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第五章 頭の片隅にメモすること

 街を出た俺たちは、オリューエ河の渡しを過ぎて、そのまま夜通し急ぎ足で街道を抜け、明け方近くに隣町パニレモにたどり着いた。

 何度か父親の名代でこの町まで来たことがあるというジャックの案内で、町の盗賊団の館に転がり込み、仮眠をとることにした。その後、昼前に起き出して町に出てみると、すでにキャラバン隊が到着している。

「おや? ジャック坊っちゃんじゃないですか。どうしてここに?」

 キャラバン隊の休憩所に顔を出すと、早速ギャレンさんが俺たちを見つけて挨拶してくる。

「ギャレン、ちょっと頼みたいことがあるんだ」

「頼みたいこと?」

「俺たちもキャラバン隊にしばらく同行させてもらえないか? ロムスたちには内緒でな」

「んん? それは、構いませんが……?」

 ギャレンさんも俺たちとロムスが親友同士だと知っている。そんな俺たちがロムスに隠れて一緒のキャラバン隊に参加したいという。しばらく不思議そうな顔をしていた。だが、結局は、それ以上なにも尋ねてくることはなかった。なにはともあれ、こんな風にして簡単に俺たちもこのパニレモの町からキャラバン隊について歩いていけることになったのだった。



 俺たちが参加することになったキャラバン隊というのは、今回の起点になるオリューエや沿道の町々の商人たちが同じ方向へ運ぶ荷物を持ち寄り、隊列を組んで輸送する大規模な商隊のことだ。そうすることで、治安の悪い地域を通過するときでも山賊たちやモンスターに襲われる危険を減らすことができるし、万一襲われたとしても、同行する大勢の護衛隊たちによって撃退できる可能性が高くなるのだ。だから、商人たちが個々に荷物を輸送するよりも、より多くの品物を、より早く目的地まで安全に運ぶことができ、結果的に参加する商人たちはより高い利益を得ることができることになるのだ。もちろん、このパニレモの町からも参加する荷馬車やその護衛たちもあり、俺たちがここから交ざっていても、さほど目立つことはなかった。

 その日の夕方までには、パニレモの町から参加する荷馬車たちを含めて隊列が組みなおされ、出発することになった。俺たちは最後尾に近い場所に配置され、ロムスたちは剣の腕を買われ、先頭近くを歩いている。

 キャラバン隊は早歩きほどのスピードで移動を始めた。あくまでも人間ではなく、荷物が主役なので、馬が歩きやすい速度で進んでいるのだ。そのおかげもあって、しばらく進むと、俺たちの中でマリーが最初に音を上げた。



 どうもさっきからマリーが足を引きずり気味にして歩いているように見えていた。そして、もう眼に見えて衰弱してきているようだ。

「大丈夫か?」

「ごめん、さき行ってて、後でなんとか追いつくから」

「バカ、追いつけるわけねぇだろ。その足で」

「で、でも、このままじゃ、みんなに迷惑かけるし……」

「いいから、ちょっと腕を貸せ」

 マリーの細い胴に腕を回し、その軽い体を一気に持ち上げて、近くの荷馬車の上に押し上げる。

「ちょ、ちょっと!」

「いいから、黙ってそこに乗ってろ」

「で、でも……」

 さらに、文句を言いたそうな様子だったが、無視して、その荷馬車の手綱を操っている御者に声をかけた。

「悪い、ちょっと仲間を乗せてやってくれないか? 足を怪我したみたいなんだ」

 今の一部始終を見ていたらしい御者は、にやりと笑って俺に親指を立ててくる。

――うん? 一体、何の合図だ?

 首をひねったが、少なくとも、拒絶はされていないようだったので、俺たちはそのままその荷馬車と並んで歩くことにした。

「エドのバカ……」

 荷馬車の後ろで、マリーが小さく抗議する声が聞こえてきていた。



 それからも、いくつかの町を過ぎ、そのたびに新しい荷馬車が加わり、また、離れていった。

 通り過ぎていく各地では、天候不順の影響が見られ、街道の左右に広がる畑では、多くの農作物がしおれ、枯れているのが目に入った。

 本当に、この国はどうしてしまったのだろうか?

 やがて、パニレモを出発してから数日が経ち、古代の森にもっとも近い町チェッレの城壁が遠くに見えてきた。

 キャラバンの道中そのものは順調で、一度巨大な蛇が襲ってきたことがあったが、手練れの護衛たちによってあっという間に撃退され、それ以上は何事もなくここまで来れた。おそらく、チェッレから先もこんな感じでこの道中は平和に進めるんだろうと考えるようになっていたのだが、

「見ろよ、あそこ」

 隣でジャックが進行方向、城壁の上を指さす。

 城壁の上に築かれていた胸壁が何か所も崩れており、木製の楼閣がいくつも焼け落ちている。中には、まだ黒煙を上げているものもあり、戦いがあったのはつい最近のようだった。

「なんだ、あれは? どこかと戦争でもしていたのか?」

「いや、そんな噂は聞いてねぇぞ」

「じゃ、一体……」

 戸惑っている俺たちに、声をかけて来たのは、マリーが荷台に乗せてもらっている荷馬車の御者のモリルさん。

「ああ、この町はいつもあんな感じだ」

「あんな感じ?」

「そうだ。町中に人や家畜がたくさんいるわけだ。古代の森の羽トカゲにすれば食い放題の餌場同然なんだわな。で、時々思い出したように集団で襲い掛かってくるってわけだ」

「な、なるほど……」

 慄然とする。俺たちの住むオリューエがなんと平和な街であることか。

 モリルさんは、マリーを快く同乗させてくれたが、一日中馬を操るだけなのが退屈なのか、それとも単に噂好きなのか、道中、なにかと俺たちに話しかけてきた。

 最近、北方の国で聖騎士団が悪辣非道なドラゴンを追い払っただとか、東方では、疫病で村が全滅したはずなのに、本人たちは自分が死んでいることにすら気付かず、まったく生前と同じ生活をしている死霊の村があるだとか。あるいは、俺たちの国の王族は不老不死だとか、この国には竜の血を受け継いでいる一族がいるだとか。種々雑多で奇妙な噂話を俺たちに聞かせてくれた。

「けっ、なにが王族は不老不死だよ。今の国王なんざ、つるっぱげのよぼよぼ爺さんじゃねぇかよ!」

 そんな憎まれ口を叩くやつも若干一名はいたが、そんなことを気にもせず、モリルさんはいくつものキャラバン隊に参加してあちこち巡るうちに耳にしたらしい話をいろいろと俺たちに披露してくれたのだ。

「ほれ、あそこ、城壁の根元を見てみな」

「……!」

「な、なんだ、あれ?」

 指差された先、城壁の下に、なにか真黒なものが横たわっている。ゴツゴツとした巨大ななにか。

「羽トカゲの屍骸だ。たぶん、城壁の反対側、町の中にも、いくつかあると思うぜ」

 その羽トカゲの屍骸は、俺たちがいま横を歩いている馬車の倍以上の大きさがあり、ほとんど、ちょっとしたドラゴンと言ってもいいぐらいの大きさだった。

「デカいな」「ああ」

 呆然とその屍骸を眺めていると、

「ね、もしかして、あれ、まだ生きてない? 動いてるわよ」

「「な、なにっ!」」

 遠目が利く馬車の上のマリーが指摘するように、たしかに、かすかに左右に揺れているように見える。思わず、びくつきながら腰の剣に手を伸ばそうとしたのだが、

「ああ、今、あそこに町の衆がいて、解体しているんだ。あのまま野ざらしにしておいたんじゃ、血の匂いにひかれて、新手がこないとも限らない。もしくは、他のもっとやっかいな死肉漁りのモンスターとかな」

「な、なるほど」

 道から眺めていると、屍骸の陰から先の尖がった帽子のようなものがひょっこりと現れ、左右に動き回っている。

「あと、羽トカゲの皮は軽くて硬いから、鎧とかの優秀な材料になるんだよ。だから、羽トカゲの皮が容易に手に入りやすいこのチェッレの町は昔の大公領の時代から防具の町としても有名だな。まあ、そうでなけりゃ、こんなバカデカい化け物が定期的に襲ってくるような町、だれも住みたがらないわな」

 御者席で腕組みしながらしたり顔でモリルさんはそんなことを言うわけで、

「すげぇ~な。そう考えると人間ってのはよ」

「ああ、だな」

「ふふふ、まあ、そのおかげで、俺たちも仕事にありつけるってもんだがな。ほれ、この荷馬車の荷物を見てみな。石っころが乗ってるだろ?」

「ああ、そういや、前から気になってたんだよな。なんで石なんざ運んでいやがるんだってよ」

 モリルさんはジャックのその言葉に、片頬で笑みを浮かべ、背後から石の一つを取り上げて、ジャックに放り投げた。

 白い石。受け取ったジャックが一瞬よろけた。見た目よりもはるかに重いようだ。

「おっと。やけに重いな」

「ああ、それは幸運石だからな」

「幸運石?」

「ああ、北のデルチ地方で取れる石だ」

「デルチ? そんな遠くから?」

「ああ、そうだ」

 ジャックが驚いた眼をして、手元の石を様々な角度から仔細に眺めはじめる。デルチ地方というのは、俺たちの住むオリューエの街や王都がある中央平原から一か月以上の長旅を経てしてさえもまだ辿りつくことができない北方の辺境の地名だ。

「ま、見ての通りただの石と変わらんがな。けど、まさか、だれも、この石一抱えで馬一頭が買えるほど貴重なデルチの幸運石だなんて思わないだろ?」

「あ、ああ……」

「だから、万一、盗賊に出会っても安心ってヤツだな。あいつらはだれも、こんな石なんざほしがりもしねぇ。けど、これをこのチェッレの町の精錬所に持ち込めば、バカ売れなんだぜ。持ち込んだ途端、その場で全部売れちまう。こいつを溶かして塗料に交ぜて羽トカゲの革の鎧に塗ってやると、あっという間にラッキーアーマーの出来上がりってわけだ」

「な、なるほど……」

「幸運石の効果って知ってるか?」

 モリルさんが得意そうに俺たちを見回してくる。そこへ、

「所持している者に幸運をもたらし、無病息災に過ごせるお守りってアレね」

「おお、嬢ちゃん詳しいね」

「ええ、まあね」

 マリーがあいまいに返事をしているのは、一般的に魔術師や魔女が嫌われているからだ。もちろん、今披露した知識も魔術がらみのものに違いない。

「だから、溶かして塗っておいてやれば防具にそういった効果を付与し、持ち主を守らせることができるんだ。そのせいもあって、チェッレ産の防具は値が張るんだが、それでもほしいってヤツにはことかかない。ま、そういうわけで、この町では幸運石の需要があって、本当に飛ぶように売れるんだぜ」

「な、なるほど」

 感心をしつつ、頭の隅にメモをしておく。将来、親父の跡を継いだ時に、こういった知識が何らかの形で役に立つかもしれないのだ。

 実際には高価なものを目立たなく運び込み、運び出す方法。そして、それらを使って、商品にプラスアルファの価値を与えるという手法。

 目から鱗が落ちるかのようだ。旅には出てみるものだ。



 ジャックは手の中の幸運石を観察するのに飽きたのか、しばらくして、モリルさんにそれを返還した。

 その間に俺たちはチェッレの町の門にまで到着していて、先頭の荷馬車から順番に門役人たちのチェックを受けていく。

 役人たちは、俺たちの人相風体をジロジロと眺めたのち、ジャックが提出した俺たちの通行手形を確認し、それから、別の役人が傍の荷馬車の中身をおざなりに確かめていった。

「なんだ、こりゃ。また石なんぞ運んできやがって、庭石にでもするつもりか?」

「へぇ、ま、そんなところで」

「ったくよ。石なんぞから通行料取れるかよ」

 舌打ちしつつ、荷馬車から門役人が離れる。

「通っていいぞ」

「へい、ありがとうございます」

 モリルさんが頭を下げ、前を向こうとしたのだが、

「ちっ、しかし、今回のは、どの荷馬車も、ほとんど値打ちのねぇもんしか運んでこないどうにもしみったれたキャラバンだな」

 門役人が聞こえよがしに忌々しげにつぶやくのだった。

「すいやせんね。この天候不順のせいで、どこも不景気なもんで」

「ったく。帰りは、もっと金になりそうなもん積んで帰れよ」

「へぇ、もし、この石が高く売れるようなことがあったら、そうしますわ」

「はんっ! こんなもん、売れるわけねぇだろがっ! まったくよ!」

 馬車の車輪を蹴飛ばして、次の荷馬車の方へ去って行く。ほぼ、同時に俺たちの手形を確認していた役人もそばを離れようとするのだが、素早くモリルさんに腕を伸ばし、小さな包みを受け取ると、それを素知らぬ顔でポケットにしまった。

 その一部始終を俺たちが見ていたことに気が付いたのか、モリルさんがウィンクを寄こしてきた。

――なんだ? どういうことだ?

 町中に入り、大通りを進んでいると、モリルさんが声をかけて来た。

「ふふふ、あの役人だけは精錬所の遠い親戚だとかで、こっちのカラクリはお見通しだからよ」

「えっ?」

「こいつのな」

 愛おしそうに白い石をなでる。

「なるほど……」

 俺たちは、呆れつつも、苦笑するしかなかった。



 そいつの姿に最初に気が付いたのは、ジャックだった。

 チェッレの町に入ってすぐ、門のすぐ内側の広場で、モリルさんたちがキャラバン隊から外れることになっていた。

「さて、俺たちはあっちの道だ。これでお別れだな。縁があったら、お嬢ちゃんたち、またどこかで会おうや」

「はい、モリルさんたちもお元気で」「お元気で」

 俺とマリーがモリルさんと別れを惜しんでいるのだが、なぜかジャックだけは別の方向へと顔を向けている。

「ほら、ジャックも世話になったんだから挨拶ぐらいしろよ」

「ああ…… おっさん、悪いが出発するのちょっと待ってくれねぇか?」

「はぁ? 今さら、なに言ってんだよ」

「いいから、お前ら、あれ見ろよ」

 そう言って指さした先は町の中へ伸びている大通りの方角。ちょうど、キャラバン隊の本隊がゆっくりと進んでいる最中だった。

「キャラバン隊がどうかしたのか?」

「ちげぇよ。どこ見てんだよ。あっち、あっち」

 よくよく見ると、指さしているのはまっすぐ大通りの上ってわけじゃなく、それに面した建物の方角。建物からは庇が大通りの方向へ伸びていて、その下の影の部分には露店がびっしりと並んでいる。そして、その前では何人もの町の人たちが行き交い、立ち止っては露店で物を買い、あるいは、到着したばかりのキャラバンの方を大した興味もなさげに眺めている。

「ん? 町の人がどう……」

 どうかしたのかと訊こうとして、ようやく俺もジャックが指さしているのはだれなのか気が付いた。いや、正確には、その姿に見覚えがあることに気が付いた。

「あれは…… だれだっけ? 見覚えがあるけど……」

「ああ、だろうな。俺もあるぜ」

「えっ? ちょっと、あんたたち、なに見てるのよ?」

 マリーが近寄ってくる。そして、ジャックが指さすあたりを眺め。

「あれって…… ねぇ、ほら、前にロムスを囲んでいた男たちの中にいたヤツじゃない? 私、覚えてる」

 その一言で、俺たちも記憶がつながった。

――そうだ、ジェミンの取り巻きの一人だ。最初にロムスたちを襲ってきたときも、ジャックに文句を言いに来た時も、ジェミンと一緒にいた男たちの一人だ。

 そいつが、建物の陰に隠れるようにして、キャラバン隊の方をじっと観察している。

 その視線の先には…… ロムスとマヤの後姿があった。

 そのロムスとマヤだが、二人は隊列の中で並んで歩いていたのだが、突然、ちょうど道の反対側で町の住民が力を失ったように崩れ落ちた。周囲にいた人々が驚いて集まり、声をかけるのだが、気を失って動けない様子。急病か?

 それに気が付いたのか、ロムスとマヤは立ち止り、様子を見に近寄っていった。そうして、人垣の中を覗き込む。

 と、マヤが自分の背負っていたバックパックを下ろし、中からなにかを探し始めた。やがて、取り出したものは水筒だった。

 マヤは水筒を手にすると、ロムスに目配せする。

――ん? あれ? 今、一瞬、マヤの手の中の水筒がぼんやりと光を放ったような気がしたのだが?

 同じ方向を見ていたジャックやマリーは気が付いていない様子。とすると、俺の気のせいか。

 ロムスはマヤから水筒を受け取り、人垣を掻き分けて、急病人のそばにしゃがみこんだ。それから、体を起こすように抱き上げると、その力ない唇に水筒をあてがい、中の水を口に含ませた。

 しばらく、その背をいたわるようにさすっていると、急病人は意識を取り戻した様子だった。

 最初、なにが起こったのか分からない様子でキョロキョロしていたが、やがて、ロムスに礼を言いつつ立ち上がるのが見えた。

 こんな遠目から観察していても、ずい分、元気な様子だ。とても、今さっき倒れた人物と同じであるようには見えない。盛んにロムスに感謝の言葉を述べ、激しく握手をもとめる。周囲を取り囲む町の住民たちも、ロムスに拍手を送っていた。

 そうして、手を振る町の人たちに見送られながら、ロムスたちは再びキャラバン隊について、歩きだすのだった。

「って、あれは」

「ああ」

「ロムス、いつの間に医術の心得を?」

「いや、違うだろう。今、気にすべきことは、他にあるだろう?」

「うん、たしかに」

 マヤって、一体、何者なんだ?

 どうやら、これもジャックたちが気に掛けていることとは違ったようだ。

「ねぇ? どういうこと? なんで、ジェミンの手下がチェッレにいるのよ?」

「わかんね。けど、あいつらがこの町まで追いかけて来たってことだけは確かだな」

「なんで? もしかして、あいつら私たちを?」

「さあな。けど、荷物を担いでいないってことは、俺たちより先に来ていたってことだろうな」

「もしかして先回り? なんで? なんでそんなことできるのよ?」

「さあな」

 俺たちが首をひねっていると、突然、マリーが何かを思い出した。

「あっ。ほら、私たちが商人の家に忍び込んだとき、ジェミンも一緒にいたじゃない」

「あっ……」

「そうか、あのとき、マヤがつぶやいていた言葉をあいつも耳にしていたな」

「大体、羽トカゲなんて、このあたりにしかいねぇもんな」

「でも、あのとき、ジェミンはあの日記を読んでいたのがマヤだったなんて知らなかったんじゃない? 覆面してたし」

「ああ、けど、あいつのことを置いてけぼりにしたヤツらの仲間の一人が『羽トカゲ』とかつぶやいていたのは聞いていたはずだ」

「じゃ、あのときのことを報復しようとここまで?」

「おそらく、そういうことだろうな。で、運悪くたまたまロムスたちを見つけちまったと」

「おいおい……」

「……」

 お互いの顔を見交わして苦笑するしかない。なんて執念深いヤツだ。そこへ、

「おい、どうかしたのか、トラブルか?」

 背後からモリルさんが怪訝そうに声をかけてくる。

「ああ、俺たちを逆恨みしているヤツが、この町に先回りして待っていたみたいだ」

「ほお。人の良さそうな坊っちゃんたちでも、人に恨まれることがあるのかい?」

 途端に面白そうな顔をする。

「まあな。なにせ、オリューエでは、俺、あちこちの女に手ぇだしてきたからな。ま、いろいろあって、俺たちここまで逃げて来たんだ」

「ほお。その年でかい?」

「ああ、まあな」

 ジャックとモリルさんはニヤニヤ笑いを浮かべ合っている。

「よし、そんなら乗んな。そいつに見つからないように、裏道通って、キャラバン隊の休憩所まで送って行ってやんよ」

「いや、それより、どっかこの町で夕暮れまで人目につかず隠れられるところを知らないか?」

「ん? そうだな…… ああ、それなら、精錬所はどうだい?」

「精錬所?」

「ちとうるさいし匂いもするが、町のはずれにあって、近所の人以外、ほとんど出入りしないぞ」

「じゃあ、そこへ案内してもらってもいいか?」

「おうともよ。なら、さっさと乗んな」



 荷台に乗り込んで、監視しているやつから見つからないように白い石の山の背後に回りこんだ俺たちは、山の上から眼だけ出して周囲に油断なく視線を走らせ続ける。

 幸い、本隊から別れたモリルさんたちは、ほとんど人通りのない道を進んでいったおかげで、それほど多くの人とすれ違うこともなく、もうジェミンの手下たちを見かけることはなかった。そうして、間もなく目立つことなく精錬所に潜り込むことができた。

 もちろん、俺たちは匿ってもらったお礼代わりに、あの白い石を荷馬車から下ろす手伝いを申し出、手伝ったのだが、気が付いた時には、ジャックの姿は精錬所から消えていた。

 ジャックが戻ってきたのは、日がだいぶ傾いたころだった。

「おい、どこへ行ってたんだ?」

「あちこちな。それより、いたぜ、あいつら」

「あいつら? ジェミンたちか?」

「そうだ。この町の盗賊団のアジトに一昨日から逗留してやがった」

「じゃあ、やっぱり先回りして私たちを」

「それはどうかな。さっきギャレンにもこっそり会ってきたが、この町から参加する護衛隊の奴らが、チェッレでキャラバンから抜ける人間のことについて、いろいろ詳しく訊いてきたみたいだが、それでも、とくに俺たちに直接つながるようなことはなにも訊いちゃこなかったみたいだぜ」

「えっ? それって、どういうこと?」

「まだ、ジェミンのヤツはあのときの俺たちの正体には気が付いていないってことだろうな。もしくは、気が付いていないフリをしているのか」

「なんで、フリなんて」

「知らね。俺たちを油断させようっていうんじゃねぇの。ま、もっとも、あのジェミンだしな。案外、気が付いてねぇって方が正解かもな」

「そ、そうだよね。あのジェミンだし」

「あ、ああ、だな。あのジェミンだし」

 こうして三人の意見の一致がなったわけだ。でも、今のところ、それ以上考えても、ジェミンの手の内までは分からない。考えても無駄。

 けど、そのとき、俺には一つ思い出したことがあった。

「なぁ? ロムスたちが二回目にジェミンたちに囲まれてたとき、あいつの手下の中に、最初のときの顔を隠していた俺やお前と雰囲気や声が似ているって気が付きかけていたヤツが何人かいたんじゃなかったか?」

「……っ!」

「ジェミンのヤツが、マヤのつぶやきをもとにチェッレで網を張っていたとして、そこへのこのこロムスたちが現れたってわけだ。しかも、商人の家に忍び込もうとしたときには、リーデン一家からの紹介って形をとっていたわけだし、俺たちは、二回目の対決のときには、はっきりと正体をさらして飛び込んでいった」

「それって……」

「えっ? どういうこと?」

「ああ、もしかすれば、さっきまでは気が付いていなかったかもしれないが、この町でロムスたちを発見してしまった今は、ことによると、あっちでも俺たちのつながりにうすうす気が付きはじめているかも知れないってことだな。すくなくともその可能性を頭に入れておく必要がある」

「なるほど」

 そこで、二人を安心させるように笑顔を向ける。

「とは言っても、相手はあのジェミンだけどな」

「ああ、そうだよね。ジェミンだよね」

「ジェミンだもんな」

 そうして、三人で低く笑い声を漏らすのだった。



「少なくとも、キャラバン隊の中では、ロムスたちがこの町で抜けるってのは、秘密にはなってなかったはずだ。俺たちの方はギャレンに最初から口止めしておいたから気づかれてはいないだろうがな」

「ってことは、ロムスたちがこのあとキャラバン隊から別れて行動することは、すでにジェミンたちが知っているって考えておいた方がいいのね」

「ああ」

「じゃあ、このあと、日が暮れてからロムスたちが古代の森へ向かうってことは?」

「ロムスもギャレンもペラペラしゃべる方じゃないし、マヤもおそらくそうだろう。とすると、キャラバンの中では、知られていないと考えるのが普通だろうな。ただ、『羽トカゲ』とつぶやいていたヤツとロムスたちの関係を疑っていていることを前提として、古代の森に安全に近づくためには日が暮れてからでないといけないというのはよく知られていることだから、城門あたりに見張りぐらいは配置してあると考えた方がいいだろうな」

「と、すると、ロムスたちがなにも知らずに城門を抜ければ、追いかけてくるってことか……」

「ああ。そいで、適当なところで襲撃をかけてくる」

「そっか……」

「じゃ、じゃあ、ロムスたちにそれを知らせないと」

 マリーが腰を上げようとするのを、ジャックが制した。

「まだだ」

「なんでよ」

「まだ、ロムスたちはキャラバン隊と一緒に行動しているし、キャラバン隊にはチェッレから合流するジェミンの息がかかったこの町の盗賊団の護衛隊たちがいて、ロムスたちを見張っている。無闇に近づこうとすると、気づかれるぞ」

「うぐぐぐ……」

「たぶん、真夜中に出発するキャラバン隊よりも先にロムスたちが古代の森へ向かうはずだから、その時点でチェッレの護衛隊からジェミンへ連絡が行くだろう。それに、城門あたりの監視もあるだろうから、ジェミンが今晩のうちにロムスたちを捕捉しようとするのは確実だろうな」

「ど、どうすんのよ」

「ジェミンがロムスたちを捕まえてからどうすんのかは分からねぇが、すくなくとも古代の森の前で死体を転がしておけば、死体漁りのモンスターかなにかが食っちまうだろうし、証拠は残らねぇだろうな」

「う……」

「とにかく、ロムスたちが捕まる前に助けないと」

「ああ、そうだな」

「おそらく、襲撃するなら古代の森の手前あたりだな。街道から外れてて、人目につかない場所になるわけだし」

「じゃ、私たちはそこで待ち伏せして……」

 マリーがすっくと立ち上がって、出発の支度をはじめようとするのだが、

「バカ、待て。まだ日中だぞ。日があるうちは外には羽トカゲが飛び回っているんだぞ。死ぬ気か」

「あ、そうか……」

 マリーは肩を落とした。

「結局、俺たちはどうしたってジェミンの後ろからついていくしかねぇってわけだ」

「ああ、そうなるな」

「ぶぅ~」

 そんな風にして、しばらくは俺たちが何もできないことにマリーが不満がって頬をふくらませているのを、ジャックが面白がって指でつっ突くのだった。

 あははは。そんなことしてると、マリーの炎の魔法で丸焼きにされてもしらねぇぞ。



 ようやく日が暮れた。

 俺たちは、モリルさんや精錬所の人たちに礼を言ってから、外へ出る。

「キャラバン隊の休憩所まで送って行こうか?」

「あ、いいです。自分たちで行けますから」

「けど、追いかけてきているヤツに見つかったら」

「心配いりませんよ。そいつらが宿泊している場所とかは、もう把握できてますんで。そのあたりに近づかないようにして、迂回して休憩所まで行けば大丈夫なんで」

「そうか? けど……」

「大丈夫です」

 ホント、モリルさんはいい人だ。うん。俺たちのことを今も心配そうな顔で見ていてくれる。それでも、その心配を振り切って、俺たちは精錬所を後にしたのだった。今度、もし、また出会うことがあったなら、なにかお礼をしなくてはな。そう頭の隅のメモ帳に刻んでおく。

 すこし回り道して、俺たちはキャラバン隊の休憩所ではなく、城門広場まで戻ってきた。

 いるいる。入ってきたときとは違うヤツだが、以前見かけたことがあるジェミンの二人の手下が建物の影に潜んで、広場を行き交う人間たちをじっと観察している。

 俺たちは、その二人連れの姿と大通りの方を同時に監視できる場所を探して、そこに潜んだ。もちろん、マリーの姿が消える魔法を使ってだが。

 明るいうちは、羽トカゲの襲来とかを警戒しなくちゃいけないせいか、通りはあまり混んではいなかったが、日が暮れてすぐのこの時間帯、庇の下の人通りはまっすぐ歩くのも困難なほどだった。そのせいか、俺たちの潜んでいる場所のすぐ前の露店では、夕食用の惣菜類が飛ぶように売れている。

 さっきから美味しそうな匂いが漂ってきて、俺たちの胃を刺激する。途端に、

 ぐぅううう~~~~

 そのたびに、すぐ前に座っている露天商が不思議そうな顔をするのだが……

 って、こら、ジャック! 露天商には見えないからって、惣菜をくすねるんじゃない!

 あ、あ~あ。なに、自分だけ食ってんだよ。俺たちにも分けろよ!

 そうこうするうちに、大通りをロムスとマヤが歩いてくるのが見えてきた。

 俺たちが発見したのに前後して、ジェミンの手下たちも、ロムスたちに気が付いた様子。すぐに一人がどこかへ姿を消し、もう一人はロムスたちが前を通り過ぎるのを待って、その後をつけ始める。当然、その後ろを俺たちも。

「うをっ!」

 突然、俺たちが魔法を解き、背後に現れたものだから、露天商が驚きの声を上げた。

 あわてて、ジャックがその露天商にとびかかって口をふさぐ。

「親父、そのフライドチキン、一個くれよ。さっきから腹減って腹減って死にそうだぜ」

 露天商は、ジャックに口を押えられたまま、俺たちの目の前でガクガクうなずき続けるのだった。壊れた首ふり人形のように……


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