしマリーが攻撃魔法の勉強を本格的にしてたら、今頃お前、炎に包まれて灰になってるぞ。

 はぁ~

 胸の中でため息を吐きつつ、ロムスたちにさらに歩み寄って。

「マヤ、大丈夫か? すごく顔色が悪いみたいだけど?」

「う、うん。大丈夫。ちょっと怖かっただけ」

「ああ、だろうな。あんな風にゴロツキどもに囲まれたんじゃな」

「えっ? ううん、違うの。さっきの風。羽トカゲが飛んできたんじゃなかったの?」

「ん? ああ、あれ?」

 怯えた眼でいるマヤを安心させようと笑顔をむけ、それから、隣でジャックと口論を始めているマリーに声をかけた。

「マリー、さっきのあれ、もう一度見せてくれないか?」

「えっ? あ、ああ、うん」

 喧嘩の途中で外野の俺が急に声をかけたものだから、戸惑ったのか、感情の高ぶりをわずかに残した赤い顔でうなずく。それから、さっきの要領で、眼を閉じて口の中で呪文を唱え、まぶたを開いて空をにらむと、一拍遅れて、

――ゴゴゴーーーー!

 さっきと同じ強風が地面に吹き付けてくるのだった。

「見ての通りだよ」

「……ッ」

 風が吹き降ろす様を眼を真ん丸にして眺めていたマヤだったが、直後に、全身から力が抜けていた。

「ま、マヤ様! マヤ様! しっかり、しっかりしてください!」



「しかし、なんで、あんな程度のことで、あいつらあんなに怯えたんだ? あいつらだって、夜には羽トカゲなんか出ないって知ってるだろうによ?」

 ジャックが不思議そうに訊いてくる。もちろん、その答えは簡単だ。

「そりゃ、あいつら、今朝の羽トカゲの襲撃を目撃しているはずだからな。あのデカブツが町を襲ってきて、暴れまわってたんだぜ。羽トカゲが出たって聞いただけで怯えるのも仕方がないさ」

「なるほど」

 ジャックが納得したのか両手をポンと合わす。そして、俺のことを呆れたように見つめてきて、

「ホント、悪知恵だけはすごいな」

「その賢さをもっと別のことに使えばいいのに」

「そんなに頭がいいのなら、私のことにも気が付いてもいいはずなんだけどな」

 なんか、散々な言われようなんだけど……

――っていうか、マリーのことに気が付けって、なんのことだ?

 首をひねっているうちに、古代の森の入口にたどり着いていた。

 ジャックが先頭を歩き、マリーと気絶しているマヤを背負ったロムスが続き、俺が最後尾を歩く。

 森の外から見えない程度に中に入り、たき火を燃やした。

 鬱蒼とした木々が周りを囲み、上空を覆う。そのおかげでもう星空は見えない。当然、たき火の明かりがなければ、完全な暗闇になっていただろう。

 さすがに、こんなに暗くては森の中を歩くのは危険だ。特に、よくは知らない未知の森。なにが出るか分からない。

「ああ、そんなに大したものが出るわけじゃないみたいだぞ」

「ん? どういうことだ?」

「チェッレの町で聞き込みをしたら、羽トカゲみたいな凶悪なモンスターが上空をうろついてはいるが、この森の中自体は至って平和で、大して凶暴なモンスターはいないらしい」

「凶暴なモンスターがいない?」

「ああ、でるとしたら、せいぜいオオカミぐらいだと」

「オオカミぐらいかぁ それなら、安心だな」

「だな。あははは…… なっ、わけあるかっ!」

「十分に凶暴じゃねぇかよ!」

 ジャックと一緒になってロムスに突っ込んでいたのだが、でも、まあ、たしかに森の中で凶暴なモンスターじゃなくて、凶暴な動物オオカミ程度のものしかでないなんて、異例のことだ。

 俺たちの街、オリューエの近くの比較的開けた森でも、奥にまで行けば、ゴブリンだとかコボルトぐらいは住みついているっていうのに。

 ともあれ、たとえオオカミであっても、夜行性の彼らが活発に動き回るこの時間帯に森の中をうろつくなんて自殺行為に等しいだろう。

 だから俺たちは、順番に仮眠をとりつつ、キャンプを張ることにしたのだった。



 夜が更ける。

 俺とジャックとロムス、男たち三人は順番に仮眠をとり、オオカミの襲来を警戒するために寝ずの番をすることになっていた。だが、最初の順番だった俺が真夜中にジャックを起こすと、ヤツは見張り番を拒否しやがった。

 まあ、もっとも、それはあいつのわがままでもなんでもなかったようで、眼が覚めた途端、唐突に、

「俺、これからちょっとチェッレの町まで戻るわ」

 一瞬、何を言い出したのか分からなかった。

「な、なにっ? 急に何言い出してんだよ」

 俺の目の前で手を振り、真剣な顔で告げてくる。

「念のため、あいつらがどうなったか確かめておかねぇとな。万一にでも、やつらが森にまで追ってこねぇともかぎらねぇわけだしな」

「けど、しかし……」

「おっ、もしかして俺のこと心配ってか? よせやい! マヤちゃんならともかく、お前みたいなむさくるしいヤツに心配されても、うれしかねぇぜ」

「な、なに言ってる! この森にはオオカミだっているんだぞ」

「大丈夫だ。俺の方は心配いらん。今の俺には…… それに、大体、俺をだれだと思ってやがるんだってぇの」

「け、けどよ……」

 心配している俺の肩に妙にうれしそうな笑顔で手を置き、立ち上がって軽く屈伸運動。

「そんじゃ、ちょっくら行ってくるわ。日の出までには戻ってくるから、しばらく、こっちのことよろしくな」

 そうして、ジャックは俺に背を向けて闇にまぎれていったのだった。

「お、おい、待てよっ!」

 呼び止める声は虚しく森の深い闇に飲み込まれていった。

「行ったか?」

 突然、背後から野太い声。思わず、ビクッとなり、恐る恐る振り返ると、ロムスがたき火の傍で上半身を起こして、こちらを見上げていた。

「お前、起きてたのか?」

「ああ……」

 言葉少なに、そのまままた横になる。そして、寝返りを打ってこちらに背を向けながら、

「あいつなら大丈夫だ。心配はいらない」

「け、けど……」

 反論の言葉を頭の中で探していたら、すでにロムスの広い背中の向こう側からかすかな寝息が漏れ聞こえていることに気が付くのだった。

「ったく。もう寝たのかよ。……って、交代してくれんじゃねぇのかよっ!」

 一つ舌打ちして、そうして、俺はジャックの分も寝ずの番を続けることにしたのだった。



 ロムスと見張りを交代し、仮眠から眼が覚めると、そこにはすでにジャックの姿があった。

「おっす。よく眠れたか?」

「ああ。戻ってたのか」

「さっきな」

 そう言って、木の枝に刺して火であぶっていた干し肉を俺の方へ向けてくる。

「悪いな」

 干し肉を受け取ると、ジャックは新しい肉を枝に刺し直し、再び火であぶり始めた。

「で、町の方はどうだった?」

 俺の質問の何がおかしかったのか、突然、口元をゆがめてにやりと笑う。

「てんやわんやだったぜ、町中。なにしろ夜中に羽トカゲが出たってことだからよ」

「そ、そうか……」

 ロムスたちを助けるためだとはいえ、町の平穏を乱すことになり、すこし申し訳ない気分になるのだが。

「けどよ。羽トカゲが出たって言ってたヤツのだれもその姿を実際に見たわけじゃねぇし、しかも、そいつらは全員が全員よそ者じゃねぇかよ。最初のうちこそ町中大騒ぎになっていたが、時間が経つごとに町の連中もそのことに気が付き始めてよ」

 思わず、ごくりと唾を飲み込む。

「もうあれじゃ、ジェミンと手下どもはチェッレの町にはいられねぇな。だからよ、これ終わって町に戻っても俺たちは安心ってわけだ」

「な、なるほど……」

「へへへ、ジェミンもかわいそうってもんだぜ。へへへ」

「じゃあ、あいつらチェッレの町を引き払うことに?」

「ああ、今頃、町の連中に白い眼で見られながら、荷物まとめるのに忙しいだろうさ」

「そ、それじゃあ、あいつらは、その後どこへ?」

「まあ、少なくとも、今日中にこっちの森の中へは来たりはしねぇだろうな。来ているだけのヒマはねぇはずだ。俺だって、日が昇る直前、結構ギリギリだったからよ。あいつらが荷物まとめた上で、夜明けまでに間に合うなんてことはなかったのだけは確かだな」

「そ、そうか。じゃあ、この森の中には……」

「ああ、今は俺たちしかいないはずだ。だから、安心していいぜ」

「そっか」

 ホッと息を吐き出した。



 俺が起き出し、チェッレの町で汲んできていた水筒の水で顔を洗っていると、マリーも起き出してくる。ロムスは俺と交代で寝ずの番をしていたので、もともと起きていた。後、横になっているのは一人だけだ。

「さて、ちょっとマヤちゃんの寝顔でも拝見してくっかな。朝一発の癒しだぜ。くくく」

「なにいやらしい声だしてるのさ。あんた変態?」

「はっ! 誰が変態だって?」

「あんたよ、あんた。鼻の下伸ばしちゃってさ」

 慌ててジャックが鼻の下を押さえる。

「の、伸ばしてなんかねぇ」

「ふん、どうだか」

 いつものように、二人が言い合っているのをニコニコしながら聞き流していると、

「ウ、ウ~ン……」

 マヤの寝ている方から、伸びをする声が聞こえてくる。ようやく眼を覚ましたのだろう。

 と、急に、

「あ、えっ? ここは?」

 突然、マヤが上半身を起こし、掛かっていた毛布を撥ね飛ばす。

 だが、すぐに近くにいる俺たちに眼を留め、そして、安心したのか吐息をもらした。

「夢じゃなかったのね……」

「おっ、気が付いたか? ここは古代の森の中だ」

「ああ、俺たちが付いているから安心しな」

「あんたがそれを言う方が、むしろもっと不安になるんだけど?」

「大丈夫ですか、マヤ様?」

 口々に声をかけてくるのに、宛然とした微笑みを返してくる。それから、優雅な口調で、

「……みなさん、おはよう」

「おっす」「おはよう」「おはようございます」「お、おはよう」

 そういえば、俺たち目が覚めてからも、だれも『おはよう』なんて挨拶を交わしていなかった。そのことに改めて気が付いてビックリする。お互いに眼を見交わし、そして、自然と口元が緩むのだった。

「お前らも、おはような」「みんなおはよう」「改めて、おはようだな」「おう、おはよう」



「で、俺たち、これからどうするんだ? こんな森ん中くんだりにまで来てよ?」

 そう改めて言われてみると、確かにこの森にまで来ても、その目的が今一つはっきりしていない。なにをすればいいのだ、俺たち?

「あ、この先の崖下あたりかその近くの森の中に石像があるはずだから、まずはそれを探してほしいの」

「崖下? それって……」

 太陽が顔を出したばかりの東の方向に顔を向けると、遠くに逆光になって黒い影が衝立てのようにそびえている場所が見えている。

「もしかして、それってあれ?」

 俺が指さす先を全員が視線で追い、最初のうちは和気藹々とした雰囲気だったのが、しだいに凍り付いた表情に変化していった。

 俺がまっすぐ指さしたあたり、黒い影が南北に細長くつらなり、最上部に生えた木々が朝日を浴びて、白く輝いて見えている。そして、その影からは、いくつものゴマ粒のような点が空中に飛び出し、あたりを旋回して、また影の中へ飛び込んでいく。

 遠く離れたこの場所からは、ゴマ粒大に見えるってことは、実際の大きさは……

 この古代の森の中にある崖。そして、その崖から空中へ飛び出し戻っていくもの。

「あ、あれって……」

「ま、マジかよ!」

「ウソだろ……」

「……」

 全員が、その光景を認識し、呻き、そして、黙り込んでしまった。

 そう、今から俺たちが目指そうとしているのは、羽トカゲの巣がある崖の直下だった。

 俺たちの今いる場所からは、三千歩ほど離れた場所。これから俺たちは危険の中に自ら飛び込んでいかなくちゃいけないようだった。


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